「鏑木清方展」会期前半に見ておきたい5選! 美人画だけじゃない清方の世界に浸る

「没後50年 鏑木清方展」が東京国立近代美術館で開催されています。鏑木清方は明治から昭和にかけて活躍した日本画家です。長きにわたり行方不明だった幻の名作「築地明石町」が話題ですが、ほかにも素晴らしい作品がたくさん並びます。ところが、展示期間が短い作品もかなり多いのです。大学の卒論で「清方」を選び、すでに2回リピートしている美術展ナビ編集班のスタッフが、会期前半(4月3日までと3月31日まで)に必ず見ておきたい作品を5つピックアップ。清方の画業と作品の魅力を詳しくご紹介します。この貴重な展覧会をより深く楽しめますように!
美人画だけじゃない!
「鏑木清方」といえば、美しい女性の姿を描いた「美人画」を連想するかたも多いのではないでしょうか。たしかに、清方の描く女性はとても美しく、そう呼ばれたのも納得ですが、彼の描きたいと心動かされるテーマは、「美人」ではなく、市井の人々の生活や、幼い頃からこよなく愛した文学や芝居でした。
清方の絵は、それらを「美人を借りて、描いた」という表現が正しいのかもしれません。
挿絵画家から日本画家へ
清方の父、條野採菊は戯作者であり、新聞記者。芝居好きの母と祖母の影響で、3歳の頃から観劇をする少年でした。父親の勧めで清方は13歳で挿絵画家を志し、水野年方に入門します。そう、清方の画業の出発点は挿絵画家でした。「清方」の画号は15歳の時に師の年方から与えられたものです。
父の経営する新聞にコマ絵を書いたり、演劇雑誌「歌舞伎」の挿絵や芝居スケッチなども担当しました。やがて清方は挿絵画家の仕事の傍ら、自由な表現の場を求めて本画の制作にも取り組むようになります。
必ず前半に見ておきたい その1「曲亭馬琴」(展示期間:3/18~4/3)

こちらの「曲亭馬琴」という作品、いま私たちがイメージする「鏑木清方の絵」とはかなり印象が異なりませんか?大きな画面に隙間なく沢山のモチーフが置かれ、陰影もはっきりと描きこんでいます。
この絵はまさに清方が挿絵画家から日本画家への転身を図った頃の作品です。視力を失った馬琴が、『南総里見八犬伝』を息子の嫁に口述筆記する様子を描いた力作でした。幼いころから文学にも親しみ、『南総里見八犬伝』も愛読していた清方は、政府主催の「文展」に満を持して出品しましたが、落選してしまいます。
思いがけない落選に清方は気を落としますが、自分の絵を見つめなおす機会となり、勝川春章や鈴木晴信、鳥居清長などの浮世絵の所作を研究し、女性のポーズや構図などを自身の絵に取り入れていきます。人物の置かれた状況や事情を説明せずにいられない、挿絵で培ったそんなやや過剰な表現を抑制。この落選は、清方のその後の画風に大きな影響を与えました。
歌舞伎をはじめとする芝居絵
必ず前半に見ておきたい その2「道成寺 鷺娘」 昭和4(1929)年 大谷コレクション(展示期間:3/18~4/3)

こちらは歌舞伎舞踊の名作、道成寺と鷺娘。このモチーフは清方が繰り返し描いたお気に入りのモチーフです。
清方は自身の著書「こしかたの記」の中で、「芝居好きなせゐか知らぬが、どうかすると本物の女より、舞台の女ー女形によけいに魅力を覚える」と語っており、清方の描く美しい女性に「女形」は少なからず影響していると言えるでしょう。女形のからみに加え、白拍子花子と鷺娘がどちらも「人間でない」ような怪しさを漂わせています。
樋口一葉や泉鏡花 文学をモチーフ
必ず前半に見ておきたい その3「一葉女史の墓」 明治35(1902)年 鎌倉市鏑木清方記念美術館 (展示期間:3/18~4/3)
清方は樋口一葉の大ファンで、「たけくらべ」は何度も読み込み、一部暗唱出来るほどでした。

左の「一葉女史の墓」は、実際に一葉の墓を訪れ、手向けた線香の煙の向こうに「たけくらべ」のヒロイン美登利の幻を見た出来事に着想を得て描きました。現実の世界と、物語の中の主人公が見事に1枚の絵におさめられています。
必ず前半に見ておきたい その4「遊女」大正7(1918)年 横浜美術館 (展示期間: 3/18~3/31)
泉鏡花の大ファンであった清方は、鏡花の本に挿絵を描くことを熱望していました。やがてその夢は叶い、公私ともに親交を深めていきます。

こちらの絵は泉鏡花の「通夜物語」のヒロインの遊女、丁山を描いた作品です。清方は挿絵だけでなく、本画のテーマとしても鏡花作品を選び、数多く取り組みました。
一方鏡花は、清方の「築地明石町」が帝国美術院賞に選ばれた際には、「健ちゃん大出来!」(清方の本名は健一)というタイトルで雑誌に文章を寄せており、築地明石町の、まだお化粧前の下絵を見た事があると誇らしげに語っています。
必ず前半に見ておきたい その5「 ためさるゝ日」(揃っての展示は4/3まで)

清方が「会心の作」と自己評価したこちらの絵は、左幅が公開されるのは30年ぶり、揃って展示されるのは40年ぶりとなります。
展覧会で清方の絵を見るとき、絵を先に見て、題名を想像してみるのもオススメです。
一般的には「絵踏み」(遊女の宗門改めをモチーフにしている)とか付けそうなものですが、「ためさるゝ日」と付けた清方のセンスには脱帽です。題名で示される主題や物語にも、清方作品の美意識を感じることが出来るでしょう。
衣装の豪華さも目をひきます。歌舞伎好きならではの豪華な衣装の表現と、オランダ船の模様を描くなど、当時の南蛮趣味を取り入れた清方のセンスが光ります。
元々は右幅と合わせて双幅の作品でしたが、文展出品直前に右幅の踏絵を待つ遊女を蛇足に思い、左幅のみとしました。この作品で清方は文展推薦(永久無鑑査)となります。
通期展示も「見ておきたい!」
必ず見ておきたい その6「 築地明石町」を始めとする三部作(通期展示)
やはり今回の展覧会の主要作品である「築地明石町」は外せません。1927年、清方が49歳のときの作品です。描かれているのは、後に清方が「理想郷」と語る、自身が幼い頃を過ごした中央区築地近くの風景です。

明治期に外国人居留地であった明石町は異国情緒溢れる町だったそうです。入り江に停泊する船は朝霧に霞んで、主題を弱めることなく、控えめに描かれています。画面右下の盛りを過ぎた朝顔に季節を感じ、絵の中の空気さえ伝わってくるようです。
1923年の関東大震災で清方の愛した町は姿を変え、復興に向かう町にも当時の面影はなくなっていました。こうした出来事が、清方の理想郷への回顧に繋がっていくのでしょう。
脳裏に焼き付いている明石町の風景と、当時を振り返る女性の姿を重ねた構図で描かれています。
「築地明石町」の女性像が振り返るポーズには、こうした回顧の心情が結び付けられており、彼女は明治30年頃の明石町にいるが、一方では清方と同じ時空にいて、今はなき理想郷を一緒に振り返っているという2重の役割を演じていると東京国立近代美術館主任研究員の鶴見香織氏は指摘しています。

「新富町」「浜町河岸」を伴って三部作として会場に並ぶ姿は、私たちを清方の理想郷に連れて行ってくれるかのようです。ぜひ向かいに置いてある椅子に腰をかけて、ゆっくりその空間を楽しんでみてください。
必ず見ておきたい その7「 野崎村」(通期展示)
最後の紹介は、その1で紹介した「曲亭馬琴」から7年後の1914年に描かれた「野崎村」。普段は国立劇場のロビーに飾られている作品です。

母親が娘の手を引いて歩くこの絵は、説明を伴うモチーフは過剰に描き込まれず一見、風俗画にも見えます。
この親子はどこに向かうのでしょうか。その結末を知っている鑑賞者に対して、少女は別の顔を覗かせます。
実はこの絵は、「新版歌祭文」という近松判二の戯曲に取材した芝居絵です。
豪華な振袖を着た彼女は油屋の娘お染で、奉公人の久松と身分違いの恋をしてしまいます。野崎参りに行くと言い訳をして、奉公人の久松に会いに行ったが、母親に連れ戻される場面を描いたものです。
彼女の運命はどうなるのでしょう。身分違いの恋を叶える方法はただ一つ、心中でした。下がった眉は幼さや悲しみの表情にも見えますが、歩く方向から外されている視線や、口角の上がった口元には少女の覚悟や、愛する人と一緒になれる喜びを噛みしめているような表情にも見えてきます。
みなさんは少女がどんな気持ちでこの道を歩いていると想像しますか?
私たちが清方の絵に惹きつけられるのは、単に美しいだけでなく、鑑賞者に感情や解釈を委ねられるような巧みな表現にあるのかもしれません。
<清方先生の姿>
同時開催の「MOMATコレクション」に清方の弟子である伊東深水が描いた、清方の肖像画が展示されていました。
清方展のチケットで入場出来るので、忘れずに見に行ってください。

美術展ナビで連載している河野沙也子さんの「漫画で紹介、先輩画家」の第5回は鏑木清方です。こちらも会場に行く前後にぜひご覧ください。
没後50年 鏑木清方展 |
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会場:東京国立近代美術館(東京・竹橋) |
会期:2022年3月18日(金)~5月8日(日) |
休館日:月曜(3月21日、28日、5月2日は開館)、3月22日(火) |
開館時間:午前9時30分~午後5時(金曜・土曜は午後8時まで開館)*入館は閉館の30分前まで |
アクセス:東京メトロ東西線竹橋駅より徒歩3分 |
観覧料:一般1,800円 大学生1,200円 高校生700円 中学生以下無料 |
京都展 会場:京都国立近代美術館 会期:5月27日(金)~7月10日(日) |
詳しくは公式サイトへ |
写真はすべて3月17日の報道内覧会で許可を得て撮影。
(美術展ナビ編集班スタッフ・彩)