【パリから】コロナ禍のポンピドゥーセンター 二人の巨匠、創造の「密」

年末年始のフランスでは、新型コロナウィルスの1日あたりの新規感染者数が急増し、1月中旬には1日40万人を超えた。しかし、昨年末に仏政府が発表したウィルス対策の新方針では、国民に対し再び都市封鎖を強いることはなかった。
社会・経済活動を優先し、美術館や劇場、映画館などの文化施設も来場者のマスク着用と、ワクチン接種済を証明する「ワクチンパス」の提示を条件に通常通りの開館となっている。
気鋭のキュレーター、嘉納礼奈さんが、新年早々に訪れたパリの近現代美術の殿堂、ポンピドゥーセンターの様子をリポートする。

同センターでは特に入場制限などは行っていない。来場者は、入口で係員による「ワクチンパス」のQRコードの確認、荷物検査を受けて1階のエントランスホールに入る。

ホールのインフォメーションのブースでは、クリスマス休暇中の特別サービスが用意されていた。フランス国内に限り、無料でグリーティングカードを届けてくれるというサービスだ。同センター特製のカードにメッセージと住所を書いて箱に入れると、切手を貼らなくても郵送してくれる。

また、コロナ禍で来場者が守らなければならないルールの館内サインが一際目につく。というのも、同センターの著名な収蔵作品のイラストがアイコンとなっているためだ。
マスク着用は、20世紀のメキシコを代表する女流画家フリーダ・カーロの自画像「ザ・フレーム」(1938)、ソーシャルディスタンスは、フランスの現代美術家グザヴィエ・ヴェイヤンの彫刻「サイ」(1999-2000)、トイレなどの館内の公共スペースの衛生管理を記すのは、現代美術の父と呼ばれる芸術家マルセル・デュシャンの便器で有名な「泉」(1917)、アルコール消毒ジェルの配置を示すのは、フランスの現代美術家マルシャル・レイスのネオンの光の彫刻、「アメリカ・アメリカ」(1964)、順路やソーシャルディスタンスなどを示す床のサインは、ルネ・マグリットの絵画「赤いモデル」(1935)のイラストが使われている。
現在、薬局やスーパーなど街中で目にするこうしたコロナ禍のマナーの表示も近現代美術館ならではの工夫を凝らしている。

訪れた時期は、二人の巨匠の回顧展が開催中であった。ドイツの現代美術家ゲオルグ・バゼリッツ(1938-)と、イタリアの建築家でデザイナーのエットレ・ソットサス(1917-2007)(バゼリッツは3月7日まで、ソットサスは1月3日で終了)の回顧展だ。
コロナ禍以前より来場者が少なく、かつてのような人間の密とは程遠い状態であったが、そこには、二人の巨匠の飽くなき創造の「密」があった。

まず、ドイツの巨匠の方は、その名もシンプルに「バゼリッツ、回顧展」と名付けられ、最上階の6階(日本の7階)にある企画展示室にて開催中。当初は、2020年に開催予定であったがコロナ禍で一年延期された待望の大回顧展である。バゼリッツのこれまでの絵画や彫刻など100点余りをまるで伝記を読むように時系列で追っていく。
この1月に84歳になったバゼリッツは現在も精力的に創作活動を行い、その活動は60年以上にも及ぶ。
彼の創作は、母国ドイツの辿った運命、戦時下のナチスと戦後の東ドイツにおけるソ連による支配から多大なる影響を受けている。作家の生涯を貫く姿勢は、彼自身の言葉に表れる。「私は破壊された秩序、風景、人々、社会の中に生まれた。秩序を再び挿入したいとは思わない。(…)無知のままゼロから全てのことに疑問を呈したい」。
1965年から66年にかけての初期の作品では、人間の肉体の生々しい表現。肌や血の色。また、第二次大戦の記憶が鮮やかな死の匂いを漂わせる絵画が目立つ。バゼリッツの絵画は3mを超えるような大きな作品が多いのが特徴で、歴史画のような重厚感をもたらす。

彼のキャリアにとって特に変化をもたらしたのは1969年。というのも、彼独自の様式である、人物の肖像を上下逆さに描く表現を確立したからだ。逆さの肖像画で具象表現と抽象表現を融合させることに成功した。

Modell für eine Skulptur (1979-1980) ,178 × 147 × 244 cm, Museum Ludwig, Cologne © Georg Baselitz 2021
彫刻作品もモニュメントのように大きいものが多い。1977年から収集し始めたアフリカの彫刻が新しい展開をもたらす。

ベルリンの壁が崩壊した1989年には、自身の原点である故郷ドレスデンの記憶に立ち返る。1945年の爆撃後に、壊滅的な被害を受けた街で瓦礫を拾い集め、都市の再建に貢献した街の女性たちをモデルに作品を制作する。

バゼリッツは、造形表現において「具象と抽象の間」を模索しつつ、新しい表現を常に更新し続けている。2005年からは、自身の60年代の初期の作品を新しい技法や画材で描き直す、自ら「リミックス」と呼ぶシリーズ、2014年からは自身や妻・エルクの老いてゆく身体をモチーフに創作に取り組んでいる。

続いては、中二階で1月3日まで開かれていたソットサスの回顧展「魔術のオブジェ」。ソットサスの型にはまらない多岐にわたる絵画、デザインや建築、陶器、家具などの創作の数々が100点余り公開されていた。
ソットサスは建築や家具のデザインで、機能主義や合理主義に抗して、「便利」であるという用途ばかりを追求しない多くのオブジェを作り出した。
展示は、1940年代の絵画作品から始まる。建築を学びながら、フォービスムやキュビスムなどの近代美術、オランダの抽象画家ピート・モンドリアンらが創刊した雑誌「デ・ステイル」、フランス人美術家ジャン・アルプの抽象絵画などから影響を受けたという。

最初の部屋の展示で特に興味深いのは、彼のスケジュール帳の展示。スケジュール帳では彼の頭の中の思考体系が見事にデザイン化されているのである。彼が描く絵画の様でもある。

ソットサスは、次第に物が持つ象徴性や儀式性に注目する。中でも宇宙と人間を結ぶ根本的な所作や態度を陶器の制作の中に見出す。というのも、陶器は人類の歴史の中で最も古くから無数の無名の人々によって制作されてきたものだと考えた。特にインドへの旅で、庶民の暮らしの中にあるデザインに強く衝撃を受けた。
その後、大病の治療を乗り越え、1967年に建築とデザインの間を彷徨(さまよ)う、人間の身の丈ほどの陶器でできた塔のような瓶や容器を発表。

また、ソットサス曰く、「合理性と魔術の間をゆく『小さな建築』で、空間に関する思考を展開する道具」であるという「スーパーボックス」と名付けられた収納家具を制作。用途に縛られない彫刻作品のようである。

1969年にはストックホルムの国立美術館で開かれた展覧会のために、 « Grand Altare »,(祭壇)という作品を制作した。インドの古墳、トーテム、原始建築に触発された作品。有機的な形と幾何学的な形が同居しており、コントラストを成している。

1972年には、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で「イタリア:新しい住居のランドスケープ」展が開催され、住居環境を考察する革新的なイタリアの建築家やデザイナー12人の作品が展示された。ソットサスは、ガラスファイバーを使ったボックス型のユニットからなる可動式住居を発表する。ユニットごとに、シャワー、トイレ、キッチンなど機能が分かれている。絶えず移り変わる環境に順応できる変幻自在の住居を提案した。

ソットサスは世代の異なる建築家やデザイナーとのグループでの創作活動も行った。1976年に「スタジオ・アルキミア」、1981年にグループ「メンフィス」を結成。これらの活動で、カラフルな色彩、平凡で安価な素材にユーモアを交えて非凡なデザインの家具を発表した。
ソットサスの言葉が、展覧会の壁に刻まれていた。「デザインは、合理的なプロセスが終わるところから、つまり魔術のプロセスが始まるところから開始するのだと考えた」
現在開催中の二人の巨匠は、ともに20世紀から21世紀に渡るほぼ同じ時期に活動をしている。しかし、造形による思考のアプローチはそれぞれ。
バゼリッツは人間による悲劇、人間の肉体や生命の可能性に関しての記憶を通した創作。一方のソットサスは、絵画、建築、デザイン、彫刻などさまざまな領域を横断しながら、平凡で安価な素材から、人間と物、人間と宇宙の関係を刷新するような独創的な形を生み出すことに成功した。
二人の作家の創作は共に、見る者の気持ちを高揚させるような鮮やかな色彩を放つが、その鮮やかさの奥にある造形への挑戦では決して妥協を許さない厳しさを秘めている。そして、人間の日常の暮らしにおける生命に「密に」寄り添い続けている。
なお、同センターは、2024年パリオリンピック・パラリンピック終了後、数年間の大規模リニューアル工事に入る予定。リニューアル後の新展開も楽しみだが、工事までの2年間の活動も見逃せない。(キュレーター・嘉納礼奈)
