「ミロ展―日本を夢見て」―自由な表現への渇望 カタルーニャと民藝、「もの」と人の交流 キュレーター・嘉納礼奈

渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで「ミロ展―日本を夢見て」が開催されている。
同展で、注目すべきはミロ独自の表現が生み出される背景にあった、日本の民藝の造形美の果たした役割だ。同展ではミロの創作活動と民藝を結びつける影の立役者たちが紹介されているのも興味深い。ミロの故郷カタルーニャの友人たちで、美大の同級生の陶芸家ジュゼップ・リュレンス・イ・アルティガス(1892-1980)、彫刻家エウダル・セラ(1911-2002)や親友で旅行家のセルス・ゴミス(1912-2000)らだ。
1930年代半ばから世界情勢が不安定な時期に、カタルーニャの前衛アートシーンで密かに繰り広げられていた自由な表現への渇望。同展は、そこに作用した民藝の造形表現における「もの」と人の交流を紐解いている。

1936年、ミロの祖国スペインでは、フランコ将軍率いる反乱軍のクーデターが起こり、内戦が勃発した。共和国政府を支持したミロは国内外を転々とする亡命生活を余儀なくされた。内戦当初はバルセロナからパリ、1940年にはドイツ軍が北部フランスに侵攻したため、祖国スペインに戻り、妻の故郷マジョルカ島パルマへ。1942年からはバルセロナで公に活動できず、密やかに生活を送った。フランコ政権下のバルセロナではミロの母国語であるカタルーニャ語の公的な使用、前衛的な表現活動は禁じられていた。
内戦前のバルセロナのアートシーンでは1932年に結成された前衛作家のグループADLAN(新しい芸術の友)が活躍していた。メンバーには、ミロ、前述のセラやゴミスの兄である写真家のジュアキム・ゴミス、ダリもいた。音楽、美術、パフォーマンス、建築などの垣根を超えた活動を展開していたという。内戦勃発後は活動中止を余儀なくされたが、1949年に元メンバーたちが、出版社の協力を得て機関誌「コバルト49」を刊行し、ミロを支援すべくミロの個展も開催したりした。また、彼らは公的な使用を禁じられたカタルーニャ語での地下出版を行うために「クルブ49」を立ち上げ、水面下で活動した。
そのような状況下で、ミロは旧友の陶芸家、アルディガスの創作に魅せられ、1944年から本格的にやきものを共同制作するようになる。アルディガスは、若い頃から中国や日本の陶芸に関心を持ち、研究していたという。

ミロたちが国内外の亡命生活を送る一方で、ミロの友人ら、彫刻家エウダル・セラと旅行家のセルス・ゴミスは戦時中の日本に滞在し、大津絵コレクターで編集者の山内金三郎らと交流を深めた。セラは1935年に来日し、大戦中も日本に留まり、1948年まで滞在した。ゴミスは1939年に来日し、1947年まで滞在した。柳宗悦らの民藝運動に深い関心を持ち、日本の民芸品や出版物を収集した。
セラは日本滞在中、陶芸作品を数多く制作し、大いにその影響を自らの作品に投入した。
そして、世界中が大惨事から徐々に解放されていく中で、水面下で行われていた交流も徐々に日の目をみる。
セラとゴミスは帰国後の1950年、二人が持ち帰った日本の民芸品の数々、大津絵、赤べこ、こいのぼり等をバルセロナで展示する機会を得た。

1950年には、同展に展示されているミロとダダの詩人トリスタン・ツァラの共作詩画集「独り語る」が刊行された。ミロがツァラの詩句に挿絵を施した。ツァラの詩句は、ドイツ軍に終われたツァラが亡命生活を送っていた仏南部のサンタルバン精神病院で、患者たちと接しながら書いたものであった。
大戦中、サンタルバン病院は、ドイツ軍に追われた詩人ポールエリュアールやツァラ、スペイン内戦から逃れてきたカタルーニャ人精神科医フランセスク・トスケイエスらを招き入れ、レジスタンス活動の拠点となっていた。ミロの挿絵は、ツァラの詩句の意味を絵に表すというより、詩句の数字やアルファベットの形から、人物やカタツムリなどの生き物を想像し象徴的な絵画世界を展開する。

ミロも巻子や折本などの日本の絵画形態から触発された創作を行なった。民藝の国内外のネットワークの浸透力には驚くが、カタルーニャの当時の前衛アートシーンの自由な表現の渇望に一役担っていたということである。
政治的なイデオロジーではなく造形の世界でなんらかの化学反応を起こしたのである。抑圧された自由の効かない社会の中で、芸術家たちは自由な新しい表現を探し続けた。芸術家たちの欲望は国境や抑圧を超えた交流に結実した。

ミロは1966年、73歳で念願の初来日を果たす。東京と京都の国立近代美術館の大規模個展のためであった。親友たちの来日から30年後。初めて、実際に自分の目で見た日本であった。
最後に、会場で見逃せない一枚の絵を紹介する。ミロが1946年に製作した「夜の中の女たち」だ。
本作は、亡命生活中の1939年から1944年までに製作したリトグラフ「バルセロナ・シリーズ」が元となっている。この元出のシリーズで黒のみで描いた圧政化で苦しみ悶えていた人物たちを、リズミカルな色彩のある、星や月の光の画面に連れ出している。
ミロの絵は時を越えて、今私たちに語りかける。私たちは、リズミカルな色彩のある、星や月の光の価値を知っているはずではなかったか。戦禍の中を逃げ惑う人々。早く人々が安心して暮らせる日々を願わんばかりだ。(キュレーター・嘉納礼奈)
「ミロ展-日本を夢みて」 |
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会場:Bunkamura ザ・ミュージアム(東京都渋谷区道玄坂2-24-1 B1F) |
会期:2022年2月11日(金・祝)~4月17日(日) |
休館日:2月15日、3月22日 |
アクセス:JR渋谷駅ハチ公口から徒歩7分、東京メトロ銀座線、京王井の頭線渋谷駅から徒歩7分、東急東横線・田園都市線、東京メトロ半蔵門線・副都心線渋谷駅A2出口から徒歩5分 |
入館料:一般1800円、高校・大学生1000円、小・中学生700円ほか。 |
※入館料などの詳細情報はホームページ(https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/22_miro/)で確認を。 問い合わせは、ハローダイヤル(050・5541・8600)へ。 |
