「永遠の未完成」が半世紀の画業の原動力に 「等身大の人の内面を描きたい」くらもちふさこさんにインタビュー デビュー50周年記念展が開催中

『東京のカサノバ』マーガレットコミックス2巻(1984年刊行)カバー

「いつもポケットにショパン」「天然コケッコー」「花に染む」などの名作で知られ、弥生美術館(東京・文京区)でデビュー50周年記念の展覧会が始まった漫画家のくらもちふさこさんが、「美術展ナビ」のインタビューに応じてくれました。成功に安住することなく常に新しいスタイルにチャレンジし、大胆な筆致と繊細な心理描写で少女漫画の魅力を高めたくらもちさん。「自分の作品に満足したことがない」という飽くなき向上心が半世紀にわたる画業を支えてきました。(聞き手・読売新聞美術展ナビ編集班 岡部匡志)

『おしゃべり階段』マーガレットコミックス2巻(1979年刊行)カバー Ⓒくらもちふさこ/集英社 記念すべき初めての連載作品。こちらが神頼みで“発掘”されたイラストです

「神頼み」で貴重な原画を“発掘”

Q 展覧会の資料探しで、不思議な出来事があったそうですね。

A 初連載作品の「おしゃべり階段」で、コミックス2巻(1979年刊行)のカバー絵が見当たらなかったのです。あちこちで紹介されたものなので、展覧会にないと困るなあ、とずっと自宅を探していました。カギを握ったのは実は神頼み。最近、神社参りが趣味でお札をいただく機会が増えたので、自宅に神棚を作ったのです。美術館に資料を収める期限が迫っても出てこないので、思い立って神棚に「カバー絵が出てきてください」とお祈りしてふと横を見たら、机と窓の間のわずかな隙間に引っかかっていました(笑)

Q 展覧会でこの絵を見たら、ファンも拝まないといけませんね。

A 伊勢神宮と出雲大社と鶴岡八幡宮に感謝です(笑)。恐らく昔からのファンの方には印象深い作品だと思うので、お見せできてよかったです。

くらもちふさこ展のメインビジュアル。『東京のカサノバ』からターコをフィーチャー。

Q デビュー50周年の展覧会は感慨深いものでしょう。

A お世話になった方々の顔が浮かんできてむしろ反省することがばかりです。高校生でデビューして会社勤めをしたことがないので、若いころは締め切りを守ることの大切さもピンと来ていませんでした。昔はルーズだったので、たくさんの人に迷惑かけてきたんだろうなあ、と恥ずかしいです。

「いずれ」の大切さ、武蔵美での学び

Q 漫画家生活と並行して武蔵野美術大学では日本画を学びました。

A 当時の漫画家友達が「美大に行こうよ」と誘ってくれたのですが、それが高校3年の時ですから準備が大変でした。油絵は触ったことがないし、デザインは私に才能がなくてとても無理だし、よく分からないながらも日本画にチャレンジしました。大学に入ったらその道一筋に頑張っている凄い人ばかりで足元にも及ばず、とても苦労しましたけれど、ファインアートを学んで本当に良かったと思います。図形や彫刻で怒られながら学んだことが、その後の漫画作りに生きました。

大学の勉強は嫌でしたけど、辞めたいとは思いませんでした。漫画家を続けた結果、すぐに役立つかどうかは分からなくても、「いずれは」という考え方が大切なのだとあとで知りました。結局、連載漫画(おしゃべり階段)が決まって両立が出来なくなり、大学を自主退学したのですが、道半ばになってしまったことは今でも残念です。それでも当時のクラスメートがいまだに連絡を取ってくれて、個展に呼んでくれるなどして、とてもいい刺激をもらっています。

『いつもポケットにショパン』別冊マーガレット1981年6月号表紙 Ⓒくらもちふさこ/集英社 キャリア前半の代表作。演奏シーンなどの斬新な表現もファンの心をつかみました。

真似事はしない、の決意

Q くらもちさんがデビューした前後の時期は、少女漫画でもSFや時代ものなど雄大な構想の作品が注目を集めていました。その中でくらもちさんは一貫して等身大で、同時代性豊かな少年少女を描き続けました。それがくらもち作品の大きな魅力としてファンを引きつけてきました。

A 萩尾望都先生のようなダイナミックなファンタジー作品は大好きです。一読者としては夢中になるのですが、自分が同じことをやってもしょせん真似事になってしまう、という思いは高校生の時からありました。当時の少女漫画は海外が舞台だったり、お嬢様が主人公だったりのお話が多かったのですが、もっと身近で、リアルな10代や20代の男の子や女の子の気持ちを描きたかったのです。

「一度たりとも満足したことがない」

Q 一方で、作品ごとにスタイルががらりと変わるところが、くらもちさんの真骨頂ですね。ファンが離れてしまうなどのリスクもあったかと思いますが、怖くなかったですか。

A 怖かったです。変えるのには勇気がいりました。私がファンの立場に立っても、好きな漫画家のタッチや作風が変わって残念に思ったことはありますし、離れてしまうのは仕方ありません。

Q それでもあえて変えていったのは?

A 同じ絵を描くことができないのです。一度たりとも自分の絵に満足したことはないから。ずっと自分の作品はどこかが未完成で、ゴールもない。そういう気持ちがぬぐえません。だから続けてきたのかもしれません。

『天然コケッコー』コーラス1995年2月号 扉 Ⓒくらもちふさこ/集英社 島根県を舞台に美しい田園風景とそこで繰り広げられる人間模様を丁寧に描きました。くらもちさんも描けば描くほど癒された、という瑞々しい味わいの名作。実写映画化もされました。

「引退」が頭をよぎったことも。人に支えられた50年

Q その一方でファンに支えられてきた50年ですね。

A ファンをはじめとする周りの人たちに支えられて続けてこられたと思います。何年か前に、もうそろそろいいかと「引退」を考えたことがあります。すると担当編集者の北方さん(集英社「ココハナ」副編集長の北方早穂子さん)が、「そうですか」と受け止めてくれつつ、「エッセイはどうですか」と水を向けてくれて。描いてみると案外楽しい。それなら一気に全ての仕事をやめたくてもいいかなあ、と思うようになりました。

ファンの声も本当にありがたいです。一人、二人の手紙であっても、強い言葉で励ましてくれると、「この人のために」という思いがわき上がってきます。何十年も応援してくださる熱心なファンの方もいらっしゃって、皆さんの力で支えられています。

『とことこクエスト』ココハナ2018年2月号 本文 Ⓒくらもちふさこ/集英社 マンガ家の“くらさん”と相棒の担当編集者“さっほー”のやりとりがクスリと笑えます。

Q 大勢のファンが展覧会を楽しみにしています。

A 展覧会のお話があった時は嬉しかったですが、「誰が来てくれるの?」という気持ちも強くて不安でした。今回の会場の弥生美術館は竹久夢二美術館と一体の施設なので、「夢二先生の作品を見た方が、こちらに回ってきてくれたらいいな」と思うほどでした。展覧会の発表のあと、SNSのコメントなどがすごい数で、こんなにたくさんの方が期待してくれているのか、とびっくりしました。本当にありがたいことです。

キャラクターを「演技」させる面白さ

Q くらもち先生の作品と自分の青春時代を重ね合わせるファンも多いと思います。

A やはり私は若い人の心情を表現したいのです。内面の心の乱れとか。

Q 都会的でミステリアスな男性像は「くらもち男子」として有名ですね。

A 表面は無表情で、でも実は内心は揺れ動いていて、という男の子。俳優と一緒で、キャラクターを演技させる面白さが漫画家としてたまらないです。そういう男性が好きなんでしょう。表面がクールで内面に熱いものがある人。昭和の男性っぽいですね。父親がそういうタイプだったので、その影響もあるかもしれません。

Q 展覧会でここを見てほしい、というポイントを教えてください。

A カラフルな原画がたくさん展示されています。その中でもホワイトの使い方に注目してください。「くらもちはすぐにホワイトを使う」と言われるのですが(笑)、とても迷ってホワイトを入れる時もあれば、よし、と決断してこれしかない、という線を描いている時もあります。

「THE くらもちふさこ デビュー50周年記念画集」。美しいイラスト満載でファン必携。弥生美術館でも買えます。

あと、宣伝になってしまいますが、先日発売になった「THE くらもちふさこ デビュー50周年記念画集」(集英社、定価3960円)と見比べてもらうのもおすすめです。記念画集は特別なインクをセレクトして印刷したので、発色が鮮やか。当時の色が再現できています。展覧会の原画は時間の経過を反映して、また違う魅力があるので、比較するとそれぞれの良さを味わえると思います。

『花に染む』Cocohana2013年7月号 扉 Ⓒくらもちふさこ/集英社 マンガ界の名誉、手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞した名作。多彩な視覚表現と繊細なストーリーが長く印象に残ります。

「人の内面を描く」、少女漫画の本質

Q 50年を振り返って、少女漫画の今をどう思いますか。

A ジャンルとしての少女漫画は以前に比べると分かりにくくなっているかもしれません。男性向けの漫画を読む女性も増えていますし。でも、人の内面を描く、という少女漫画のあり方は今も昔も変わらないのではないでしょうか。むしろそういう要素が男性向けの漫画にも浸透していった結果が、現状のような構図になっているのかも。これからも少女漫画はそういうジャンルであり続けるのではないでしょうか。

くらもちさんの『自画像』

くらもちふさこ 1955年、東京生まれ。高校2年の1972年、『別冊マーガレット』に「メガネちゃんのひとりごと」でデビュー。80年代の別マ全盛時代に看板作家として活躍。代表作に「おしゃべり階段」「いつもポケットにショパン」「東京のカサノバ」「A-Girl」「海の天辺」など。1996年、「天然コケッコー」で第20回講談社漫画賞を受賞。2017年には「花に染む」で第21回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞。同年6月からは「ココハナ」でエッセイまんが「とことこクエスト」を連載中。

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