【レポート】東日本大震災から10年を経て新たに開館した「石巻市博物館」

宮城県石巻市に2021年11月、東日本大震災の津波で被災した文化センターを継承する「石巻市博物館」が新たに開館しました。開館からおよそ半年が経過した3月、東日本大震災時には仙台市博物館に勤務していた菅野正道さんにレポートしてもらいました。

石巻市博物館が入る複合施設「まきあーとテラス」(同館提供)

昨年11月3日、石巻市博物館が開館した。
東日本大震災で甚大な被害を受けた石巻文化センターの収蔵資料を継承し、また近年に収集された資料などを加え、津波の被害が及ばない内陸部に新築された複合施設内に名称も新たにオープンした。
市民ギャラリーを併設し、常設展示室、企画展示室を備え、大河と海との関わりが育んだ石巻の豊かで多彩な歴史と文化を継承、発信しようとする本格的なミュージアムである。

ヤマガミユキヒロ《a little world》2019-2020

常設展示室に入るとまず目に入るのが、幅9メートルに及ぶ大スクリーン。
博物館が立つ地点から石巻市を上空から鳥瞰した鉛筆書きのパノラマ風景画に、同じ場所から撮影された映像を投影する、現代美術作家ヤマガミユキヒロの作品“a little world”である。投影される映像は、1日24時間の光景と春夏秋冬の四季を組み合わせ、観覧者を石巻という地域へいざなっている。

常設展示室は、石巻の歴史を通史的に紹介する歴史文化展示室、石巻出身の彫刻家・高橋英吉の作品展示室、石巻の収集家・毛利総七郎が70年余の年月をかけて収集した「毛利コレクション」展示室、そして石巻という地域に足跡を残した先人を紹介するコーナーからなる。

歴史文化展示室については、縄文時代から近現代まで、ひとつの地域の歴史を通観できる、大変に充実している展示内容だったが、「美術展ナビ」なので文末にあらためて紹介したい。この展示室だけでも見ごたえ十分であるが、石巻市博物館の展示を最も特徴付けるのが、高橋英吉の作品展示室と「毛利コレクション」展示室だ。

戦死した悲劇の彫刻家・高橋英吉の3部作

高橋英吉(1911~42年)は石巻出身で東京美術学校(現・東京藝術大学)で木彫を学び、文展で入選・特選を続けて無鑑査(実績から鑑査なしに出品できる資格)となった。芸術家として将来を嘱望されながらも、第2次世界大戦で召集されてガダルカナル島で戦死した悲劇の作家として知られる。
戦後にその評価はさらに高まり、石巻市博物館の前身である石巻文化センターに主要な作品が収蔵された。

【右から】高橋英吉《黒潮閑日》《潮音》《漁夫像》《聖観音立像》

英吉の代表作「黒潮閑日」「潮音」「漁夫像」が並ぶ展示は圧巻で、文展で評価を受けた前後の作風の変化を如実に見ることができ、英吉の母校・石巻高校が所蔵する「聖観音立像」からは英吉の悲劇の死、そして戦争の無情さを無言のうちに感じ取ることができるだろう。

《黒潮閑日》の部分。制作年代:1938年/英吉27歳(同館提供)
《聖観音立像》石巻高校蔵。制作年代:1940年/英吉29歳(同館提供)

アイヌ関連資料で注目の毛利コレクション

毛利コレクションは、石巻の素封家に生まれた毛利総七郎(1888~1975年)が生涯にわたって収集した10万点に及ぶコレクション。
刀剣、鍔、甲冑、家具、染織、考古遺物、古文書、和本、庶民生活資料などなど、数だけでなく収集範囲が広範で、かつ質的にも高く評価されるものを多く含み、その存在は戦前から国内外の専門家に知られるものだった。

毛利コレクションのアイヌ関係資料コーナー

なかでも、近年大きな注目を浴びているのが700点に及ぶアイヌ関係の資料。個人の収集資料として質・量ともに例を見ないもので、総七郎が残した書類から入手した時期や経緯も確認できる点がその価値をさらに高めているという。
一方で、マッチ箱や駅弁のかけ紙を、一つひとつ丁寧に台紙貼りにしたものからは、総七郎の几帳面さをうかがい知れる。現在の学芸員の仕事の原型をそこに見ることができ、総七郎が単なる好事家ではないこと、資料を後世に残す作業の重要性を私たちに訴えているように感じられた。

「伝える」ためのバックアップを

このように見ごたえのある展示だったが、いくつか懸念を覚えたこともある。
まず、敷地や建物に石巻市博物館がここにあるという看板を見つけることができなかった。筆者は「ここだと思うけど、大丈夫だろうか」と周囲を何周かしてしまった。
また、これだけの展示内容でありながら、図録類が発行されておらず、展示資料の理解を助けるような解説シート類がないことも、残念に感じた。

ほかにもいくつか懸念があるが、市がぜひ検討してほしいのは、東日本大震災に関する発信だ。震災伝承施設ではないため、展示で震災のことを大きく取り上げないのは理解できるが、この施設にはそれだけでない経緯がある。
前身である石巻文化センターは、海の間際に位置していたために、津波で浸水し、施設だけでなく収蔵資料も大きな被害を受けた。震災後に実施された文化財レスキューには、筆者を含め被災地だけでなく全国から多くの人が駆けつけ、被災した資料の保全・修復に関わった。石巻文化センターにおけるレスキュー活動は、東日本大震災後に繰り広げられた文化財レスキューを象徴するものだったと言って過言ではない。

被災した美術作品のレスキューの様子(写真・文化庁、同館提供)

開館時の企画展として「文化財レスキュー 救出された美術作品の現在」が2月27日まで開催されていたが、常設展示の中では、高橋英吉作品展示室と歴史文化展示室にパネルが各1枚あるのみと情報としては少ない。大災害でも地域の文化を守ろうと支援活動が集まったことを、現地から、より積極的に発信してほしい。

充実した展示からは担当学芸員の力量と努力を十分に感じ取ることができる。その上で指摘させていただいた課題は、おそらくは施設規模に比してマンパワーが不足しているためでないかと推測する。
石巻市は、情報発信や普及活動、施設運営などにも引き続き、力を注いでほしい。私たちも展示を観覧するだけでなく、会場のアンケートで感想を伝えるなどの方法で、学芸員を応援して、震災10年を経てようやくできたこの博物館の発展を温かく支援していきたい。そう思わせる展示だった。

(歴史研究家・菅野正道)

常設展示「歴史文化展示室」を写真で紹介

石巻市内に残る多くの貝塚などの縄文時代遺跡の出土品や、埴輪も出土する古墳、律令国家が造営した桃生城などの原始・古代に関する展示から始まる。

古代の桃生城を立体的に知ることができる

続いて中世の展示では、平泉文化との関わりや関東から移住してきた武士の足跡を知ることができる多彩な資料、とくに石巻市内で産出される粘板岩を用いた板碑の展示が圧巻。高さ2メートルにも及ぶ大きな石材に故人の供養に加えて家の由緒を書き刻んだ板碑(複製品)は、中世武士のイエ認識を目の当たりにすることができる。

長江氏の由緒を刻んだ板碑のレプリカ(同館提供)

近世の石巻は、北上川河口に位置する東北地方太平洋岸最大の港町であり、また多様な漁業が営まれた地域だった。
古文書だけでなく、数多くの残る絵図や船に関する資料から石巻のアイデンティティとも言える「大河と海との関わり」を最も感じることができるコーナーだ。

迫力のある「石巻絵図」

近現代のコーナーは、近代港湾として新たな展開を見た石巻港とそこに展開した都市・石巻の様子を写真や地図を基幹に多彩な資料で紹介し、また「マチ」や「ハマ」で繰り広げられた人々の生活を民俗学的アプローチで紹介している。

民俗学的なアプローチで石巻の「ハマ」と「マチ」を紹介
石巻市博物館
宮城県石巻市開成1-8(マルホンまきあーとテラス内)
開館時間:9時から17時まで(最終入館 16時30分)
休館日:毎週月曜日。ただし、その日が休日の場合は翌日休館、年末年始休館(12月28日から1月4日まで)
観覧料:常設展 大人300円 高校生200円 小・中学生100円
詳しくは石巻市のホームページ

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