【レビュー】枠にはまらぬ才能のきらめきを味わう 「建部凌岱 その生涯酔たるか 醒めたるか」展 板橋区立美術館で4月17日まで

建部凌岱「海錯図」左隻(部分) 青森県立図書館蔵

展覧会名:建部凌岱 その生涯 酔たるか 醒めたるか

会期:2022年3月12日(土)~4月17日(日)

会場:板橋区立美術館(東京都板橋区赤塚)

アクセス:都営三田線「西高島平」駅から徒歩約15分、東武東上線「成増」駅・都営三田線「高島平」駅からバス

休館日:月曜日

観覧料:一般650円、高校・大学生450円、小・中学生200円(※土曜日は小・中・高校生は無料)

板橋区立美術館のホームページ(https://www.city.itabashi.tokyo.jp/artmuseum/

江戸時代中期に短歌や随筆、国学など幅広い分野で活躍した建部凌岱(たけべ・りょうたい)(1719~1774)について、その画業にスポットを当てた初の本格的な展覧会です。

凌岱は弘前藩の家老の家の生まれ。文武両道の教えを受けましたが、兄嫁との道ならぬ恋の噂により20歳で出奔。出家して還俗、俳諧で身を立てたのち、歌人、随筆家、読本作家、国学者などとして有り余る才能を様々な分野で発揮しました。死後に発刊された『続近世畸人伝』(1798年刊)では「大胆で勇気があり、抜群の才能を持ち、世を弄んで終生を遊びのように考えた、生涯酔っているのか醒めているのか計り知れない人物」などと評されています。

画業にもエネルギーを注ぎ、寛延3年(1750)には長崎に遊学。中国の最新の様式を学ぶなどしています。展示されている作品をみても、独自のセンスを感じさせるものばかりです。

建部凌岱「あしかも図」 宝暦十三年(1763)以降 個人蔵

万葉仮名風の表記がならびます。「安之加母能(あしかもの) 比止利波祢受天(ひとりはねずて) 夜床守良武(よどこまもらぬ)」。俳諧の道で成功していたにも関わらず、「五七七」からなる「片歌(かたうた)」という形式に開眼して俳諧をあっさり捨て、これに邁進していた時期の作品です。「鴨のうち一羽は寝ないで夜の寝床を守るのだろう」という片歌によせて鴨のつがいを描いています。賛も絵も味わい深いです。

建部凌岱「四季竹図」(右隻) 江戸時代中期(十八世紀) 青森県立図書館
建部凌岱「四季竹図」 江戸時代中期(十八世紀) 青森県立図書館蔵

凌岱は墨竹図を好んで描いたそうです。俳諧や片歌でもよく竹を詠じました。四季折々の竹の表情を描いたこの大作は、とりわけ繊細な筆致で印象的です。

建部凌岱「海錯図」 江戸時代中期(十八世紀) 青森県立図書館蔵
「海錯図」(右隻)
「海錯図」(左隻)

凌岱の作品の中でもとりわけユニークで目を引く大作。大小様々七十七尾もの魚が描かれているといい、画面を覆いつくしています。独特のリズム感のある配置に、見ているだけで楽しくなってきます。同展を担当した植松有希学芸員は「当時、魚を画題にすることは珍しくはないですが、このように泳いでいるものもあれば、まな板の上のような風情のものが並んでいるのはあまり類例がないでしょう。自由闊達な凌岱の作風をよく表しています」と話していました。

長崎で中国の最先端の表現様式を学んだ凌岱。花鳥画などには特にこだわりをみせ、多彩な作品を残しています。

建部凌岱「梅に叭々鳥図」 江戸時代中期(十八世紀) 愛知県美術館蔵(木村定三コレクション)
建部凌岱「五寿図」 江戸時代中期(十八世紀) 個人蔵
建部凌岱「芦雁図」 江戸時代中期(十八世紀) 個人蔵
建部凌岱「芭蕉と葉鶏頭図」 江戸時代中期(十八世紀) 個人蔵

一般にはまだ馴染みの薄い作家。そこで江戸時代を舞台にした『あじさいの唄』などで知られる漫画家の森栗丸さんに、凌岱の生涯を描いてもらいました。全10話の原画を展示しています。文字通り、波乱万丈の人生だったことが伝わったきます。

もうひとつ小ネタを紹介しておきます。太宰治の自伝的小説『津軽』に凌岱のことが語られており、展覧会場で紹介されています。

どんな文脈で書かれているかは会場でのお楽しみに。昭和十一年(1936年)には弘前で凌岱の大掛かりな展覧会が開かれ、秩父宮夫妻も来場されるなど、津軽では相当な知名度があったことが伺われます。太宰の生家の津島家で凌岱の作品を所蔵していたことも資料で裏付けられており、太宰も凌岱の作品を間近で見ていたはず。それだけでぐっと親しみを持つ方もいらっしゃるでしょう。

純粋に作品をみれば、注目を集めなかったことが不思議になる力量の持ち主。これまでも数々の知られざる作家を世に紹介してきた板橋区立美術館ならではの展覧会といえるでしょう。植松学芸員は「凌岱はあまりに才能がありすぎて、取り組むテーマに焦点が定まらなかったのかもしれません。画業についても語り継がれ、さらに研究が深まるべき存在だと思います」と話していました。

(読売新聞美術展ナビ編集班 岡部匡志)