ケ・ブランリー美術館:世界との距離を縮める、ポスト・コロニアルからの脱却

“Bruce Lee Vs. Bruce Lee” 2021, Atelier Maciej Fiszerによるインスタレーション

コロナ禍で国境を越えて旅することが難しくなった今、パリジャンたちは近くの場所から「遠く」に思いを馳せていた――。

気鋭のキュレーター、嘉納礼奈さんは1月半ば、開館から早くも15年以上が経つ国立ケ・ブランリー美術館を訪れた。

*  *  *  *  *  *  *  *  *

同美術館の創設は、故ジャック・シラク元大統領が発案し、開館の10年ほど前から、肝煎りの国家プロジェクトとして準備が行われた。

創設当初の目標は、西洋と非西洋の最初の出会い方を引きずるポスト植民地主義的な見方からの脱却を図る、つまり、非西洋の過去の遺品だけではなく、現在の創造とも関係を結ぶ新しい美術館を創ることであった。

現在のグローバルな世の中で、かつて「原初美術」や「プリミティブ・アート」と呼ばれた非西洋圏の創作物はどのように展示されているのかをリポートする。

1月中旬には、2つの大規模企画展、アジア(インド・中国・日本)の武術に焦点を当てた「究極の戦い」展(116日まで)と、中部アフリカのコンゴ民主共和国の彫刻を展示する「影の部分」展(410日まで)が開かれていた。

「究極の戦い」展

ケ・ブランリー美術館のセーヌ川河岸のエントランス

美術館のエントランスでは、香港映画の大スター、ブルース・リーが鋭い目つきで来場者を出迎えていた。

「究極の戦い」展では、武術の起源をインドに辿り、中国、日本へと旅ができる流れになっている。アジアでは、武術は単に戦術のみならず、その技術や精神性、歴史や伝説、フィクションの世界までが人々を魅了してきた。展示では、古代の神々の彫像から、映画作品、武器、漫画の原画、プラモデルなど幅広い分野の約470点の創作物を紹介する。

寺院の門衛神、15世紀、マジャパヒト王国、ジャワ島
遠目には、可愛らしくも見えるが、実は金剛杵などをもち武装している。

「究極の戦い」の最初の舞台はインド。ヒンドゥー教の神々やブッダに仕える守護神、門衛神の像などが武装した兵士の格好をして、こちらを睨みつけている。

紀元前15世紀以降に編纂されたインド最古の文献「ベーダ聖典」では、インドヨーロッパ語族に起源をもつ善神デーヴァが悪神の阿修羅と夜叉(元来の地元の神々が擬えられた)を成敗した話が語られている。神話により、インドヨーロッパ語族のアーリア人がガンジス川流域に侵略した史実の正統化や神格化が行われた。

その後、古代インドの阿修羅や夜叉は、仏教では仏法の守護神、ヒンドゥー教では神々に仕える門衛神となった。

写真左、「毘沙門天」1877年, 木彫、彩色、ギメ東洋美術館蔵

権力者である武将たちが、自らの武力を正統化するために悪魔を打ちのめした神話の神々の像を作らせたが、その表現は単なる政治的なイデオロギーには留まらない。

武術の図像は、ヒンドゥー教への信仰や仏教の教えを通じて、個人の救済の隠喩表現でもある。

古代インドの守護神が各地に伝わった例として日本の毘沙門天が展示されている。

室町時代以降、日本では恵比寿や大黒天とともに七福神の一柱とされ現世御利益を授ける神とされた。

少林寺の門に見立てた展示風景

次の舞台は、中国。中国の武術の流派は、戦術としての用途のみならず儀式的な武術や、身体と宇宙のエネルギーの関係性を探求するべく体操療法の伝統に追随する。心と体のエネルギーを統一し、心身の鍛錬を発達させた。

馬王堆漢墓(ばおうたいかんぼ)の「導引図」(複製)紀元前168年-145年、湖南省、ギメ東洋美術館蔵

紀元前2世紀の墳墓で発掘された絹の上に描かれた「導引図」と呼ばれる体操の絵が展示されている。「導引」という中国最古の体操療法の44種類の運動が描かれている。鶴や猿、亀などの動物の動きから触発されたといわれる。

気功のルーツの一つであるとされ、武術の準備運動や修練方法として使われている。

盾、19世紀、清王朝(1644年-1912年)、ケ・ブランリー美術館蔵

実際に王朝の軍隊で使われていた武器も展示されている。清王朝の軍人が使っていた盾は、細かく編み込まれた竹かご細工でできている。刀を遮るほど強いとされ、よく見るとうっすら虎の顔が描かれている。清王朝の軍人の制服も、虎は悪事から守ってくれる守護動物であることから豹柄ならぬ虎柄の縞模様であった。

“Bruce Lee Vs. Bruce Lee” 2021年, Atelier Maciej Fiszerによるインスタレーション

中国の武術の最後は、ブルース・リー主演の香港映画「ドラゴン怒りの鉄拳」(ロー・ウェイ監督、1972年公開)と「死亡遊戯」(ロバート・クローズ監督、1978年公開)を元に制作されたインスタレーション。ブルース・リーの迫力あるアクションが空間全体に広がる。

軍事博物館蔵の18世紀後半の甲冑などが並ぶ展示風景

「究極の戦い」の最後を飾る日本は、武士の甲冑や兜、侍をモデルにした漫画の原画、サムライ映画から柔道、剣道、空手などの武道、戦隊シリーズのロボットやフィギュアまでを紹介する。

平田弘史「名刀流転・落城の譜」(1965年)、122枚目、原画、紙に墨
© Hiroshi Hirata / Collection Michel Edouard Leclerc, Compagnie des arts

漫画家の平田弘史(1937年ー)の直筆の原画が展示されている。「薩摩義士伝」、「弓道士魂」など日本史と武士道に情熱を注ぎ、氏族戦争など数々の壮大な戦闘シーンを描いてきた。平田はまた、義務感に苦しめられている武士たちの日常生活、時には家族生活の表現に細心の注意を払ったという。

QFX Workshop「ブラック・ファイヤー」(2021年タイ、バンコク)、合成樹脂、ポリスチレン© musée du quai Branly – Jacques Chirac.

展示の最後は、映画の特殊美術を製作するタイの造形製作会社がつくった巨大ロボとスーパーヒーローや戦隊ロボのフィギュアやプラモデル150体で締めくくる。近未来的な武術として描かれ、刀を持つなど戦国武将に影響を受けていると解説。永井豪の「マジンガーZ」やフランスでも大人気であった「UFOロボ グレンダイザー」のチャンバラ劇さながらの戦闘シーンが紹介されている。

カプコン社制作の対戦型格闘ゲーム「ストリートファイターII」などをゲーム機で楽しむ観客たち

また、一角には、ゲームが楽しめるコーナーもある。

「究極の戦い」展は、遥か彼方の古代インドの起源から誰もが茶の間で親しんでいる戦隊ロボ、ゲームなどのグローバルで身近な文化に持っていき、遠くから近くに着地した。

「影の部分」展 

ところ変わって、「影の部分」展でアフリカ、コンゴ民主共和国へ旅に出る。同展では、今だ知られていない仮面、彫像、日用品などが160点余展示されている。ほとんどが世界初公開だ。

コンゴ民主共和国の地図© musée du quai Branly – Jacques Chirac.

同展の対象地域は、コンゴ民主共和国の南西部の4つの州からなる。クワンゴ州、クウィル州、マイ=ンドンべ州、キンシャサ特別州で、数十の民族が共生している。同地域の仮面や彫刻は、多種多様な造形的特徴を持つものが多いが、その制作年や用途など専門家をしても明らかになっていない。それゆえに同展は「影の部分」と名付けられた。

展示は、ヤカ族、スク族、ペンデ族、チョクウェ族の人々によって創作された象徴的な仮面から始まる。これらの部族については、多くの研究者によって研究されてきたという。

ブワラブワラの仮面、西ペンデ、木、顔料。1932年頃、イエズス会の宣教師によって収集。ベルギー王立中央アフリカ博物館所蔵 © Musée Royal de l’Afrique centrale, Tervuren (Dépôt Jésuite-Heverlee)

ペンデ族の村の仮面は、首長の即位、農耕期の始まり、流行病との戦い、さらには通過儀礼の終わりなどに、著名なダンサーにより着用される。

日本の「ひょっとこ」のお面に似ているこの仮面のねじれた鼻と口は、2つの異なる仮面が合わさったものだという。「ツンドゥ」と呼ばれる生意気でからかい上手な道化師と、魔術による攻撃の犠牲者である「ムバング」の二つの顔が合わさっている。

スク族の仮面―ヘルメット、ヘンバ、木、植物の繊維、布、張り釘、1924年にイエズス会宣教師から購入、ベルギー王立中央アフリカ博物館所蔵 © Musée royal de l’Afrique centrale, Tervuren.

スク族のヘンバの仮面は割礼を受けた若い人、または通過儀礼(ムカンダ)を監督する大人の一人により着用される。仮面の上部に表示されているダイカー(カモシカに近い動物)は重要なシンボル。狩猟によりダイカーが射止められた後、通過儀礼の場所が発足する。ヘンバの仮面は、守護神であり、先祖の慈悲深い御加護を表すという。

ムバラ族の仮面、木、顔料、植物の繊維、羽根、なめし革、布、1939年領土管理者によって収集 ベルギー王立中央アフリカ博物館所蔵 © Musée royal de l’Afrique centrale, Tervuren

展示では、ムバラ族など、前述の部族ほど詳細な民族誌的研究の対象になっていない部族の仮面も紹介する。部族がより小さい、またはより分散しているため、調査の対象となることが少なく、ほとんど収集されておらず、仮面の機能や属性などほとんど情報が得られていないという。

ムバラ族の仮面は、ヤカ族とスク族の通過儀礼の仮面「ムバワ」に似ていることがわかっている。 塗装されたラフィア布で覆われた楕円形または、ほぼ球形の構造につる植物で構成された角がある。羽で飾られた角の端は、エネルギーの象徴である紐でつながっている。

ピンディ族の彫刻、木、顔料、1905年民族学者により収集、ハンブルク民族学博物館 © Museum am Rothenbaum, Hamburg

南西部の彫刻家たちはコンゴの他のどこよりも、枝、幹、根の絡み合ったり、分岐したり、曲がりくねったりする形状に関心を示していた。そうした形が人や動物の姿を呼び起こしたという。ピンディ族の「キルバ」という守護と癒しの機能を備えた像と推測されている。儀式の際、キルバは特定のハーブを浸したお湯に浸されてその効力を発揮されたという。三又に枝分かれする木から精霊の姿が現れる。

ライオンの彫刻「エムム」、木、植物の繊維、ベルギー王立中央アフリカ博物館所蔵

コンゴ南西部で一大ジャンルとなっているのがパフォーマンスやダンス、演劇、音楽、歌唱などを織り交ぜた「ボボンゴ」。ライオンの彫刻、「エムム」はボボンゴの小道具として作られた。ボボンゴは、マイ=ンドンべ湖で19世紀後半に生まれたダンス。イテテレという男性が地元のダンスの振り付けにオリジナルの振り付けを加え発明したのだとか。村ごとに独自のボボンゴを持っており、部族ごとのコンペも行われる。

 展示を通したアジアと中部アフリカ、コンゴへの旅

この旅で、ポスト・植民地主義から遠ざかることができただろうか。アジアの旅では、漫画やゲーム、カンフー映画などグローバル社会で誰もが知っている身近な創造物へ辿り着くことができた。アフリカへの旅は、現時点での未知の「知」ともいうべく「わからないこと=現在地」を明示する展示であった。ポストコロニアルからの脱却、遠くから近くへと世界との距離を縮める旅はまだまだ続いている。(キュレーター・嘉納礼奈)

ケ・ブランリー美術館 2006年、エッフェル塔を望むセーヌ川のブランリー河岸に開館した。日本などアジア文明に深い関心のあるシラク元大統領が1995年に発案。アラブ世界研究所などを手がけた建築家ジャン・ヌーベル氏が設計した。文化の多様性をテーマに、欧州以外の文明を伝える目的で、アジアやアフリカ、南北アメリカ、オセアニアの美術品、工芸品、生活用品など30万点以上を収蔵する。

かのう・れな 兵庫県生まれ。フランス国立社会科学高等研究院 (EHESS)博士号取得(社会人類学及び民族学)。パリ第4大学美術史学部修士課程修了。国立ルーブル学院博物館学課程修了。国内外で芸術人類学の研究、展示企画、シンポジウムなどに携わる。 過去の展示企画に、「偶然と、必然と、」展(アーツ千代田33312021年)、“Art Brut from Japan(プラハ、モンタネッリ美術館、2013年~2014年)などがある。ポコラート全国公募のコーディネーター(2014年~)。共著に「アール・ブリュット・アート・日本」平凡社(2013年)、“ lautre de lart ” フランス・リール近現代美術館(2014年)

直前の記事

【レビュー】江戸でバズった「流行神」――「信じるココロ」展 太田記念美術館

「信じるココロ」展 会場:太田記念美術館(東京都渋谷区神宮前1-10-10) 会期:2022年2月4日(金)~2月27日(日) アクセス:JR山手線原宿駅から徒歩5分、東京メトロ千代田線・副都心線明治神宮前駅から徒歩3分

続きを読む
新着情報一覧へ戻る