【レビュー】味わい深い「ふつう」の魅力――SOMPO美術館「シダネルとマルタン展―最後の印象派、二大巨匠-」

「シダネルとマルタン展」の展示風景

「シダネルとマルタン展―最後の印象派、二大巨匠-」
会場:SOMPO美術館
会期:2022年3月26日(土)~6月26日(日)
休館日:月曜日
アクセス:東京都新宿区西新宿、JR新宿駅西口から徒歩5分
入館料:一般1600円、大学生1100円、高校生以下無料
※詳細情報は公式サイト(https://www.sompo-museum.org/)で確認を。

洋の東西にかかわらず、人々は新奇なもの、派手なものを求めがちである。アートの世界でその傾向は特に顕著だ。19世紀後半から20世紀前半にかけてのフランスも例外ではない。キュビズム、ダダイズム、そしてシュールレアリスム・・・・・・芸術の都・パリは常に、それらのムーブメントの中で重要な位置を占めてきた。ピカソもシャガールもマックス・エルンストも、一時の拠点はパリだった。

アンリ・ル・シダネル 《エタプル、砂地の上》 1888年 油彩、カンヴァス 個人蔵 ⓒBonhams

そんな時代の中で、フランス画壇の「本流」を守り続けたのが、この展覧会に登場するアンリ・ル・シダネル(1862-1939)とアンリ・マルタン(1860-1943)だという。「最後の印象派」といわれるこの2人は、決して「派手な」人たちではない。鬼面人を驚かすようなケレンもなければ、あくどい「自分アピール」もない。あくまで「本流」の絵で大衆にも評論家にも評価され続けたのだという。

アンリ・マルタン《腰掛ける少女》1904年以前 油彩、カンヴァス ランス美術館 Inv.907.19.165ⓒC.Devleeschauwer

2人の絵はなぜ愛されているのか。展示されている作品を見ていると、少しづつ分かってくる。北フランスを拠点としたシダネルの絵は、柔らかいタッチで描かれた自然や風景がそこはかとない叙情を生み出している。南フランスに住んだマルタンは、明晰なタッチと明るい色遣いで日常をすっきりと描写する。「北」と「南」、柔らかさと明晰さ、個性に違いはあるけれど、2人の絵には同じにおいがするのだ。フランス画壇が培ってきた歴史や伝統を踏まえ、印象派や象徴主義などの影響を受けながら、作り上げた世界。2人が描くのは、あくまでスタンダードで分かりやすい「ふつうの絵」なのである。

アンリ・ル・シダネル 《ヴェルサイユ、月夜》 1929年 油彩、カンヴァス 個人蔵 ⓒYves Le Sidaner
アンリ・ル・シダネル 《ジェルブロワ、テラスの食卓》 1930年 油彩、カンヴァス 個人蔵 ⓒLuc Paris

シダネルならば《ヴェルサイユ、月夜》、マルタンならば《コリウール》、そういう作品を見れば、何が言いたいかを分かっていただけるのではないだろうか。それはまるで長い間、地下室で熟成されたワインのようだ。のど元にスッと入ってくるが、じっくり口に含んでいると、いろいろな香りや味の変化が楽しめる。決して派手ではないが、ゆっくりと人の心掴んでいく。だからこそ、それは「本流」なのだろう。

アンリ・マルタン 《コリウール》 1923年 油彩、カンヴァス 個人蔵 ⓒArchives photographiques Maket Expert
アンリ・マルタン 《農業[フランス国務院(パリ)の装飾画のための習作]》 1918年 油彩、カンヴァス 個人蔵 ⓒArchives photographiques Maket Expert

過剰な理屈を並べることもなく、テクニックや感性をみせびらかすこともない。21世紀の今、「最後の印象派」と言われるシダネルとマルタンは、ヨーロッパで再評価されているという。なるほど、現代美術があらゆる意味で先鋭化した今、こういう中庸で穏やかな「ふつうの絵」は貴重なのかもしれない。少し地味かもしれないが、ビンテージワインのようなコクが味わえる。大人の展覧会なのである。(事業局専門委員 田中聡)

「シダネルとマルタン展」の展示風景