【レビュー】「国宝 聖林寺十一面観音―三輪山信仰のみほとけ」(奈良国立博物館) 日本彫刻の最高傑作をガラス展示ケース無しで拝観できる”最後”の機会

内覧会での法要の様子。聖林寺の倉本明佳住職と国宝・十一面観音菩薩立像(2022年2月4日)

特別展「国宝 聖林寺十一面観音―三輪山信仰のみほとけ」
会場:奈良国立博物館 東新館(奈良市)
会期:2022年2月5日(土)~3月27日(日)
開館時間:午前9時30分~午後5時 土曜日は午後7時まで(入館は閉館30分前まで)
休館日:2月7日(月)、21日(月)、28日(月)、3月22日(火)
入館料:一般1400円、高大生1000円、小中生500円(※日時指定券なし)
詳しくは展覧会公式サイト
フェノロサや白洲正子など多くの人を魅了してきた国宝・十一面観音菩薩立像

日本彫刻の最高傑作をガラスケース無しで鑑賞

流れるような天衣てんね、繊細な指先、威厳に満ちた表情と豊満で均整の取れたプロポーション。聖林寺(奈良県桜井市)の国宝・十一面観音菩薩立像は、奈良時代(8世紀)に造られた天平彫刻のなかでも、日本彫刻の最高傑作のひとつとして知られています。明治期に来日し、日本古来の文化財の価値を認めて保護に努めたアメリカの哲学者アーネスト・フェノロサにより、秘仏の禁が解かれ、その優美な姿は、白洲正子などの文人や多くの人々を魅了してきました。

昨年(2021年)、東京国立博物館に約6万人もの来館者が訪れた特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ―三輪山信仰のみほとけ」が2月5日から、十一面観音様の地元である奈良の地(奈良国立博物館)で開幕。東京展との最大の違いは、十一面観音菩薩立像をガラス展示ケースが無い状態で、360度ぐるりと間近で拝観できる点です。このような機会は恐らく本展が最後。
同像の魅力や奈良展だけの見どころを奈良国立博物館の岩井共二美術室長に。そして、なぜ今、十一面観音様が展覧会にお出ましになられたのかを聖林寺の倉本明佳住職に伺いました。

約150年ぶりの”同窓会”も

国宝・十一面観音菩薩立像を中心に三輪山信仰と神仏習合をテーマにした本展。この像は、もともと明治期の神仏分離令まで、奈良県桜井市にある大神おおみわ神社の神宮寺のひとつ大御輪だいごりん寺(旧大神寺)のご本尊でした。
明治元年(1868)に神仏分離令(神仏判然令)が出されたことで起きた廃仏はいぶつ毀釈きしゃくの難を逃れるため、大御輪寺に安置されていた各仏様は、それぞれ別のお寺へうつされた経緯があります。

この度、法隆寺(奈良県生駒郡斑鳩町)に遷された国宝・地蔵菩薩立像、正暦寺(奈良県奈良市)に遷された日光・月光菩薩立像とご本尊であった聖林寺の十一面観音菩薩立像が一堂に会し、「約150年ぶりの同窓会」として再開を果たしたのも見どころのひとつ。まるで当時の大御輪寺の堂内が甦ったかのようです。

国宝 地蔵菩薩立像 平安時代 9世紀 法隆寺
日光菩薩立像・月光菩薩立像 平安時代 10~11世紀 正暦寺

自然信仰を今に残す三輪山

大神神社は、大物主大神おおものぬしのおおかみしずまる三輪山みわやまをご神体として崇拝する自然信仰を今も残しており、この地は、江戸時代まで神仏習合の地でした。三輪山は禁足地であり、祭祀遺跡が数多くあります。そのため、山内に点在している信仰の対象で、神のしろとして神聖視された「磐座いわくら」と呼ばれる大きな岩々の下から出土した遺物の展示も。日本のアニミズム的な原始信仰と仏教が調和し、私達日本人が江戸時代まで信仰してきた祈りがどのようなものであったのかが実感できます。

山ノ神遺跡出土品 古墳時代 5~6世紀 東京国立博物館。三輪山では酒造り関わる器物を象(かたど)った石製品や土製品が出土

打ち捨てられてはいなかった 大切に護られてきた仏様

哲学者である和辻哲郎の著書『古寺巡礼』では、聖林寺の十一面観音菩薩立像について、

「明治維新の神仏分離の際に、古神道の権威におされて、路傍に放棄せられるという悲運に逢った」
「そこで幾日も幾日も、この気高い観音は、埃にまみれて雑草のなかに横たわっていた。ある日偶然に、聖林寺という小さい真宗寺の住職がそこを通りかかって、これはもったいない、誰も拾い手がないのなら拙僧がお守をいたそう、と言って自分の寺へ運んで行った、というのである。」

と記載されています。そのため、この像に対し、「神仏分離で打ち捨てられた仏様」というイメージを抱いている人も多いのではないでしょうか?
倉本住職は、「木心乾漆造りなので、一日でも雨ざらしになると、傷んでしまい、これほどのお姿では残っていないはずです。ですから、打ち捨てられた訳ではなく、大切にされ、残そうとしたから観音様は残ったのです」と語ります。そして、それを示す証文も。大御輪寺から聖林寺へ大切に遷されたことが分かる「おぼえ」が奈良展のみ特別出品されているのです。「覚」には、当初は一時的な預かりの予定だったものの、大御輪寺が廃寺になったため、そのまま聖林寺に安置されることになった経緯も記されています。

十一面観音菩薩立像が大切に遷されたことが記された聖林寺に残る「覚」。奈良展のみの特別出品

なぜガラスケース無しで展示を?

「特別なお許しを得て、ガラスケース無しで、展示の高さを(東京展より)可能な限り低く展示した点が東京展との大きな違いです。(ケースが無いことで)アクリルの反射が無く、低く展示したことでお顔が優しく見えます」と奈良展のみどころを説明する岩井室長。

メディア内覧会での法要の様子。展示は大御輪寺に安置されていた当時を再現している

そして、倉本住職は「実際の大御輪寺さんのお堂(現在の大神神社の若宮社(大直禰子おおたたねこ神社のこと)では、中央部に立っておられて、(参拝者は)伏し目がちな観音様と目を合わすことができました。観音様は音を聞き取って私達を救って下さいます。観音様に私達を見ていただく機会はなかなか無いので、正しく拝む位置にいることは大切だと思います」と奈良展への想いを語ります。

私達が観音様を観るのではなく、観音様に観ていただき、祈りを聞き届けていただく。それが大御輪寺に安置されていた当時を再現することで可能になるのではないかとの想いから実現した展示だったのです。

今を生きる私達が後世へ繋いでいく

この像は、ミロのヴィーナスと比較されて表現されることがあります。しかし、岩井室長は、「背面の盛り上がった肉付きなどを見ても、極めて男性的な像と言えます。観音様を女性的と思い込んでいる方も多いですが、基本的に男性です。ミロのヴィーナスと比較できるわけではありません。決定的に違う点は、ほぼ欠損がないこと。約1270年でこれだけ残っているのは、とても奇跡的なことです」と語ります。
比べるのではなく、どちらも素晴らしいものであり、この観音様は唯一無二であることが伝わってきます。

”男性的”な背面の姿
十一面観音菩薩立像の光背残欠。光背以外はほぼ欠損がない

実は、十一面観音菩薩立像が安置されている聖林寺の観音堂の老朽化が進んでいるため、免震・耐震性を備えた観音堂へと大規模な改修事業が進行中。そのためのクラウドファンディングが本展覧会を通じて行われています。私達もこの観音様を次世代へと繋いでいくことに参加できるのです。
コロナ禍中、昨年の東京展では、観音様を拝み、倉本住職の前で涙を流す来館者も多かったそうです。それほどまでに多くの人の心を救ってきたことが分かります。

「今生きているから叶うこと」と想いを語る倉本住職。十一面観音菩薩立像の光背残欠をモチーフにしたマスクチャームは、クラウドファンディングの返礼品のひとつ

「約1300年残った仏様を皆さんの手で残していきたいと思っています。皆さん、今生きているからできることで、今だけのケース無しの展示を観ることができるのも生きているから叶うのです。約1300年の間、何回も危機がありましたが、その時代その時代を生きた人々が大切に残そうとしたから今があります。皆さんの、たくさんの力によって残るべきだと思っています」と倉本住職。

多くの人々により大切に護られ、残そうとしたから残った観音様。深い祈り、大切なものを次世代へと繋いでいくことへの強い想いをあらためて実感させてくれる展覧会です。

(ライター・いずみゆか)

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