【レビュー】「本城直季 (un)real utopia」東京都写真美術館で5月15日まで 現実なのに作り物の様に見える違和感の源は

会場風景

実在する風景を、まるでミニチュアのように写した作風で知られる本城直季。雑誌やポスターで、彼の作品を見かけたことがある方も多いのではないでしょうか。
2020年に市原湖畔美術館からスタートした作家初の回顧展「本城直季 (un)real utopia」は、本城の学生時代の作品から、展覧会のために撮り下ろした最新作までを通覧します。高知県立美術館、宮崎県立美術館、岩手県立美術館を巡回し、2022年3月19日より、最終会場である東京都写真美術館での展覧会が始まりました。

「学生時代によく通った場所(東京都写真美術館)で回顧展ができるのは、なんだか不思議な気持ちです」と話す本城直季。東京は作家自身が生まれ育った街でもあります

明るい色合いとよく知る街並みの愛らしい姿から、「かわいい」という点が注目されがちな本城の作品。しかし1点1点に向き合っていくと、作家が幼いころから感じている「(目の前の景色に対する)現実なのに作り物の様に見える違和感」や、「人間の痕跡」を探る姿勢が見えてきます。
本展は、およそ20年におよぶ活動を総覧するだけでなく、「本城直季が見ているこの世界」を紐解く、意欲的な内容となっています。

大判カメラ「シノゴ」との出会い

daily photos シリーズ 学生時代から日記のように日々を記録し続けている、ポラロイドでの作品も

1978年に生まれた本城直季は、東京工芸大学に入学。芸術学部で写真を専攻します。同大学では研究室ごとに様々なカメラが用意されており、学生はそれらを借りて作品を制作できるようになっています。

在学中、キャンパス周辺などで撮られた作品。アオリをどう使うか、試行する様子が見て取れます

本城が借りたのは4×5インチのシートフィルムを使う、通称「シノゴ」と呼ばれる大判カメラ。このカメラには「アオリ」という歪みや遠近を補正する機能がついていますが、ピントの合わせ方によっては、まるでミニチュアの世界を写したような写真を撮ることもできるのです。
35ミリカメラの身軽さがしっくりこなかった本城にとって、シノゴを扱うために必要となる工程の一つひとつが、被写体と向き合う時間を作ってくれたと語ります。

《linedance》2009(treasure boxシリーズより) © Naoki Honjo 会場には宝塚の舞台を撮影した連作も。まるで宝箱をゆっくり開けるような展示は、写真集とはまた違った作品の印象を生み出しています

展覧会はシノゴを手にしたばかりの本城が、試行錯誤していた頃の作品からスタートします。在学中から撮り続けた作品を出版社に持ち込んだところ、写真集『small planet』(リトルモア)の刊行が決定。見慣れたはずの東京の風景がミニチュアのようになった作風が話題を呼び、2006年に木村伊兵衛賞を受賞しました。
展覧会では序盤で「small planet」シリーズまでの道のりを、そして現在に至るまでのさまざまな作品を、テーマごとに紹介します。

数年越しのシャッターチャンス

作品からもわかるように、本城の写真は高い位置から撮影されています。
当初は「立ち入り可能な、できるだけ高いところ」を撮影場所に選んでいたそうですが、当然そのような条件を満たす場所には限りがあります。

手前《Tokyo Tower, Tokyo, Japan》2005(small planetシリーズより) © Naoki Honjo この頃は高い場所にのぼって撮影をしていました

──もっといろいろな場所を撮影してみたい。
その気持ちから、ついに本城は空撮へと挑みます。ヘリコプターのレンタルは高額であるため、短時間で効率よく撮影をしなければなりません。しかし地上と違って足場が安定しないこともあり、慣れないうちは思うように撮影ができなかったと言います。
また、本城の写真のほとんどはモデルを用意して撮影するスタイルではないため、様々な条件が揃っていても、たった一つのピースが欠けるだけで作品として成立しないこともしばしば。

《entrance ceremony, commemorative photo》2009 © Naoki Honjo

たとえばこの写真。穏やかな春の入学式を写したものですが、この1枚を撮影するために数年かけてシャッターチャンスを待ったそうです。
天気は晴れ。この時期に、桜がこの状態で咲いていること。そしてそこにいる人の数や位置。そうしたいくつもの条件が揃ってはじめて、作品になる瞬間がやってくるのだと言います。
それらを踏まえて「一番撮影に苦労したものは?」と尋ねてみたところ、「ケニアでの撮影は本当に難しかった」と教えてくれました。

運よく動物を見つけられたとしても、少しでも近づこうものならヘリコプターの音に警戒して逃げてしまうのだとか。3日かけて300枚ほどシャッターを切り、実際作品になったものはたった30枚程度だったというから、過酷な様子が想像できます。

「こんなふうに大変なこともたくさんあるけれど、やはり気になる場所には足を運んで、自分の目で見た世界を写したい」

常にその姿勢は変わらないそうですが、中でも強く思ったのは、2011年の東日本大震災でした。

倒れた街が立ち上がるところ

《Rikuzentakata, Iwate》2011(tohoku 311シリーズより) © Naoki Honjo

本展には初出品となる、東日本大震災の連作が展示されています。
連日報道される被災地の状況を見て、本城は恐ろしいと思うと同時に「記録しておかなければ」と痛烈に感じ、夢に見るほど思いつめたのだとか。

地震発生から3か月。念願かなって東北へ飛ぶ機会を得た本城は、被害の痕跡を記録します。ヘリコプターから見えるのは想像を絶する光景。人のくらしが積み重なった街を撮り続けてきた本城にとって、あったはずの街が無くなってしまったことは衝撃でした。

会場風景(tohoku 311シリーズより) © Naoki Honjo

その後も東北へ取材した本城は、街が起き上がる様子を捉えています。会場では2011年の姿と、10年後の姿を並べて展示。
再び東北を訪れた際、一見津波の被害を受けていないように見える山沿いのあたりにも、新しい道路が作られているなど、我々がイメージする「被災した場所」だけが復旧の対象というわけではないことが印象的だったと本城は語ります。また、被害の大きい地域については、「復旧=復興という、単純な問題ではないように見えた」とも話していました。

「かたち」だけが整えられても、「くらし」が備わらないかぎり、本当の復興とは言えないのかもしれません。人の営みを見つめ続けてきた本城にとって、改めて「街とは何か」について考えた時間だったのでしょう。

本城直季がこの世界に見る、(un)real utopia

会場を見渡すと、人が築き上げてきた都市や暮らしの風景がほとんどですが、海や山といった自然を写した作品も紹介されています。

《forest, Hokkaido》2015(plastic natureシリーズより) © Naoki Honjo

こうして見ると、まるで特撮映画のジオラマのように見えますが、実際これらは植樹などにより「人の手の入った自然」の姿です。冒頭にも述べましたが、本城は「(目の前の景色に対する)現実なのに作り物の様に見える違和感」を表現するために、このような作風を用いています。私たちが感じる「作り物のように見える違和感」こそ、本城がこの世界から受けている印象の追体験だと言えるでしょう。

《Tokyo, Japan》2002(small planetシリーズより)© Naoki Honjo

展覧会タイトルである「(un)real utopia」は、「理想郷を求めれば求めるほど、それらは虚構のように見えてくる」ともとれる言葉です。しかし、もしそのような皮肉めいた意味を持って名付けられていたのだとしても、本城の作品からは対象への慈しみの視線を感じます。

手前上段《Kurama》2014 下段《Hiranojinja》2015(ともにkyoto シリーズより)© Naoki Honjo 京都を撮影したシリーズは、徳島県の阿波和紙メーカーによる「アワガミインクジェットペーパー」にプリント

近年は芸術祭に招聘されることも増え、地域の特徴や生活を掘り下げた作品も多くなってきました。
本城が見た世界に、自分は何を思うのか。
隅々まで時間をかけながら、じっくり向き合いたい写真展です。
(ライター 虹)

本城直季 (un)real utopia
会場:東京都写真美術館 地下1階展示室
会期:2022 年3月19日(土)~5月15日(日)
開館時間:10:00~18:00(木・金は20:00まで) ※入館は閉館時間30分前まで
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝休日の場合は開館し、翌平日休館)、ただし5月2日(月)は開館
入場料:一般1100円、学生900円、中高生・65歳以上550円
*オンラインによる日時指定予約を推奨
問い合わせ:03-3280-0099 (東京都写真美術館)
詳しくは展覧会公式サイト

本城さんとのインタビューの追記

「高い位置から撮影しているとき、どんな気持ちになりますか?」
そう尋ねたところ、即座に「寂しい気持ちになります」という答えが返ってきました。物理的に離れることによって、どんなに手を伸ばしても触れることができない、隔絶された寂しさを感じるのだそうです。

例えば慣れ親しんだ土地を離れる時に、飛行機の窓からそこを見下ろすような。もっと言えば、自分が天国と呼ばれるところに行く日が来たとして、そこから親しい人たちを見守るような。
声も手も届かないけれど、幸せであってほしいと誰かのために祈るような、そんな優しい寂しさをもって、本城はファインダー越しに「(un)real utopia」を見つめてきたのでしょう。

今後具体的な撮影対象は決まっていないものの、見てみたい場所はたくさんあるとのこと。今後のさらなる活躍が期待されます。

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