【開幕レビュー】岸田劉生の多彩な画業を収蔵コレクションで振り返る「新収蔵記念:岸田劉生と森村・松方コレクション」京都国立近代美術館で3月6日まで

岸田劉生《外套着たる自画像》1912(明治45)年、京都国立近代美術館蔵

「新収蔵記念:岸田劉生と森村・松方コレクション」が1月29日(土)から3月6日(日)まで、京都国立近代美術館で開催されています。
2021年3月、同館は、岸田劉生(1891〜1929年)の作品を42点(※)一括収蔵しました。新収蔵により、保有する岸田劉生の作品は、寄託作品等5点も含めると、55点にも及ぶことになりました。そこで本展では、新収蔵を記念し、同館が所蔵する岸田劉生の全作品を一挙に紹介します。
※うち1点は表裏に描かれているため、画面数としては43面。

岸田劉生の画業をコレクションで展望

岸田劉生は、大正時代から昭和初期にかけて活動した画家です。

38年の人生のなかで、多くの人や作品の影響を受け、自分自身の表現に落とし込んでいった劉生。制作範囲は油彩や水彩だけではなく、日本画、版画、彫刻などの広範囲におよび、主題も自画像、肖像画、宗教画、風景画など、多岐に渡ります。また作風自体も、目まぐるしく変化していきます。

京都国立近代美術館は、劉生の初期から晩期までの代表作や、幅広いジャンル・主題の作品を収蔵しました。本展では、同館のコレクションのみで、劉生の画業全体を展望します。

銀座時代(1891〜1913年)

本展は、劉生が住んだ地域に基づき、5章構成(「銀座時代」「代々木・玉川時代」「鵠沼くげぬま時代」「京都時代」「鎌倉時代」)で作品を紹介します。

「銀座時代」の展示風景。明るい色彩で描かれた《斜陽》には、黒田清輝の影響が垣間見られる

1891年、東京の銀座に生まれた劉生は、10代の頃から独学で水彩画を学び、画才を発揮します。周囲から画家になるよう勧められた劉生は、白馬会葵橋洋画研究所に通い、黒田清輝の画風を学び始めました。

ところが劉生は、”黒田風”の絵を描くのではなく、「自分なりに描きたい、表現したい」と考えるようになりました。黒田が研究所に現れると、敢えて席を外し、指導を受けるのを避けようとするほどだったそうです。

そんな劉生に転機をもたらしたのが、文芸同人誌『白樺』です。『白樺』で紹介されていたルノワールやゴッホ、セザンヌの作品に、劉生は衝撃を受けました。とりわけゴッホに魅了された劉生は、”ゴッホ風”の作品を数多く描きました。

岸田劉生《夕陽》1912(明治45)年、京都国立近代美術館蔵。劉生が描いた”ゴッホ風”作品の代表格。雑誌に掲載されたモノクロのゴッホの作品を咀嚼し、自分なりの表現に落とし込んだ点に、劉生の勘の鋭さが伺える
岸田劉生《虎の門風景》1912(明治45)年、京都国立近代美術館蔵。色面を強調していることから、”ゴーギャン風”の試みではないかと言われている
岸田劉生《居留地(築地明石町)》1913(大正2)年、京都国立近代美術館蔵。どことなくムンクを連想させる

また『白樺』は、武者小路実篤さねあつをはじめとする同志との出会いをもたらします。様々な人と交わり、刺激を受けた劉生は「第二の誕生」を実感したそうです。

岸田劉生《外套着たる自画像》1912(明治45)年、京都国立近代美術館蔵

そんな「第二の誕生」を体現したかのような作品が《外套着たる自画像》。描かれているのは、20歳の劉生です。堂々としたタッチには、劉生の自信や希望がにじみ出ています。

代々木・玉川時代(1913〜1917年)

結婚を機に代々木に移り住んだ劉生は、北方ルネサンス絵画に惹かれ、宗教画の制作に熱中します。

岸田劉生《エターナル・アイドル》1914(大正3)年、京都国立近代美術館蔵

劉生の自信作が、聖母マリアを描いたとされる《エターナル・アイドル》です。慈しむような微笑みは確かに聖母のようですが、胸を露出させているという点では独特。実はこの作品には、劉生の初恋の人の面影が映し出されているとのだとか。劉生は、独自の聖母観と、永遠の憧れ”エターナル・アイドル”を重ね合わせて表現したのかもしれません。

岸田劉生《路傍》1915(大正4)年、京都国立近代美術館蔵

劉生は、風景画の制作にも取り組みます。現地で風景を観察しながら、赤土と草の生命力、美しさを描きました。

ところが体調を崩した劉生は、肺結核と診断され、戸外での制作が叶わなくなります。劉生は、療養のため玉川に移り、室内で静物画を制作するようになりました。

鵠沼時代(1917〜1923年)

療養に専念するために、劉生は温暖な鵠沼(神奈川県藤沢市)へと移ります。

岸田劉生《壺》1917(大正6)年、京都国立近代美術館蔵

鵠沼で描かれた静物画のなかでも、注目したいのが《壺》。代々木時代から「写実に徹する」ことを重要視してきた劉生は、柔らかく細い筆を使用し、タッチを抑制するようになります。《壺》は、劉生が追い求めた写実表現の到達点のひとつとも言える作品です。

【IMG10】岸田劉生《壜と林檎と茶碗》1917(大正6)年、京都国立近代美術館蔵。この作品以降、劉生は様々なモチーフを組み合わせた静物画を描くようになる

麗子像シリーズを描き始める

愛娘の麗子をモデルに《麗子像》シリーズを描き始めたのも、鵠沼時代の特徴です。劉生は、麗子を描きながら、人物画における表現の可能性を追求しました。

様々な衣装を麗子に着せたり、麗子を分身させたりと、劉生の発想のもとで多彩な作品が生まれましたが、その中でも貴重な作品が《麗子裸像》。裸身の麗子を描いた唯一の水彩画です。

岸田劉生《麗子裸像》1920(大正9)年、京都国立近代美術館蔵

幼くとも落ち着いた麗子の表情、華奢な腕が印象に残ります。白い肌と真っ赤な衣装の対比は、「聖徳太子二歳像」をイメージしているとも言われています。

かつて、ゴッホの作品やルネサンス絵画に感銘を受けた劉生は、次第に東洋文化や日本の美へと関心を向けていきました。《二人麗子》《麗子弾絃図》などには、そんな劉生の関心やこだわりが込められています。

岸田劉生《二人麗子》1921(大正10)年、京都国立近代美術館蔵。2人の麗子の配置は、浮世絵を連想させる
岸田劉生《麗子弾絃図》1923(大正12)年、京都国立近代美術館蔵。徳川時代初期の《彦根屏風》を意識して描かれた

京都時代(1923〜1926年)

「京都時代」展示風景

健康を取り戻した劉生が東京へ戻ろうとしていた矢先に、関東大震災(1923年)が発生。劉生は、かねてより魅力を感じていた京都へ移住します。

日本や中国の古画に対する劉生の興味は尽きることなく、蒐集しゅうしゅうにも熱中するようになりました。劉生は、中国の宋・元時代の花鳥図や初期肉筆浮世絵のコレクションを通し、これらが秘める”美”を探求したのです。そして、浮世絵の美の世界が現実に現れる場所として、歌舞伎や祇園の茶屋遊びにも没頭しました。

岸田劉生《舞妓図(舞妓里代之像)》1926(大正15)年、京都国立近代美術館蔵

京都時代の集大成とも言える作品が、《舞妓図(舞妓里代之像)》です。浮かび上がるような舞妓像からは、濃厚な味わいと共に、神秘的な奥ゆかしさを感じられます。劉生が浮世絵に見出した「デロリ」の美学が詰まった作品だと実感しました。

鎌倉時代(1926〜1929年)

独自の美学を突き詰めた一方で、美術品の蒐集や茶屋遊びで散財し、作品発表の場をも失った劉生。画家として再起を図るべく、鎌倉へ移住し、早すぎる晩年を過ごします。

岸田劉生《自画像》1928(昭和3)年、京都国立近代美術館蔵

1929年、劉生は満州旅行へと旅立ちました。現地で高官の肖像画を描き、資金を稼ごうと考えたのです。しかし、目当ての仕事にはありつけず、また気候や食生活が身体に合わなかったため、体調を崩しました。
それでも劉生は、現地の風景を情熱的に描き、《大連星ヶ浦風景》をはじめとする13点の風景画を生み出しました。

岸田劉生《大連星ヶ浦風景》 1929(昭和4)年、京都国立近代美術館蔵

《大連星ヶ浦風景》は、赤土や草の美に惹かれた若き日の劉生を思わせる、生き生きとした作品です。武者小路実篤は、《大連星ヶ浦風景》について「劉生自身の味がぴったりと出ている」と絶賛しました。

劉生は大連を去ったのち、徳山(山口県)に滞在しますが、急病に倒れ38年の生涯を終えます。

劉生の功績を世に広めた森村・松方兄弟

劉生の死後、武者小路実篤らが中心となり、劉生の功績を世に広めていきました。また、劉生と親しかった松方三郎や、松方の兄の森村義行は、劉生の重要作品を数多く蒐集しました。

歌川広重や葛飾北斎などの展示風景

最後の展示室では、森村義行や松方三郎が旧蔵していたコレクションの一部の紹介。歌川広重や葛飾北斎の浮世絵など、名品揃いです。

青木繁《女の顔》1904年 芝川照吉のコレクションの一つ

劉生の画業を支えた芝川照吉のコレクションも見ることができます。洋画家たちのパトロンであり、友でもあった芝川は、作品を蒐集するよりも画家を支援することを大切にしていました。劉生らが展覧会を開催する際は、その準備を助け、展覧会で売れ残った作品を買い取ったそうです。

劉生の蔵書印も

なお、本展は、会期が1月29日(土)~3月6日(日)と短めです。ぜひ、お早めに足を運んでみてください。ゴッホ、北方ルネサンス絵画、浮世絵など、心惹かれるものをとことん追究し、表現を深めていった劉生の生き様、情熱が感じられることでしょう。

(ライター・三間有紗)
京都国立近代美術館のホームページ

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