【レビュー】移り変わる時代を「漆」を通して見るーー「大蒔絵展 漆と金の千年物語」展 MOA美術館

国宝 《初音蒔絵貝桶 雲仙院千代姫(尾張徳川家第2代光友正室)所用》 江戸時代(17世紀) 徳川美術館 前期展示

大蒔絵展 漆と金の千年物語
会場:MOA美術館(静岡県熱海市桃山町26-2)
会期:2022年4月1日(金)~5月8日(日)
※前期展示:4月1~20日、後期展示:4月22日~5月8日
休館日:木曜日、ただし、5月5日は開館
アクセス:JR熱海駅バスターミナル8番乗り場から「MOA美術館行き」に乗車、終点「MOA美術館」下車すぐ
入館料:一般1600円、高校生・大学生(要学生証)1000円、65歳以上(要身分証明)1400円、中学生以下無料。
※最新情報は公式サイト(https://www.moaart.or.jp/)で確認を。

漆で絵や文様を描いてそこに金粉や銀粉を蒔きつける「蒔絵」。古くから日本美術ではおなじみの技法をテーマにした展覧会である。共同開催するのは、MOA美術館と三井記念美術館、徳川美術館の3館。いずれも日本の伝統美術品の所蔵には定評があるだけに、MOA美術館での開催だけを例にとっても国宝16点、重要文化財32点という重厚さである。

国宝 《澤千鳥螺鈿蒔絵小唐櫃》 平安時代(12世紀) 高野山金剛峯寺(画像提供:高野山霊宝館) 後期展示

「漆」とか「蒔絵」とかの言葉で連想するのは、食器や硯箱などの「工藝品」。まあ、そのイメージに間違いはない。今回の展示品で多数を占めるのは、平安時代から現代までの「工藝品」の数々なのだから。豪奢で大胆なデザインの桃山時代の箪笥、何となく幽玄の香りがする室町時代の硯箱、リアルな描写と伝統技術が高いレベルで組み合わさった《赤とんぼ蒔絵箱》(作:松田権六)のような現代作家の作品・・・・・・。どれをとっても細工が細かく、華麗な雰囲気が漂っているのだが、よくよく見ていくと素人目にも時代によって雰囲気が変わっていくのが感じられるのである。

 

3月31日に行われた記者発表会では、内田篤呉館長から色々と作品の解説をしていただいたのだが、それぞれの作品の「物語」や「歴史」が見えてきて楽しかった。例えば、上の画像で内田館長が指さしているのは、明治末期、1911年に作られた《蒔絵八角菓子器》(作:白山松哉 MOA美術館)。それぞれの面で違う技術を使った「技巧の極致」の作品なのだそうだ。下の画像の左上にあるのは、空海が唐の順宗皇帝より下賜された念珠を収めるために作られた《花鳥蒔絵念珠箱》(12世紀、金剛峯寺)。これだけでも非常に貴重なものだが、「今回は念珠そのもの(右下)も一緒に貸していただけた。滅多に見られないものだから、よくご覧になった方がいいですよ」と内田館長。「空海」「唐の皇帝」とパワーワードが並んでくると、それだけで私のような凡人は圧倒されてしまう。

平安時代の絵巻物、江戸時代の浮世絵などの展示を通じて、これらの「作品」が生活とどのようにつながっていたかが分かるのも面白い。貴族社会が描かれた絵巻物で、豪華な調度品が使われているのは理解しやすいが、「渓斎英泉の美人画に蒔絵の櫛が描かれているようだ」と聞くと、「へえ」と思う。英泉が描いた「水茶屋の看板娘」は今で言えばアイドル的な人気があったのかもしれないが、それにしても酒井抱一が下絵を描いたような櫛を頭に差していたかもしれないとは。どれだけこういう品々が街中に広まっていたことか。江戸時代の都市文化の豊かさを改めて実感させられたりもするのである。

国宝 《源氏物語絵巻 宿木―》(部分) 平安時代(12世紀) 徳川美術館 5月1~8日展示

日本で「工藝」という言葉が造られたのは1873年、ウィーン万国博覧会に国として参加した時だったという。その時に「美術」という言葉も造られたそうだ。一昨年に東京国立博物館の表慶館で開かれた展覧会「工藝2020 自然と美のかたち」の図録の中で、イースト・アングリア大学教授で英国セインズベリー日本藝術研究所研究担当所長のニコル・クーリッジ・ルマニエール氏はこう書いている。

〈明治時代(1868-1912)、急速な近代化を必要としていた日本は、西洋で確立された序列を受け入れ、美術(art)と装飾美術(decorative art)または工藝(craft)を強引に分離しました。それが美術における明治以降の新たな基準と価値の再編成につながったのです〉

西洋の美意識では、絵画や彫刻などの「純粋美術」は生活空間などを彩る工藝などの「応用美術」よりも美的に価値が高いとされる。その感覚を明治以降の日本人たちは輸入し、受け入れていった。

《蜀江錦蒔絵料紙硯箱》(作:植松包美) 大正13年(1924) MOA美術館

でも、この「大蒔絵展」を見ていると、そういう西洋的な美意識をいつまでもわれわれ日本人が持ち続けることが必要なのか、と考えたくなってしまう。今の日本人にだって、絵画や彫刻などの「純粋美術」と同等の美を「工藝」に感じ、それらを平等に尊ぶ精神はまだ残っているのではないか――。西洋美術の理論が極北まで達し、それがあまりにも難解になってしまった今だからこそ、「工藝」も「美術」も対等に扱っていた日本人の「原点」に、われわれは戻ってもいいのではないか――。

《誰が袖蒔絵硯箱》 江戸時代(17世紀) 徳川美術館

ひとつ残念なのは、江戸時代には比較的身近だっただろう、これらの美しい品々が21世紀のわれわれの日常生活からは少し遠いものに見えてしまうことだ。柳宗悦の「民藝運動」ではないけれど、やはりこういう品々は身近にあってこそ、良さが分かってくる。日本の美の伝統を未来へとつなげるためには、まず、これらの品々に日常的に触れられる環境を作らなければいけないのではないか――。まあ、内田館長によると「人間国宝の漆器でも、数万円の単位から手に入れることができる」そうなので、今度ボーナスでも出たら、ひとつ「自分へのご褒美」でも買ってみようかな、と思ってみたりもするのである。(事業局専門委員 田中聡)

「大蒔絵展」の展示風景

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