【行ってきました】大衆が熱狂した「エンターテインメント」の世界――「忠臣蔵」展 静岡市東海道広重美術館

東海道の由比宿は、歌川広重の連作「東海道五十三次」に描かれた難所、
東海道線の由比駅で下りて、旧東海道を東へ。「もうそろそろ疲れたな」と思うくらい歩くと、旧本陣跡の「由比本陣公園」が見えてくる。同地区の観光拠点である「由比宿交流館」や明治天皇が立ち寄られた座敷を復元した「御幸亭」。そんな施設とともに鎮座しているのが、この小さな美術館だ。
広重をはじめ、約1400点の浮世絵を所蔵する同館。現在は展覧会「忠臣蔵」が開催中である=文末開催概要参照=。主君の無念を晴らすべく、艱難辛苦の果てに討ち入りに成功した浪士たちの物語。それが浮世絵でどう描かれているのだろうか。
赤穂浪士の討ち入り事件が起こったのは、元禄15年12月14日。現在の暦に直すと、1703年の1月30日である。戦国の世も過去になり、忠義や意地、もののふの心が薄れてきた時代、武士道の原点に戻ったような浪士たちの行動は庶民の喝采を浴び、その物語は様々な形で歌舞伎や人形浄瑠璃で取り上げられた。『碁盤太平記』(1710年)『
当時、実際の事件をありのままに描くことはお上に禁じられていたので、舞台を『太平記』の世界に置き換え、登場人物の名前も変え、大胆な脚色で物語が再構築された。大衆が熱狂したのは、『忠臣蔵』という世界の中に様々なエンターテインメントの要素が包括されていたからだろう。

時には味方をも欺きながら冷静に「亡君の仇討ち」というタスクを実行する大星由良之助は、まるで「課長 島耕作」のようなビジネスマン的有能さを発揮しているし、「色にふけったばっかりに」主君の暴挙を止められなかった勘平・お軽の「それから」は、人間の弱さと運命が交錯するラブストーリー。一度誓た約束は、何があっても守り抜く「天川屋義兵衛は男でござる」の「十段目」は、高倉健が歌う「唐獅子牡丹」、「義理と人情をはかりにかけりゃ義理が重たい男の世界」なのである。

今回の展覧会では、そういう『仮名手本忠臣蔵』の世界を、「大序」から「討ち入り/引き揚げ」まで、舞台の構成通り見せてくれる。渓斎英泉が名場面を描いた連作、広重による物語の絵、『忠臣蔵』を知らなくても、そのストーリーがよく分かる。月岡芳年らが描いた『銘々伝』の絵で浪士たちのプロフィールも紹介されており、なかなか丁寧な展示だ。
「五段目」の「山崎街道」の場面では、英泉作品の定九郎が初代中村仲蔵の考案した今の歌舞伎にも通じる衣裳で描かれているのに対し、あまり時期が違わないはずの広重作品では初演当時に近い衣裳になっている。マニアックな楽しみ方ですけどね。豊国描くところの早野勘平も八代目市川團十郎の二枚目ぶりがリアルに伝わってくる役者絵で、小さな展覧会ではあるけれど、いろいろと見どころは多かった。関連作品の『太平記忠臣講釈』(1766年)のおりえの絵が一枚あるのも個人的には面白かった。

関連の小展示室では、その他の「仇討ち」に関する浮世絵のあれこれ。『伊賀越道中双六』『碁太平記白石噺』など、こちらも歌舞伎演目にちなんだ作品が並ぶ。浮世絵ファンだけでなく、歌舞伎ファンにもいろいろな発見がある展覧会。「これさえかけておけば、いつでも大当たり」という意味で、「歌舞伎の独参湯」と言われた『仮名手本忠臣蔵』。冬休み、ちょっと足を伸ばして、その魅力を桜えびの掻き揚げとともに味わうのもいいかもしれない。
(事業局専門委員 田中聡)

忠臣蔵 |
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会場:静岡市東海道広重美術館 |
会期:2021年11月16日(火)~2022年1月23日(日) |
休館日:月曜休館、月曜日が祝日の場合は開館し、翌日が休館。年末年始は12月27日から1月4日までが休館。 |
アクセス:静岡市清水区由比、JR東海道線由比駅から徒歩約25分 |
入館料:一般520円、大学生・高校生310円、中学生・小学生130円。 |
※詳しい情報は同館HP(https://tokaido-hiroshige.jp/)で。 |