「川﨑家の系譜-東山魁夷と川﨑家の画家たち-」3月13日まで、市川市東山魁夷記念館で

川﨑家の系譜-東山魁夷と川﨑家の画家たち― |
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会場:市川市東山魁夷記念館(千葉県市川市中山1-16-2) |
会期:2021年11月6日(土)~2022年3月13日(日) |
休館日:毎週月曜日 主催:市川市 特別協力:リベラ株式会社 |
開館時間:午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで) |
観覧料:一般700円、65歳以上560円、高校・大学生350円、中学生以下無料 |
詳しくは展覧会公式サイト |
東山魁夷と尊い絆 川﨑家の画家に焦点
千葉県市川市にある市川市東山魁夷記念館で特別展「川﨑家の系譜-東山魁夷と川﨑家の画家たち-」が開催中です。川﨑家の画家とは、大和絵の大家・川﨑千虎、その孫で東山魁夷の岳父にあたる川﨑小虎、小虎の子で日本画壇に大きな足跡を残した川﨑春彦と今も現役で筆をふるう鈴彦兄弟、春彦の長女で独自の世界観を展開する川﨑麻児の5人を指します。同記念館は「東山魁夷と尊い絆で結ばれた川﨑家の画家たちの芸術精神や日本画の精華に触れてほしい」という願いから本展を企画しました。ここでは小虎、春彦、鈴彦、麻児の3代4人の名品を石田久美子・同館学芸員の解説で紹介します。

祖父から薫陶 叙情的な日本画に道
川﨑千虎(本名鞆太郎 1836~1902)は江戸後期の天保年間、尾張藩士でもあった浮世絵師の家に生まれました。土佐派の画家・土佐光文に大和絵を学び、日本画の大家として明治画壇に名を馳せました。有職故実にも通じ、教育と人材育成でも尽力。自身の後継者に指名したのが孫の小虎(本名隆一 1886~1977)でした。

小虎は幼少期より祖父の薫陶を受け、大和絵に親しむとともに、伝統的な日本画の素養と教養を習得していきました。東京美術学校(現東京藝術大学)で小堀鞆音、結城素明ら先鋭的な日本画の諸家に師事し、卒業後は文展、帝展などの日本画団体で活躍しました。
青春期を大正ロマンの風の中で迎えた小虎は大和絵の新解釈で浪漫的かつ叙情的な日本画に道を見つけます。「春の訪れ(春の女神)」もその流れから生まれた作品。小虎ならではの新大和絵風の典雅な趣を表しています。
川﨑小虎「春の訪れ(春の女神)」1948年頃(リベラ株式会社所蔵)
野草、鳥、動物に視線 晩年は水墨画も
戦時中、疎開先の山梨で自然の中に身を置いたのを機に写生に励むようになり、何気ない日常や農村の風趣、とりわけ野草、鳥、動物に愛情あふれた視線を注ぎました。
数多い傑作の一つと評されるのが「雪静か」です。淀みのない筆致によって日本美の極限を表現。静寂がしみわたる情景は「画家の気魄のこもった作品」と耳目を集め、小虎芸術に一層の深みをもたらしました。
自由な境地から晩年は水墨画への探求心も高めていきます。野山の夕暮れや荒磯、愛らしい動物など、墨の濃淡によって表現された作品群はまさに心筆一体。崇高な志と独自の風格を備え、至純な世界を展開しています。
受け継がれる芸術精神を魁夷に託す
小虎が長女すみの婿に迎えたのが東山魁夷です。まだ無名で経済的にも窮していた魁夷にとって小虎は雲の上の存在でしたが、小虎は魁夷に川﨑家が受け継いできた芸術精神を託しました。魁夷も小虎の温かい人柄や日本画家として崇高で清廉な生き方に接し、画家人生を切り開くうえで多大な影響を受けました。


芭蕉の自然観 日本画家の目で再構築
小虎の長男、川﨑鈴彦(96)は1943(昭和18)年、東京美術学校予科日本画科に入学しましたが、学徒出陣で絵も勉学も中断を余儀なくされました。終戦後は小虎家の疎開先だった山梨に身を寄せ、義兄の魁夷らと共に写生の日々を過ごします。帰京後は小虎のもとで画業に励み、日展などで華々しく活躍しながら、女子美術大学、武蔵野美術大学、ハーバード大学などで教鞭をとりました。
長い制作年月を経て鈴彦のライフワークになったのが「平成おくのほそ道」でした。芭蕉のたどった道を歩き、その奥深い自然観を日本画家の目を通して再構築したシリーズです。時代を超えた二人の芸術家から「自然と人間の共生」という強いメッセージが感じられます。


父譲り 小動物に慈愛の眼差し
小虎の次男、川﨑鈴彦(1929~2018)も父や兄たちの後を追うように東京美術学校に学びました。戦争中は一家の疎開先の写生に励んでいるうちに、自然を描くことに専心する喜びとその血に秘めた画才に目覚めます。
卒業後は本格的に小虎と魁夷に師事。やがて導かれるように世界各地の山海を見つめ歩くようになり、研鑽を重ねた末、大自然のエネルギーと生命力を自身の卓越した色彩感覚と明快な画面展開で表現するに至りました。新しい日本画の可能性追求に精勤した末に到達した独自の画境と言えます。
雄大な自然に身を置く一方、父・小虎と同じく、慈愛溢れる眼差しを小さな生き物に向け、独自かつ秀逸な世界観を築きました。もちろん後進育成にも献身し、多くの門下生が才能を開花させました。


具象の中に象徴性 非日常世界を現出
春彦の長女に生まれた川﨑麻児(62)は武蔵野美術大学日本画科卒業に際し、川﨑家初の女性画家として日本画家の血統を受け継ぐ決心をします。春彦と伯父・鈴彦の厳しい審美眼にも鍛えられ、祖父・小虎遺愛の墨を用いて完成させた渾身の作が「月に想う」です。日展初入選も果たし、以降、現代画壇で地歩を築き始めます。
麻児は日本画の伝統を基軸に自然をつかみ切った秀作を制作しつつ、さらに一段高い洗練性と独自性の発揮にも心血を注ぎました。錬磨に努めた結果、自然の営みに敬意を払いながら、具象の中に象徴性も帯びたメッセージ性あふれる作品に到達しました。
現代感覚に優れた麻児の画力は独特で不思議な世界観を生み、見る者を非日常の世界へと誘います。そこに革新的な日本画の世界を歩み続けてきた川﨑家の血脈を感じずにはいられません。
現在は女子美術大学非常勤講師や日展特別会員を務めるなど、川﨑家の先達と同じく日本絵画の発展に尽くしています。


なお、本展開催にあわせて発行された公式図録に東山魁夷と川﨑家のつながりを詳述し、川﨑家の画家たちの作品の数々を紹介しています。全国の書店で販売していますので、ぜひこちらもご覧ください。(ライター・遠藤雅也)