【図録開封の儀】「Hello! Super Collection 超コレクション展 ―99のものがたり― 」図録に込められた想いを探る

2022年2月2日、大阪市北区中之島に「大阪中之島美術館」が開館しました。開館を記念する「Hello! Super Collection 超コレクション展 ―99のものがたり― 」が3月21日まで開催中です。大阪のみなさんは、もう観に行きましたか?
今回は、この「超コレクション展」の図録を開封します。なんといっても大阪中之島美術館が刊行する1冊目の図録です。ほかの図録とはちょっとだけ違う楽しみ方を紹介しましょう。

まずは「年表」で開館までの歴史に触れよう

この図録には筆者推奨の”読む順番”があります。
まずは320ページを開いてください。「大阪中之島美術館 開館までの道程」と題した年表が掲載されています。

1行目をチェックしましょう。1983年、大阪市制百周年記念事業基本構想の一つとして、近代美術館建設が発表されました。また同年に大阪の実業家、山本發次郎が収集したコレクションを受贈しています。これが、大阪中之島美術館が誕生するきっかけであり礎です。
次に、年表の最後へワープします。「2021年6月30日竣工」とありますね。あの黒い斬新なデザインの建物ができあがったのは、開館のわずか7か月前のことでした。
翌日の7月1日には、「株式会社大阪中之島ミュージアムに公共施設等運営権を設定」と書いてあります。本館は、施設の所有権を市が保有したまま運営権だけを民間に託すコンセッション方式を日本で初めて採択した美術館なのです。
年表の締めくくりは「2022年2月2日開館」。構想から開館までおよそ40年。美術館をつくるとは、かくも大変な事業であることを、この年表が教えてくれます。

ただ、この年表には書かれていないこともありました。バブル崩壊による計画凍結や、大阪市の財政難を理由とする白紙化といった危機を詳しく知るのは、地元大阪の人たちや美術業界の住人くらいでしょう。そのあたりの混乱を年表に書くかどうかは、関係者間でも葛藤があったのかもしれません。
年表の次は、開館までの困難な道のりを最も近い場所で眺めてきた3人によるコラムを読みましょう。

館長と学芸員のコラムは必読!

図録の巻頭を飾るのが、館長の菅谷富夫さん、学芸員の高柳有紀子さん、平井直子さんが執筆した計12ページに渡るコラムです。

菅谷館長のコラムは、開館にいたるまでの背景や同館のコンセプトを、美術業界に通じていない一般の読者でも理解できるよう、実に平易な言葉で綴っています。

菅谷館長が美術館準備室に学芸員として着任したのは1992年、34歳のときだそう。それから30年、待ち焦がれた開館を迎えた館長が、あふれだす想いを押さえ込み、館長としての理性を保ちつつ書き上げたこのコラム。文面上は平静を装っていますが、読む人が読めばわかる「熱いコラム」に仕上がっています。

「3つの新しさ」と称して、「アーカイブへのアクセスを簡単にする」「外部組織との対等な連携を基本とする活動スタイル」「大阪から多様な視点や価値観を広げていく」を挙げている点も注目です。大阪中之島美術館が目指す姿をぎゅっと凝縮したコラムといえるでしょう。

目次でワンクッション置いたら、次は高柳学芸員のコラムです。6000点超におよぶコレクション収集活動の実態を素描しており、本美術館の収蔵品の豊かさが顔をのぞかせます。

特に「大阪と関わりのある近代・現代美術」についてまとめた部分は、個々の作品を鑑賞するだけではバラバラでわかりにくい、「大阪の美術」にまつわる歴史や作家・作品の全体像を理解するヒントに富んでいます。超コレクション展が終了した後も、折に触れてこのコラムに立ち返れば、大阪中之島美術館の存在意義を再確認するのに役立つはずです。

デザイン作品を収集する意味

16ページから始まる平井学芸員のコラムは、美術館が(美術作品ばかりではなく)デザイン作品を収集する意味について、専門家の立場から解説しています。

一脚の古い椅子が、なぜ「座る」という本来の用途を離れ、鑑賞の対象として存在するのか。美術館はなぜ、数百万円という(日用品としては異常な)値段がついたデザイン作品を購入・保存・展示しなければならないのか。意欲的かつクールな文体で綴られたコラムからは、デザイン作品の収集に情熱を注ぐ大阪中之島美術館のスタンスがうかがい知れます。

100番目はどこに?「99のものがたり」に込められた願いとは

お待たせしました。年表、コラムに続き、最後にみていただきたいのが、作品の図版と解説文です。
総ページ数361のうち22ページから300ページまでを使い、今回の超コレクション展で公開している全作品の画像を掲載しています。

ページ構成はとてもシンプルです。一つ一つの作品を平等に扱いたい意図なのか、有名な作品をことさら拡大・強調し、それ以外の作品を小さくまとめて配置するといった編集は避けている気配があります。

白色の紙に作品が整然と並ぶ様は、まるで家族写真を大切におさめたアルバムを思わせますね。そういえば、この図録の大きな個性である、つややかで真っ白な表紙も写真アルバムの外観を想起させます。

図録というと、作品の画像をパラパラと読む人もいるでしょう。もちろん図録の楽しみ方は人それぞれです。

ただ、この図録(および展覧会)には、作品の解説文に「99のものがたり」という副題がついています。どんな意味が込められているのか、とても気になりますよね。

ちなみに、「超コレクション展」の会場展示および図録が紹介する作品数は約400点あります。「99のものがたり」にピックアップされたのは展示作品のごく一部なのです。

言うまでもありませんが、99のものがたりに選ばれた作品たちは、超コレクション展のコンセプトを紹介する「凡例」に適しているから選ばれただけです。「ものがたり」に選ばれなかったほかの作品の価値が劣っているわけではありません。

「99のものがたり」と銘打った理由について公式サイトは、「それぞれの作品は、収蔵に⾄るまでやその後の展⽰活動の中で、多くの⼈々との出会いを重ね、さまざまな物語を紡いできました。本展では、コレクションに親しみを持っていただけるよう、作品にまつわる99のものがたりも併せて紹介」すると説明しています。
つまり「ものがたり」とは、美術史上の位置付けや制作背景だけでなく、大阪中之島美術館が個々の作品を収蔵した経緯をも表しているわけです。

解説文のなかには、「機会あるごとに紹介し続けている、当館“推し”」(池田遙邨《雪の大阪》)や、「意匠の素晴らしさとともに、技術的卓越性、先駆性により、準備室時代にしばしば紹介してきた当館の代表作」(ヨーゼフ・ホフマン《座るための機械》)など、作品に対する偏愛をこっそり打ち明けるものも。なるほど、たしかに「ものがたり」がそこにはあるのだなと納得します。

この「ものがたり」にはもちろん続きがあり、作品を観るためにこの美術館をたずねた来場者にも、アートをめぐる百人百様のストーリーがあると考えます。その証が特設サイトで募集している「100個目のものがたり」です。99のものがたりに、来場者がつむぐ100個目のものがたりが加わることで、今回の展覧会が完成するとのコンセプトに基づいています。
このコンセプトの素晴らしさは、「アートをめぐる営みには、限定や終わりがない」という視点です。大阪中之島美術館が存在するかぎり、今回のコレクション展はもちろん、今後開催する企画展や常設展、そして収蔵作品を他館に貸し出す機会も無限に続きます。新たな収蔵作品も増えていき、人々とアートをめぐる新たな体験や教育の機会を提供し続けるでしょう。
大阪中之島の地で、アートと人をつなぐ時間が、どこまでも永続してほしい。
そんな隠れた願いが、「99のものがたり」という副題に、そしてこの図録にも込められているのではないでしょうか。

「超コレクション展 ―99のものがたり―」の図録、価格は2,300円(税込)です。会場のほかオンラインストアでも購入できます。大阪中之島美術館のはじめの一歩を記録する本図録、ぜひ手にとって味わってみてください。

(ライター・佐藤拓夫)

さとう・たくお=1972年生まれ、宇都宮市在住のライター。美術好きで図録コレクターだった亡父の影響で、“図録道”の沼にはまる。展覧会会場では必ず図録を購入し、これまでに2000冊以上を読破。購入した図録を眺めては悦に入る時間をこよなく愛する、自称「超図録おたく」。

大阪中之島美術館 開館記念「Hello! Super Collection 超コレクション展 ―99のものがたり―」
会場:大阪中之島美術館 4、5 階展示室(大阪市北区中之島4-3-1)
会期:2022年2月2日(水)〜 3月21日(月・祝) 月曜日休館(3月21日を除く)
開館時間:10:00〜17:00 ※入場は 16:30 まで。
※3月5日(土)、6日(日)、12日(土)、13日(日)、15日(火)~21日(月・祝)は10:00〜18:00 ※最終入場は 16:30 まで。
観覧料:一般 1,500 円/高大生 1,100 円ほか
日時指定事前予約《優先》制
公式ホームページ:https://nakka-art.jp