【レビュー】「武者たちの物語」の進化は、今見ても面白い――森アーツセンターギャラリーで、ボストン美術館所蔵「THE HEROES 刀剣×浮世絵-武者たちの物語」展

ボストン美術館所蔵「THE HEROES 刀剣×浮世絵-武者たちの物語」展 |
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会場:森アーツセンターギャラリー |
会期:2022年1月21日(金)~3月25日(金) |
アクセス:東京都港区六本木、六本木ヒルズ森タワー52階、東京メトロ日比谷線六本木駅1C出口から徒歩3分、コンコースで森タワーに直結、都営地下鉄大江戸線六本木駅3出口から徒歩6分 ※森タワー2階にミュージアムコーン(美術館入口)、そこから3階の美術館・展望台チケット/インフォメーションのカウンターで受付を。 |
※事前予約制(日時指定)。詳細情報は展覧会公式サイト(https://heroes.exhn.jp/)で確認を。 |
東京・六本木の森アーツセンターギャラリーで開かれている「THE HEROES 刀剣×浮世絵」展は、ボストン美術館所蔵の刀剣と武者絵を中心とした展覧会である。スサノオノミコトの神話世界から『平家物語』、『太平記』などの軍記物語、あるいは戦国時代の川中島合戦などの史実での、ヒーローたちの活躍を浮世絵がどう描いたのか。それを各時代の名剣や

「武者絵」は、江戸初期から美人画や役者絵、名所絵などと並ぶ浮世絵の人気ジャンルのひとつだ。この展覧会でも、菱川師宣や北尾重政といった「大物」の作品が数多く展示されている。ただ、総覧して改めてわかるのは、19世紀以降の作品は、それ以前に比べて圧倒的に迫力があるということ。下の絵は、文政期の初めに描かれた勝川春亭の絵だが、ちょっと前の上の絵《巴御前》と比べると、構図も表現も大きく変わっている。まあ、戦国の時代も終わった江戸初期、中期は、そんなに「武者絵」は重きを置かれていなかったようだ。

それがなぜ、19世紀に入る前後で大きく変わったのか。色々とモノの本を読んだりしてみたのだが、どうやら「寛政の改革」が関係あるようだ。「世の中に蚊ほどうるさきものはなし ぶんぶといふて夜も寝られず」と時世を皮肉った狂歌があるように、質実剛健、倹約を旨としたこの改革、文化面でも綱紀粛正の波が押し寄せて、好色本や黄表紙本の規制もあったという。その一方で人気が出たのが豊臣秀吉の伝記物語『絵本太閤記』や、読本の曲亭馬琴の『椿説弓張月』など。そういう時代背景があって、ヒーローたちの活躍がクローズアップされるようになったようだ。

人気が上がれば、絵師たちも様々な工夫をする。例えば、上はこれも春亭の絵だが、影絵のような戦いの描写、空を覆う不気味な朱色の気など、目を引く表現がたくさんある。それは葛飾北斎の弟子の北為が描いた《摂州大物浦平家怨霊顕る図》もそう。源義経が平知盛の怨霊に会う能『船弁慶』で有名な大物浦のエピソードを描いたものだが、嵐の中の雷鳴や荒れ狂う波の表現が、いかにも師匠・北斎譲りである。

こういう「技術革新」の集大成ともいえるのが「武者絵といえばこの人」の歌川国芳だろう。スケール雄大な構図、躍動的な描写は減殺の目で見ても心躍るものであり、この展覧会でも数多くの作品を見ることができる。《清盛入道布引滝遊覧悪源太義平霊討難波次郎》の雷鳴の表現を見ると、この人も北斎の影響を受けていることは明らか。展示作品をじっくり見ていくと、江戸時代後期から末期にかけて、「武者絵」が完成していくのが、本当に良くわかるのである。

国芳の系譜は、明治へと続いていく。その代表格が月岡芳年。「残虐絵」がとみに有名な芳年だが、下の《義経八島之名誉》を見ると、うねるような波、ダイナミックな構図で、「国芳のDNAを伝えているのだなあ」と改めて思ってしまう。また、明治の役者絵で有名な豊原国周が平将門の娘、滝夜叉姫を描いた作品を見ていると、ついつい芝居と浮世絵、読本との関係に思いを馳せてみたくもなる。

約5万点の浮世絵版画を所蔵するボストン美術館から厳選されてやってきた118点の武者絵はすべて「日本初出展」のものだという。この後、明治時代に「武者絵」の系譜はどうなっていくのか。ちょっとだけ、そこが気になるのだが、それはまた別の話、別の展覧会に任せようということだろうか。浮世絵だけでもこれだけ楽しませてくれるこの展覧会、さらに刀剣の魅力が加わるのだから、大変なボリュームなのである。(事業局専門委員 田中聡)
