2作品が来日中! 2011年以降に巻き起こった「フェルメール・ブーム」を振り返る

東京都美術館で開催中の「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」に展示されている《窓辺で手紙を読む女》と、国立新美術館で開催中の「メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年」に展示されている《信仰の寓意》。現在、東京には2点のフェルメール作品が来日しています。1点でもやってくれば美術ファンの間で大きな話題となるフェルメールの作品。なかには「全点鑑賞」を夢見る方も多いことでしょう。近年、東京で展示されたフェルメールはすべて鑑賞したというライターの鈴木翔さんに、フェルメール作品をまとめてもらいました。
現存作品30数点
何気ない日常のシーンをモチーフとしながら「光の画家」とも呼ばれる光を巧みに捉えた写実性とそこに描かれた人物の神秘性、そして現存作品が30数点のみしかないという希少性が人気の要因であるフェルメール。フェルメール作品が初来日したのは、今から半世紀以上前になる1968年の「レンブラントとオランダ絵画展」でのこと。《ディアナとニンフ》がやってきたその展覧会はレンブラントが主役でしたが、90年代以降一気にフェルメールの人気が高まり、2000年に大阪で開催された「フェルメールとその時代」展をきっかけに広くその名が浸透。1点やってくるたびに“フェルメール・ブーム”が巻き起こる現在の人気につながっています。その中から今回は2010年以降の企画展を振り返ってみたいと思います。
2011年《地理学者》が初来日
2010年以降、初めて東京にフェルメール作品がやってきたのは、2011年の3月にBunkamura ザ・ミュージアムで開幕した「フェルメール【地理学者】とオランダ・フランドル絵画展」でのこと。同展の目玉展示だった《地理学者》(ドイツ、シュテーデル美術館蔵)は、東京で展示されるのはこの時が初めて。43年にわたる生涯の中で晩年に制作された本作は、現存作品の中では珍しい男性を単独で描いた作品ということでも話題になりました。
同じ年の年末には、再びBunkamura ザ・ミュージアムで「フェルメールからのラブレター展」が開幕。京都、宮城を巡回してきた本展には《手紙を書く婦人と召使》(アイルランド国立美術館蔵)、《手紙を書く女》(ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵)、《青衣の女》(アムステルダム国立美術館蔵)の3点が一度に来日しました。なかでも《青衣の女》は修復後世界初公開という点が大きなトピックに。風俗画が好まれた17世紀のオランダ絵画を通じて当時の人々のコミュニケーションを紐解くという画期的な企画展でした。
《真珠の耳飾りの少女》など「フェルメール・イヤー」2012年
2012年は、6月に国立西洋美術館で開幕した「ベルリン国立美術館展 −学べるヨーロッパ美術の400年−」に《真珠の首飾りの女》が来日。初来日という話題性とフェルメール作品の中でも傑作という触れ込みで、約3か月の期間で40万人近い来場者を集めました。
また、同じ時期には、東京都美術館で「マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝」が開幕。こちらにはオランダのマウリッツハイス美術館が所蔵する《真珠の耳飾りの少女》と《ディアナとニンフたち》が来日しました。12年ぶりにやってきた《真珠の耳飾りの少女》は、2003年に本作を題材としたスカーレット・ヨハンソン主演の映画が公開されたこともあって、より一層フェルメールを代表する作品に。約2か月半で76万人近くが来場し、1日あたりの入場者数においてこの年の世界最高を記録する美術展になりました。ラピスラズリによる“フェルメールブルー”の青いターバンを巻いた少女の瞳に吸い込まれた方もきっと多いのでは。
この2年間は計7点の作品が来日して、特に前年末開幕の「フェルメールからのラブレター展」を入れて3度の展覧会が開かれた2012年は「フェルメールイヤー」とも呼ばれました。
2015年《天文学者》初来日
それから再びフェルメール作品が東京に来たのは3年後の2015年。国立新美術館で3月に始まった「ルーヴル美術館展 日常を描く―風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄」でのことです。この展覧会にはルーヴルが所蔵する2点のうちのひとつ《天文学者》が初来日。フェルメールが得意とした風俗画を深く掘り下げた企画で、3か月強の期間中に66万人以上の入場者が訪れました。
また、この年には日本のフェルメールファンにとって嬉しいニュースがありました。フェルメールが最初期に描いたとされる宗教画《聖プラクセディス》(個人蔵)が国立西洋美術館に寄託されたのです。同館では本作を常設展示室に展示。「フェルメールに帰属」という但し書きの付く作品ですが、東京の…いや、アジアの常設展で見られる唯一のフェルメール作品になっています。(同館は今年4月にリニューアルオープン)
2016年は、1月に森アーツセンターギャラリーで「フェルメールとレンブラント:17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち展」が開幕。京都、福島を巡回してきた本展には《水差しを持つ女》(メトロポリタン美術館蔵)が初来日。レンブラントの《ベローナ》も初来日ということで、17世紀オランダの巨匠を比較するような展示が行われました。
計10点が来日した、熱狂の「フェルメール展」
そして2年後の2018年には夢のような機会が訪れます。上野の森美術館で10月に開幕した「フェルメール展」には、東京展・大阪展合わせてなんと計10点のフェルメール作品が展示。まさに“日本史上最多”というキャッチコピーがふさわしい衝撃で、東京では《マルタとマリアの家のキリスト》(スコットランド国立美術館蔵)、《手紙を書く婦人と召使》(アイルランド国立美術館蔵)、《手紙を書く女》《赤い帽子の娘》(ともにワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵)、《リュートを調弦する女》(メトロポリタン美術館)、《牛乳を注ぐ女》(アムステルダム国立美術館蔵)、《ワイングラス》《真珠の首飾りの女》(ベルリン国立博物館蔵)、《取り持ち女》(ドイツ、ドレスデン国立古典絵画館蔵)の9点が展示されました。なお、2019年2月からの大阪市立美術館での大阪展には《恋文》(アムステルダム国立美術館蔵)が出展されました。
いつもは1点だけでも特別感があるフェルメール作品も、この展覧会では世界中から集まった作品を一挙に展示する「フェルメール・ルーム」を構成。厳かさ漂う青い空間の中でフェルメール作品に囲まれる感動は、何だかマーベルのアベンジャーズを連想させるような豪華感でした。また、ナビゲーターを務めた石原さとみさんが記者会見で見せた《真珠の耳飾りの少女》姿も大いに話題となり、4か月強の期間中に68万人を超える来場者が訪れました。
海の向こうからフェルメールが来る喜び
そして記憶に新しいのは、2020年に国立西洋美術館で行われた「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」での《ヴァージナルの前に座る女》の初来日。コロナ禍という世界的危機のなか、開催自体が危ぶまれましたが、開幕日をずらして無事に開催され、海の向こうからフェルメール作品が来てくれる喜びを改めて噛み締める機会になりました。
そして今、「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」で《窓辺で手紙を読む女》(ドレスデン国立古典絵画館蔵)と、「メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年」で《信仰の寓意》(メトロポリタン美術館蔵)が展示されています。
2011年以降に東京へやってきたフェルメール作品を振り返りました。ここまで読んでいただいた方の中には「あれ見たなぁ」と記憶がよみがえる方も多いのではないでしょうか。現在開催中の両展覧会には、アメリカとドイツからフェルメール作品が来日しており、異なる大陸にある同じ作家の作品が東京で接近するというところに美術品のロマンのようなものも感じます。ぜひ、これを機に全点鑑賞への道のりを目指してみてはいかがでしょう。(ライター・鈴木翔)
フェルメールの全37(*)作品リスト
【アメリカ】13点
《天秤を持つ女》(ワシントン・ナショナル・ギャラリー)
《手紙を書く女》(ワシントン・ナショナル・ギャラリー)
《赤い帽子の娘》(ワシントン・ナショナル・ギャラリー)
《フルートを持つ娘》(ワシントン・ナショナル・ギャラリー)
《眠る女》(メトロポリタン美術館)
《水差しを持つ女》(メトロポリタン美術館)
《リュートを調弦する女》(メトロポリタン美術館)
《少女》(メトロポリタン美術館)
《信仰の寓意》(メトロポリタン美術館)
《合奏》(イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館)
《士官と笑う娘》(フリック・コレクション)
《中断された音楽の稽古》(フリック・コレクション)
《婦人と召使い》(フリック・コレクション)
【オランダ】7点
《牛乳を注ぐ女》(アムステルダム国立美術館)
《小路》(アムステルダム国立美術館)
《青衣の女》(アムステルダム国立美術館)
《恋文》(アムステルダム国立美術館)
《真珠の耳飾りの少女》(マウリッツハイス美術館)
《ディアナとニンフたち》(マウリッツハイス美術館)
《デルフトの眺望》(マウリッツハイス美術館)
【ドイツ】6点
《地理学者》(シュテーデル美術館)
《ワイングラス》(ベルリン国立博物館)
《真珠の首飾りの女》(ベルリン国立博物館)
《窓辺で手紙を読む女》(ドレスデン国立古典絵画館)
《取り持ち女》(ドレスデン国立古典絵画館)
《ワイングラスを持つ娘》(アントン・ウルリッヒ美術館)
【イギリス】5点
《ヴァージナルの前に座る女》(ロンドン・ナショナル・ギャラリー)
《ヴァージナルの前に立つ女》(ロンドン・ナショナル・ギャラリー)
《音楽の稽古》(英国王室コレクション)
《ギターを弾く女》(ケンウッド・ハウス)
《マルタとマリアの家のキリスト》(スコットランド国立美術館)
【フランス】2点
《天文学者》(ルーヴル美術館)
《レースを編む女》(ルーヴル美術館)
【アイルランド】1点
《手紙を書く婦人と召使》(アイルランド、アイルランド国立美術館)
【オーストリア】1点
《絵画美術》(ウィーン美術史美術館)
【個人蔵】2点
《聖プラクセディス》(個人蔵、国立西洋美術館寄託)
《ヴァージナルの前に座る女》(個人蔵)
*フェルメールの作品は30数点とされている。2018年に上野の森美術館、19年に大阪市立美術館で開かれた「フェルメール展」の図録中の「フェルメール全作品所蔵情報」にあげられた37作品から作成。()内は所蔵館。