【レビュー】人を元気にする強烈な可愛さ 「上野リチ:ウィーンから来たデザイン・ファンタジー」三菱一号館美術館

「可愛いものを見たら元気になった」
そんな経験はないだろうか。

今や「可愛い」という言葉は何かを形容するのに便利になりすぎて、その使い勝手の良さに、ともすれば陳腐になるような気がして口にするのを躊躇うことがある。
しかし言いたい。上野リチのデザインは強烈に「可愛い」。それはもう、こちらの生命力をじゃんじゃん湧き起こすほどに可愛いのだ。

リチの作品には、人を元気にする力が宿っている。

上野リチの全貌を紹介する、包括的な回顧展が開催

会場風景

現在、三菱一号館美術館で開催中の「上野リチ:ウィーンからきたデザインファンタジー」は、日本人建築家・上野伊三郎との結婚を機に日本へやってきたウィーン生まれのデザイナー、上野リチ・リックスの全貌を紹介する包括的な回顧展である(京都国立近代美術館より巡回)。

1893年オーストリアのウィーンに生まれたリチは、ウィーン工芸学校を経て建築家のヨーゼフ・ホフマンらが主宰するウィーン工房に籍を置いた。ウィーン工芸学校で既に自身のデザインの礎を築いていたリチは、ウィーン工房でそれをさらに洗練させていく。

【中央】 上野リチ・リックス プリント服地[野菜]1955年頃(再製作:1987年) 京都国立近代美術館蔵

リチが32歳の時、ホフマンの下で働いていた伊三郎と出会い、結婚。翌年には伊三郎の故郷である京都に渡り、それから10年ほどの間、ウィーンと京都を行き来しながら活動した。
本展では、戦後京都の地場産業にも携わり、あわせて京都市立美術大学(現・京都市立芸術大学)にて教鞭をとるなど、教育の分野においても功績を残した彼女の生涯を、その作品と共に紐解いていく。

生涯貫かれたリチのスタイル

会場風景

展覧会はまず、リチのウィーン時代の作品、そして当時のウィーンにおけるデザインシーンの紹介から始まる。
当時ウィーンでは、ウィーン分離派らの活躍もあり、工芸デザインはその隆盛にあった。リチが教育を受けたウィーン工芸学校はそれらの影響を強く受けており、従来の伝統的な模倣を排した先進的な教育を行っていたという。ここでホフマンに見込まれたリチは、彼の勧めもあり、ウィーン工房に在籍する。

【手前】ヨーゼフ・ホフマン フラットウェア・サーヴィス 1904年 豊田市美術館蔵

ウィーン工房のレベルは高い。猛者の集うこの環境で、リチは大いに切磋琢磨したのだろう。そして自分にとってデザインとは何かの答えを掴んだのだろう。この期間を経てリチの様式は、生涯、それはもう清々しいまでに貫かれることになる。

大きなライフイベントが作家の作風に影響を与えることは多々あるが、リチの場合、日本への移住という転機を迎えた後も、その様式に揺らぎは見えなかった。
リチがウィーンでデザインの仕事に携わるより少し前に、彼の地ではジャポニスムが起こっている。浮世絵に始まったそのムーブメントは染型紙にも及んでおり、会場ではそれらの展示も見ることができた。

会場風景

言うまでもなくウィーン工房にもジャポニスムは波及していたため、リチは伊三郎に出会う前から日本文化に触れる機会を持っていた。日本という国への解像度がずば抜けて高いというわけではなかったようだが、少なくとも彼女にとって日本は未知の文化圏ではなかったし、日本を意識したデザインも手掛けている。

【手前】上野リチ・リックス 七宝飾箱:中国芝居 1950年頃(再製作:1987年) 京都国立近代美術館蔵。リチは様々な工芸品のデザインも手掛けているが、七宝とは特に相性が良く、今回七宝作品を模したグッズも販売されている

来日したあとも変にジャパナイズされることなくリチが自身の様式を貫いていたのは(彼女に対し、ウィーンのデザイナーであることが求められていたというのもあるだろうが)、ジャポニスムを経たウィーンで学んだ彼女の性質が、もともと日本と高い親和性を持っていたからかもしれない。

どのような心境でこの図案を生み出したのか

またその様子は、戦時中であっても変わることがなかった。
ユダヤ系の家庭に生まれたリチにとって、第二次世界大戦が彼女に与えた不安は想像に難くない。戦局が激化するにつれウィーンと京都を行き来するのが難しくなり、ウィーン工房を退職することにはなったリチは、京都市染色試験場での技術嘱託として図案部に所属することになる。

【手前】上野リチ・リックス プリント絹服地デザイン:スズラン 1935―44年 京都国立近代美術館蔵

近年杉浦非水や神坂雪佳、津田青楓など「図案家」であった作家の展覧会が開催されているが、当時京都では図案の仕事が重要とされていた。

それまで工芸品といえば京都だったものが、遷都をきっかけに風向きが変わり、勢いを失ってしまう。そこでなんとか再び伝統工芸を活性化させようと、京都は工芸品を新たに彩る図案家の育成に力を入れるようになる。この図案がまさにリチのデザインと好相性で、リチはこの時期に卓越した作品を数多く生み出している。

上野リチ・リックス プリントデザイン[鳩] 1935―44年 京都国立近代美術館蔵

しかし現在の世界情勢を鑑みながらこれらの作品を見ると、なんとも胸が締め付けられる思いだ。というのも、どれもとても「可愛い」のである。まさか戦争の只中に作られたとは思えないほど可愛く、おしゃれで、心ときめく図案が並んでいる。
リチは一体何を思い、どのような心境でこの図案を生み出したのか。
戦争の重い空気を少しでも人々の生活から払うためか、はたまた自分を鼓舞するためにデザインしたのかわからないが、彼女が心血を注ぐようにこれらにファンタジーを込めていたことは確かだろう。

「ファンタジー」

それはリチが生涯自身のスタイルを貫いたのと同じく、一貫して唱え続けた彼女の信条である。

上野リチの「ファンタジー」とは

 

上野リチ・リックス ウイーン工房壁紙:芥子 1928年 京都国立近代美術館蔵

本展はリチの仕事を包括的に示すと同時に、リチの「ファンタジー」とは何だったのかについても紹介している。ここで言うファンタジーとは「模倣をせず新しいものを求め、たとえ拙くとも自らの創造性を羽ばたかせること」を意味しており、リチは教育に携わった際、自分の生徒たちにもこれを強く教え続けた。

チャーミングなポートレートからは想像できないほど厳しい人で、その姿勢に学生たちは怯んだという。しかしいくら完成度が高くても、どこかで見たようなものには特別な力は宿らない。それをリチはよく知っていた。だからこそ、敢えて彼らにきつく言い含めたのだろう。
自身の作品を生徒に一切見せなかったのも、生徒たちが安易な模倣に流されないようにするためだったのではと、阿佐美淑子氏(三菱一号館美術館主任学芸員)も図録に寄せている。

上野伊三郎/上野リチ・リックス 高津邸(西宮市):室内計画図 左(1)、右(2) 1933年 京都国立近代美術館蔵

さて、女性作家の回顧展というと、多くの場合、女性であることが作家としての自立を阻むという理不尽について言及されるのだが、リチに至ってはそのような解説を見ることがほぼなかった。これは一体どういうことかというと、当時ウィーンではデザインや工芸は家内工業的な面を持ち、「女性の手仕事」でもあると考えられていたからだそうだ。よってリチがデザイナーになるのを阻む壁はなく、彼女は才能を開花させることができた。

上野リチ・リックス(画)/上野伊三郎(詩文・書) 中国・白城子[巡回芝居] 1940年頃 京都国立近代美術館蔵 満州を訪れた思い出として描かれたもの。リチはたびたび画巻を使い、旅の記録などを絵に納めている

また夫である伊三郎が、一人のデザイナーとしてリチに敬意を持っていたことも大きい。日本に来てすぐ伊三郎と立ち上げた上野建築事務所で、リチは個人邸宅やバーの内装を手掛けており、その後も妻としてだけでなく信頼するビジネスパートナーとして様々な活動を共に行っている。

上野リチ・リックス 日生劇場旧レストラン「アクトレス」壁画(部分) 1963年 京都市立芸術大学芸術資料館蔵

内装の仕事といえば、極めつけはやはり日生劇場(日比谷)のレストラン「アクトレス」だろう。設計を担った村野藤吾は伊三郎の大学時代の先輩であり、リチのデザインを高く評価していた。

リチ流の花鳥画ともいえる黄金色のまばゆい壁画は、見ているだけで心が弾む。現在アクトレスは無くなっているため会場には壁画の一部が展示されており、本展はこの作品をもって終了となる。

展示室を出たところで、改めて思った。
この展覧会で私が感じた強烈な「可愛い」の正体、あれはリチの「ファンタジー」だ。
リチが想像し、咀嚼し、磨き上げながら生み出した、彼女の全身全霊そのものだった。だから私はこんなにも心の底からときめいたのだ。
リチの作品には、人を元気にする力が宿っている。そうするだけの力を、リチはずっと込め続けていたのだから。

安易な模倣がなぜ危ういか。創造するとはどういうことか。振り返ってみれば本展は、リチの作品を通じて、そういった問いを常に投げかけているようだった。ものを作ることについての真摯な姿勢が求められる今こそ、我々がリチのファンタジーから学ぶものは多いはずだ。
(ライター・虹)

上野リチ:ウィーンから来たデザイン・ファンタジー
会場:三菱一号館美術館(東京・丸の内)
会期:2022年2月18日(金)~5月15日(日)※展示替えあり
休館日:月曜日、展示替えの4月12日も休館。ただし、3月21日、28日、4月25日、5月2日、9日は開館。
アクセス:東京都千代田区丸の内、JR東京駅丸の内南口から徒歩5分、JR有楽町駅国際フォーラム口から徒歩6分、丸ノ内線東京駅=地下道直結=から徒歩6分など
入館料:一般1900円、高校・大学生1000円、小、中学生無料
詳しくは同館のホームページ

あわせて読みたい

直前の記事

【開幕レビュー】「赤」をテーマに浮世絵の歴史を観る――「赤-色が語る浮世絵の歴史」展 太田記念美術館で3月27日まで

「赤-色が語る浮世絵の歴史」 会場:太田記念美術館 会期:2022年3月4日(金)~3月27日(日) 休館日:月曜日休館、ただし3月21日は開館し、翌22日が休館 アクセス:東京都渋谷区神宮前、JR山手線原宿駅から徒歩5

続きを読む
新着情報一覧へ戻る