なぜか「竹」の正月飾りの門松 震災をきっかけに進んだ仙台藩の伝統的な「松」の門松復元

伝統的な「門松」(仙台市の志ら梅ビル、2019年)

仙台在住の歴史研究家・菅野正道さんにお正月の「門松」について寄稿してもらいました。なぜか「竹」であることが一般的ですが、東日本大震災をきっかけに仙台では、「松」が主役の伝統的な門松について研究と復元が進んでいます。

江戸時代は松が主役だった

 

古来より正月に飾られる門松は、時代の変化と共にその数を減らしつつあるものの、今でも正月風景の象徴という地位を保ち続けています。

しかし、みなさんはこの門松に疑問を感じたことはないでしょうか?
なぜこの飾りが「門松」と名付けられているのかと。
斜めに切った3本の竹を藁縄などで取り巻いて、松の枝や南天などを取り付けるその造形の主役は、どう見ても竹です。

一般的なイメージの門松

一方で、江戸時代の絵画史料には、現在一般的に見られるのと違う門松が描かれているのを見ることができます。その多くは、大きな松の枝や笹竹を2本1対の柱にし、根元を割り木で取り巻き、その2本の柱の間にしめ飾りを飾って鳥居のように組み上げています。
江戸で制作された浮世絵、江戸の街を描いた名所絵にそうした様子がしっかりと記録されています。江戸だけではなく、全国各地でも、それぞれに個性はあるものの、松が主役となった2本1対の柱からなる鳥居状の門松が正月風景の中に描かれています。

貝原好古著、貝原篤信補『日本歳時記』貞享5年(1688)国文学研究資料館蔵  新日本古典籍総合データベースから

かえって、現在見られるような斜めに切った3本の竹が中心となる門松を描いた古い絵画ではほとんど見当たりません。どうもこの形の門松は、明治時代に登場し、またたく間に全国に広まったようです。

仙台藩領のしめ飾り「ケンダイ」

宮城県や岩手県南部などの旧仙台藩領の地域でも、かつて鳥居状の門松が正月に飾られていました。クリやクヌギの木を用いた2本の柱を立てて松と笹竹を取り付け、根元には「鬼打木(おにうちぎ)」と呼ばれるナラの木などの割木を巻き付ける。その2本の柱に竹をさし渡して、「ケンダイ」と呼ばれるしめ飾りを付けるのが仙台藩領における伝統的な門松の典型的な姿で、複数の絵画史料や古文書にその記録が残っています。

仙台城下で飾られた門松を描いた江戸時代の版画絵

その中では、仙台藩主伊達家の居城だった仙台城には、42組の門松が飾られ、大きいものは高さが4メートル以上になること、その材料は仙台の北西部に位置する宮城郡根白石村(仙台市泉区)に住む百姓8軒が献上する例となっていたことも明らかになりました。

しかし近代以降、こうした伝統的な門松を飾る家は徐々に少なくなり、近年ではほとんど見ることができなくなっていました。

昭和40年ごろの根白石の柱を立てた門松(仙台市歴史民俗資料館提供)

東日本大震災がきっかけで調査が進む

私が勤務していた仙台市博物館では20年ほど前からこの門松に着目し、関係史料の調査・収集を行ってきました。その中で大きな成果が上がったのは、実は東日本大震災がきっかけでした。
震災後に、市内の旧家約300軒を訪問して被災した歴史史料の保全を図る「資料レスキュー」を仙台市博物館が実施した際に、仙台城に門松の材料を献上していた家の1軒で、今も古い形態を残した門松やしめ飾りを飾る習慣が伝えられていることがわかったのです。

これをきっかけに、東日本大震災からの復興にあたって、失われつつある地域性を「再発見」することも必要との認識もあって、伝統門松を復元・展示する活動が具体化しました。

博物館などで伝統の門松を復元展示

仙台では、震災以前から歴史系ミュージアムの連携事業として「仙台歴史ミュージアムネットワーク(通称:歴ネット)」が組織され、合同での市民向け講座、スタンプラリー、共通したフォーマットによる学習シートの作成・配布などを行っていました。門松の復元と展示は、この歴ネットの事業として実施され、平成24(2012)年度から開始されました。
当初は仙台市博物館、仙台市歴史民俗資料館、仙台文学館、瑞鳳殿の4施設で復元展示が行われ、その後徐々に展示施設が増え、令和2(2020)年度は9施設となりました。

地底の森ミュージアムで展示された門松(2020年)仙台市博物館提供
瑞鳳殿で展示された門松(2021年)仙台市博物館提供
伝統的な門松のレプリカ(2021年)仙台市博物館提供

門松の材料は、仙台近郊の森林組合の協力を得て入手していますが、建物内で展示する施設については、材料に虫などが付いてきて施設内で虫害が発生することも予測されることから、その危険性を少なくしようと、木材や竹材については樹脂製のレプリカを用いています。

復元展示にあたっては、毎年12月に歴ネット参加施設の学芸員が集まって、藁打ち、縄ない、ケンダイ製作という一連の作業を研修会として実施しています。

藁(わら)が生活道具の素材として用いられなくなった今日、縄や筵(むしろ)を作るためには藁打ちが必要だという認識が失われつつあります。そうした中で、多くの学芸員が一緒になって藁打ちなどをするこの研修会は、歴史を実感する貴重な体験の場ともなっています。

学芸員が集まっての藁打ち作業(仙台市博物館提供)
学芸員がしめ縄づくりに苦戦する様子(仙台市博物館提供)
学芸員がつくったしめ飾り「ケンダイ」(仙台市歴史民俗資料館提供)

民間にも広がる門松復元

こうしたミュージアム連携事業としての伝統門松復元・展示事業に前後する形で、仙台市内など旧仙台藩領でいくつかの伝統門松復元の取り組みが行われはじめていました。その中でも活発なのは、一般社団法人心のふるさと創生会議による「仙台門松」の活動です。

歴史講座などを実施してきたこの創生会議は、令和元(2019)年度から伝統門松を市内に広める活動を開始し、民間企業やイベント施設、造園業者、山林所有者の協力を得て、仙台市博物館を中心とした歴ネット参加施設の指導・助言の下、地域の伝統的な門松を「仙台門松」と名付けて、その普及に努めています。

飾る場所の立地的な問題や、経費、材料入手などの課題はありますが、創生会議が関わる門松復元も少しずつ数を増やし、この正月には仙台市内12箇所で伝統の門松が飾られる予定です。

歴ネットや創生会議とは別に伝統門松を設置する所もあって、宮城県内では20数ヶ所で伝統門松が、この正月をことほぐことになります。

志ら梅ビルの門松(2019年)
鐘崎 笹かま館の門松(2021年12月撮影)

全国的にも、伝統的な個性ある門松を復元しようとする取り組みが幾つか見られますが、ミュージアムの連携事業として展開され、その動きが民間にも波及している仙台の事例は、大変にユニークではないでしょうか。地域の歴史的・伝統的な風習を復元することが、ミュージアムと地域との関わり合いを強める新しいスタイルとなろうとしています。

菅野正道)
*設置場所は「仙台・宮城ミュージアムアライアンス」と「心のふるさと創生会議」のホームページでご確認ください。

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