【開幕レビュー】一筋縄ではいかない? 17世紀オランダ絵画――「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」 東京都美術館

ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(修復後)1657-1659年頃 油彩、カンヴァス 83×64.5cm ドレスデン国立古典絵画館 ⓒGemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Wolfgang Kreische

「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」
会場:東京都美術館(東京都台東区上野公園8-36)
会期:2022年2月10日(木)~4月3日(日)
休館日:月曜日、ただし3月21日は開室し、22日が休室
アクセス:JR上野駅公園口から徒歩7分、東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅から徒歩10分、京成電鉄京成上野駅から徒歩10分
入館料:一般2100円、大学生・専門学校生1300円、65歳以上1500円、小・中・高校生、18歳以下無料、障害者手帳をお持ちの方と付き添い(1名)無料
※日時指定予約制(障害者手帳をお持ちの方と未就学児は不要)、大学生・専門学校生、65歳以上の方は証明できるものの提示が必要。高校生、18歳以下の方も学生証または年齢の分かるものの提示が必要。
※詳細・最新情報は公式サイト(https://www.dresden-vermeer.jp)で確認を。

なるほど、雰囲気が変わるものだ。

フェルメールの《窓辺で手紙を読む女》の「修復前」と「修復後」だ。この作品は、1979年の調査で、何も描かれていないように見えた背景に実はキューピッドの画中画があり、何者かが後世に上塗りしたことが分かったのだそうだ。2017年に始まった専門家チームによる修復プロジェクトで元の姿が復元されてドレスデン国立古典絵画館でお披露目され、その後、世界に先駆けて日本で公開されることになったのが、今回の展覧会である。

ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(修復前)1657-1659年頃 油彩、カンヴァス 83×64.5cm ドレスデン国立古典絵画館 ⓒGemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Herbert Boswank(2015)

比べてみよう。

「修復後」。背景のキューピッドの姿が、画面全体を支配しているように見える。その姿と照らし合わせて考えると、手前の女性が呼んでいる手紙は「恋」に関するものだろうか。柔らかい空気が部屋の中に漂っている。一方、そのキューピッドがいない「修復前」は冷たい雰囲気だ。白い壁の前で女性が読んでいる手紙は、悲しい報せに見えてしまう。

どちらがいいかはともかくとして、確かにまったく印象が違う。修復の意義と意味、この展覧会ではその過程も詳細に紹介されているのだが、その成果がはっきりと、文字通り目に見える形で分かってくるのである。

展示風景

ドレスデン国立古典絵画館はドイツ東部、ザクセン州にある美術館。1518世紀の、特にオランダ絵画黄金期の作品を多く所蔵しているそうだ。風景画から人物画、静物画に風景画とその所蔵品は幅広いが、フェルメールのこの作品を見た後に、展示作品を見ていくと、どうしても背景や人物の傍に置かれている小物、画面に映り込んでいる小動物などが気になってくる。キューピッドの画中画で作品の印象が大きく変わったように、絵に描かれているひとつひとつの小さな物事がとても気になってくる。

ヘラルト・テル・ボルフ《手を洗う女》1655-56年頃 油彩、板 53×43cm ドレスデン国立古典絵画館 ⓒ Gemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Elke Estel

例えば、上の絵、テル・ボルフの《手を洗う女》。気になるのは足元にいる「大人しく」座っているイヌだ。「つややかなサテンのドレス」を着た女性。「手を洗う」という行為は、何を意味するのか。それぞれのキーワードをつなぎ合わせていくと、何となく隠された意味が見えてくる。下の絵、《レースを編む女》。こちらには足元にネコがいる。この小動物はこの時代のヨーロッパでは「官能」の象徴とされていたようなのだが……。この時代の風俗画の数々は、画面のあちこちに細かい寓意がちりばめられており、まったく一筋縄ではいかない。

ハブリエル・メツー《レースを編む女》1661-64年頃 油彩、板 35×26.5cm ドレスデン国立古典絵画館 ⓒ Gemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Elke Estel/Hans-Peter Klut

見どころは風俗画だけではない。レンブラントやミーレフェルトの描いた肖像画は、ほほえみを浮かべていたり、ツンとおすまししていたり表情豊か。ライスダールの風景画の細かい描き込みを見ていると、「リアル」ということの根本的な意味を実感する。さらに、色々考えさせるのは静物画の数々。チューリップは何を意味するのか。ニシンはなぜここにあるのかなど、細かいものの配置がとても気になってくる。

レンブラント・ファン・レイン《若きサスキアの肖像》1633年 油彩、板 52.5×44cm ドレスデン国立古典絵画館 ⓒ Gemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Elke Estel/Hans-Peter Klut

個人的に見ていて面白かったのが、ヤン・ステーンの《ハガルの追放》。旧約聖書の有名な一説話だ。アブラハムにはサラという妻がいたが、2人の間には子供がいなかった。それを苦にしたサラは、女奴隷のハガルをアブラハムに差し出し、イシュマエルという息子を産ませる。だが、その後、サラは90歳になって(!)息子イサクを授かる(ちなみにこの時アブラハムは100歳!)。こうなると、どこの世界ででも共通するのは相続の問題で、ハガルとイシュマエルはサラの訴えで、荒野へと追放されてしまうのだ――。ヤン・ステーンの作品を見ていると、そういう旧約聖書の物語が、つい隣の村の風景のように見えてくる。のんきな顔をしたウシやヒツジ、くつろぐイヌたちは何が起こっているのか分からないようだ。家の中でイサクのノミを取るサラ、泣いているハガルの足元で弓矢で遊んでいるイシュマエル。登場人物はみんなカジュアルな格好で、本当に、どこでもあるような情景だ。そこに、この作家がこの物語にどんな思いを持ち、キャンヴァスにどんな思いを込めたのかが現れているような気がするのである。

ヤン・ステーン《ハガルの追放》1655-57年頃 油彩、カンヴァス 136×109cm ドレスデン国立古典絵画館 ⓒGemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Elke Estel/Hans-Peter Klut

まあ、「絵を見る」ということは、そういうふうに色々な事を「考える」ということなのだろう。オランダ絵画黄金期の作品の数々には、「考える」材料がそこかしこに詰まっている。そして、フェルメールの「修復前」と「修復後」の鑑賞体験は、「考える」という事への感覚をさらに鋭敏にさせてくれる。フェルメールの名画を見ることができるだけではない。個人的に言えば、絵画鑑賞の「基本」を改めて体感させてくれた展覧会だった。(事業局専門委員 田中聡)

ヨセフ・デ・ブライ《ニシンを称える静物》1656年 油彩、板 57×48.5cm ドレスデン国立古典絵画館 ⓒ Gemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Elke Estel/Hans-Peter Klut