【レビュー】自然音と物音の静寂なコラージュを”聴く” ―クリスチャン・マークレー《Found in Odawara》

光学硝子舞台 (c)小田原文化財団

実験音楽、現代美術の領域を包含しながら、音、声、音楽、物質、印刷物、映像のサンプリング、コラージュなどの手法を用いて独特で刺激的な異空間を導き出してきた鬼才、クリスチャン・マークレーが、現代美術作家・杉本博司が相模湾を臨む広大な敷地に創り上げた空間、江之浦測候所で、1127,28日の両日、サウンド・パフォーマンス《Found in Odawara》を繰り広げた。その初日のもようをレポートする。(知花こう)

◆江之浦測候所を「アーティストと旅する」

クリスチャン・マークレーは現在開催中の東京都現代美術館での大規模個展に合わせて来日。今回のパフォーマンスは小田原文化財団による「現代アートプロジェクト vol.2」として企画・主催された。共演はマークレーと80年代から交流を続ける大友良英、巻上公一の2人のほか、60年代から活動してきたサウンド・アートの先駆者・鈴木昭男、身体の振動音や声のパフォーマンスなどで知られる山川冬樹、そして「声のアーティスト」山崎阿弥。いずれも、「音」をベースにしつつ、美術や音楽といったジャンルを問わず、あらゆる手段で、あらゆる空間へと不断に表現を拡張している意味で、マークレーとは共通項を持つアーティストたち。そんなメンバーが揃って、江之浦測候所を舞台に一体どんなことをやるのか予想がつかないとあって、チケットが数分で完売するほど大きな注目を集めた。

入場時に渡された事前資料で、1部の山崎、3部の巻上は、100メートルに及ぶギャラリーで、マークレーによるグラフィック・スコア(図形楽譜のグラフィック版)でもある作品「Manga Scroll」、「No!」をそれぞれ演奏することが明かされた。また2部のマークレー、大友、鈴木、山川の4人による「Found Objects」は、測候所の石舞台、光学硝子舞台、トンネル、竹林など広大な敷地全体を使い、アーティストからの要請として、「音を聴きながらアーティストと一緒に測候所を旅する」ものであり、拍手はしない、声を出さない、周囲の偶発的な環境音にも耳を傾けるよう注意喚起がなされた。

©Odawara Art Foundation, photo: Timothee Lambrecq

◆身体から絞り出すオノマトペ ―「Manga Scroll

午後1時半をまわり、100人ほどの参加者は最初の会場「夏至光遥拝100メートルギャラリー」へと案内された。通路のように細長く、片面の壁は大谷石。片面は全面ガラス板で、紅葉が始まった林や遠くの山々が見える。中央に9台のテーブルが連なって並べられ、マークレーの20メートルに及ぶ作品「Manga Scroll」が絵巻のように広げられ、両端には止め石。ガラス側を背にした横長の舞台のようになり、観客はほぼ横一列に居並ぶ。

Manga Scroll」は米国向けに翻訳された日本のマンガの中からオノマトペ(「WOO!」や「DOOOOM!」「ZAKZAK」など)の吹き出し部分だけを切り出してコラージュした作品。「WIRANGG」「SKWEEK!」「KCHUNG」といった判読不能のアルファベットの羅列もみえる。無数の吹き出しが複雑な曲線状に配置され、全体としては20メートル近い奇妙な深海魚がのたうちまわっている絵が描かれているように見える。

山崎が観客に向かって作品の左隅に立ち、無音の会場にまずかすかに響いたのは身体の奥から絞り出されるような喉の摩擦音。この絵巻に時折目をやりながら、直立姿勢で端へ端へ、至極ゆっくりと横移動しながら発声していく。吃音、隙間を駆け抜ける風、森の奥の狼の咆哮、激しく舌を打つ音、強い気合いのような息、割れた口笛、奇怪な鳥たちのさえずり、何かが憑依した老人の叫び、優しく深い溜め息―。静寂の「間」を挟みながらそんな声にならない音が連なって、面と向かう観客の脳髄に次々と共鳴していくようだ。スコアである作品にも、マンガのオノマトペではなく異端の秘教の呪詛が書かれているのではないかとさえ思えたほど。静かな唸り声のフェイドアウトで30分近いパフォーマンスを終えた。

©Odawara Art Foundation, photo: Changsu

◆ガラクタ、地球儀破壊、砕ける枯葉 ―「Found Objects」前半

元は北鎌倉の明月院にあったという大門「明月門」が2部の入り口。ギャラリーを出て門前で待ち、午後2時15分、木戸を叩く音がしてギギギ、ギーーと開門。敷地内の木々では鳥がうるさいほどに啼いている。既に始まっているかのように、早くも聴覚が敏感になって耳をそばだてているのに気づく。

マークレー、大友、鈴木、山川が集まっていたのは、門からすぐの「石舞台」の上。能舞台と同様の広さで、石の橋掛かりもあり、玉石の白洲を思わせる白い石庭に囲まれている。石舞台には、古い自転車が逆さまに投げ出されていて、青いロングコートの大友が車輪を回したり、軸を弓で弾いたりして、カラカラ、キーキーと音を出している。黄色いトレーナーの鈴木は、煙突か排気用のステンレスの筒を数本持って石舞台を叩いたり、吹いて音を出したりしている。カーキーのニッカボッカ姿の山川は、枯れ木を振り回したり、神事のように山を仰いで叫んだり。野球帽に真っ赤な手袋のマークレーは緑色のスコップを石上ガザガザと引き回したと思えば、大きな熊手を引きずって石庭に下りて砂紋の上に新たな紋をジャリジャリと描き、果ては直径1メートルもあろうかと思うプラスチックの地球儀を舞台上から石庭に投げつけてバリバリッと割ってしまった。そうして再び石庭に下りて、地球儀の破片を避けて再び紋を描く。この間、アーティストによる間歇的な物音以外は、鳥が啼き、遠くで新幹線か電車の音がうっすらと聞こえ、余計に静けさを感じさせる。

©Odawara Art Foundation, photo: Changsu

20分ほどで観客は少し離れた「光学硝子舞台」に誘導され、4人も交じって移動。ここは古代ローマの円形劇場のように摺鉢状になっていて、段々になっている席に座ると下方に檜の掛造りの土台とガラスの舞台を臨み、その先には相模湾が光っている。

舞台の隅にカゴや段ボールがあって、いろんなガラクタが入っている。4人は好きなものを取り出しては音を立てる。マークレーはゴム製の肩たたき棒のようなものを取り出して舞台の硝子の床を擦る。キュッキュいう不快な音。大友は生魚用のような発泡スチロールの箱に目をつけ、ガラスの床に押し付けて擦る。キーッという高い電子音のような音。しきりに繰り返す。山川は空き瓶を持って猿が這うようにして舞台を動きまわり、時折瓶をガチャガチャ叩きつけているし、鈴木はポケットから持参のマレットを取り出して空き瓶をコンコンと奏でる。肩たたき棒に飽きたマークレーは、大きな袋に入っている枯葉を海の方向に向かって大量に撒き散らす。それを大友がシャリッ、シャリッと音を立てて踏む。

背後に穏やかな海と動かぬ雲、山々の風景が広がる。のんびりと神経を弛緩させる光景の中にあって、枯葉が砕ける微かな音までも、確かに聞こえてくるのである。そのように、この奇怪な音の粒の群れを逃さまいと聴覚を広げ、無心で音を出すアーティストたちの動きに見入った。

©Odawara Art Foundation, photo: Changsu

◆金属乱打、竹林、咆哮、足音 ―「Found Objects」後半

「光学硝子舞台」を20分ほどで後にし、観客は客席の石段を下りて、片方が海側に突き出すトンネルへと入り込む。冬至にはその海側の空洞から太陽が差し込むように設計された「冬至光遥拝隧道」である。このあたりからは4人はバラバラに動き回り、観客動線も細く、ほぼ一列縦隊での移動となるため、もはや全ては見ることはできない。

トンネルは一部に金属の屋根があり、先にまわったマークレーと大友は、その屋根に上がって大きな木製の球体をゴロゴロと転がしたり、屋根の金属に投げつけたり、鉛板のようなもので屋根を乱打したりしている。果たしてその屋根の下の真っ暗闇のトンネルに入っていくと、ボーリング場のレーンの真下にいるようなゴーゴー、ゴゴン、ガチャンという轟音が不規則に響き渡る。ここのトンネル通路だけは凶暴なノイズライブ会場のようだった。

©Odawara Art Foundation, photo: Timothee Lambrecq

暗闇のトンネルを抜けた先にある巨石からは、深い林や畑、果樹の間を抜ける小径をひたすら海の方に下り、小山ひとつほどの竹林を通って、今度は坂道を上がって戻ってくるという、往復一時間近い道程。アーティストたちはほうぼうに散らばっていて、誰がどこで何をやっているかは目視しないと分からない。ビニールで覆ったみかんの樹の枝葉がイノシシが隠れているかのようにガサガサと揺さぶられている、鳥の啼き声がやたらとヒートアップしている、竹林からキツツキが叩くようなコンコンという音が空に響いている、竹の幹が何本も不自然に揺れている、キジ撃ちのようなドン!という音が遠くに残響を残す、狼か犬が盛んに吠えている、破れた唐傘が竹の間で回って枝葉を擦っている、風鈴の音がかすかに聞こえる、なぜか大きなヤカンが林に落ちているーといった具合。

基本的に静寂の中にいるのであるが、その静寂は暗室や地下室の静寂ではない。あちこちで響くそうした音々と合奏するように、飛行機の航路なのか何度もエンジン音が上空から小さく聞こえるし、眼下の海からは静かな波音が本当に立ち上がってくるようにも思え、そして自分の足音も、ゼーゼーいう息切れもまた、鼓膜の奥から聞こえてくるかのよう。

©Odawara Art Foundation, photo: Changsu

上り坂になって畑の間を縫って一列でジグザグに進む押し黙った観客は、なにか謎めいた巡礼にも似ていた。こうして1時間余りのアーティストたちとの「旅」を終えた。

なお、この作品でアーティストたちが使ったのは、小田原市内のリサイクルショップや粗大ゴミ置き場にあった廃物の数々。マークレーは本番3日前に小田原に到着すると、巻上やスタッフらとともに足を運んで「必ず何か音を出してくれるものを見つけていった」という。

©Odawara Art Foundation, photo: Timothee Lambrecq

◆脱臼的なグルーヴで「No!」を歌う

3部は再び100メートルギャラリーへ。細長いギャラリーの海側の先端、夕焼けで少し赤みを帯びた空をバックにした小さなステージ。巻上はマークレーのグラフィック・スコア「No!」の15枚を演奏する。1部の「Manga Scroll」と異なり、今度は文字だけでなく「No!」と叫ぶマンガのコマ、シーンがサンプリングされており、否定、恐怖、驚愕、抗議など感情移入がある程度可能になっている。

バンド「ヒカシュー」のヴォーカルと同時にホーメイをはじめとするヴォイスパフォーマーとしての長いキャリアがある巻上。今回のステージは譜面スタンドに置かれたグラフィックを1枚ずつ見て、即興で表現していく。ヒヒ、ブへへ、ヒョッヒョッヒョーッ、アモバヤー!アモバヤー!、ツィンティガン!ツィンティガン!、アンゲン、アンゲンなどと、ある曲はオペラ調、ある曲は演劇的に、ある曲は狂気に満ちて、感情を声色でも顔面でも身振りでも巧みに表現しながら、15曲、丁寧に歌い続けた。

これまで、クルト・シュビッタースやジョン・ケージの図形楽譜も、マークレーの他のグラフィックも演奏してきただけあって、巻上ならではのシアトリカルな身振り、強調された抑揚、やや脱臼的なグルーヴも効かせた、ある意味で完成度の高い10数分間のインプロヴィゼーション。マークレーの映像の代表作の1つに、映画などから叫ぶシーンや歌うシーン、楽器演奏シーンなどを抽出した異なる4種類のコラージュ映像を並べ、それぞれの音も含めて同時に進行する「Video Quartet」があるが、それを1人で演じているかのようであった。

◆聴覚、視覚が拡張、変調、変容する異空間作品

Found in Odawara》の3演目のうち、中核となったのはやはり屋外での集団即興パフォーマンス「Found Objects」だった。

廃物を使った即興は、2017年にも同じタイトルで、札幌国際芸術祭で大友と2人でパフォーマンスを行うなど過去にも試みてきたもの。だが、今回はそれに江之浦測候所の環境が大きく加味されたようだ。マークレーは、最初に到着し、まず景観の美しさに感動し、非常にたくさんの鳥が啼いていたことが印象的だったことを明かしたうえで、「私と同じようにオーディエンスが自分自身でそういうものを自然に発見できるよう、加え過ぎず、詰め込まないようにしたかった」という。

既存の音源や映像などを大胆かつ緻密に計算してコラージュし、視覚にも聴覚にも強烈なインパクトを与えてきたマークレーの作品群。それらを反芻しつつ、マークレーが「これまで手がけてきたものと同じように、今回の作品もコラージュ的なものの枠組みに入っている」と語ったことを想起する。見つけて、組み合わせるのである。すると、廃物やガラクタの物音や咆哮、エンジンなどの偶発音、鳥や風の自然音のみならず、他の観客の吐息や足音、観客である自分の身体音、さらにガラクタで遊ぶかのようなアーティストの姿や光景、他の人影、風景すら全て、マークレーによって選ばれ、組み合わされたコラージュ素材だったかのように思える。そのようにして全体がただならぬ異空間作品に仕立てられた江之浦測候所の中を歩き回りながら、聴覚も視覚も静かに拡張し、変調し、変容していたのである。

 

<出演者 プロフィール>

クリスチャン・マークレー 1955年、カリフォルニア生まれ。80年代からターンテーブルを用いてレコードやノイズをコラージュする即興演奏のパイオニアとして知られる一方、レコード盤や楽器そのものなどを素材とした造形・映像作品などを制作、現代美術作家としても高く評価される。代表作に、むき出しのレコードを流通させ、その過程でついた傷のノイズも含め作品として再生される「Record without a Cover」(1985)、古今東西の映画から1分ごとに時刻を示すシーンを集め24時間に編集、実際の時刻に合わせて上映される映像作品「The Clock」(2010)などがある。この作品は2011年のヴェネチア・ビエンナーレで金獅子賞を受賞。

大友良英(おおとも・よしひで) 1959年生まれ。ギタリスト、ターンテーブル演奏、ノイズ・即興演奏家。80年代から内外の前衛音楽家らと活発に共演、独特の創作活動で注目される。微音から轟音ノイズ、ジャズ、映画音楽など表現は幅広く、ソロ・参加アルバムはすでに300枚以上といわれる。近年は領域をさらに拡大。大量のレコードプレーヤーに間欠的にスイッチが入り無数のノイズが随所で不規則に発せられる空間芸術作品などを制作。震災直後「プロジェクトFUKUSHIMA」を立ち上げ、フェス開催や参加者公募のオーケストラ演奏などに取り組む。2013年「あまちゃん」の音楽でレコード大賞作曲家賞受賞。2017年札幌国際芸術祭の芸術監督。

巻上公一(まきがみ・こういち) 1956年生まれ。劇団主宰を経てバンド「ヒカシュー」を結成。1979年に初のアルバムを発表して以降、テクノポップやロック、民族音楽、実験音楽にもまたがる演奏活動を現在も続けている。巻上自身はヒカシューでの作詞作曲、歌唱にとどまらず、ヴォイスパフォーマーとして世界的に知られる存在。口琴やテルミン、エレクトロニクス、コルネット、尺八などによる独特な表現を駆使し、内外のミュージシャンとも精力的に共演している。トゥバ共和国での国際ホーメイコンテストで2017年優勝。プロデューサーとして「Jazz Art せんがわ」、「熱海未来芸術祭」など多数のフェスなども手がける。今回小田原入りしたマークレーとともに使用廃物などの素材を集めた。

鈴木昭男(すずき・あきお) 1941年生まれ。サウンドアーティスト。1960年代から音の芸術を追求してきた先駆者として知られる。70年代から、二つの缶をつなぐ長いスプリングを弾いて反響音を発生させるエコー楽器「アナラポス」による演奏活動やインスタレーションを行う。代表作に、自作の巨大な二枚のレンガ壁の間で終日自然の音に耳を澄ます「日向ぼっこの空間」(1988)、美術館や庭園内の複数の足跡マークをたどり、その上に立ち「エコー」を聴く「点音」(おとだて)(1996)など。「聴く意識」を変革させる体験型プロジェクトを世界各地で展開しており、マークレーは「我々を導いてくれた彼なしには今回のパフォーマンスはできなかった」とリスペクトを表明した。

山川冬樹(やまかわ・ふゆき) 1973年生まれ。自身の肉体を使って、音楽、美術や舞台芸術にまたがる表現活動を行っている。心臓の鼓動や頭蓋骨の響きなどをエレクトロニクスを通して音や光などに変換する唯一無二のパフォーマンスは、国内外のアートフェスや音楽フェスなどでも展開。歌唱としてはホーメイの名手で、2003年には国際ホーメイフェスティバルで「アヴァンギャルド賞」を受賞している。また、音節「パ」の所有権をコレクターに販売、一切「パ」を発声できないパフォーマンスが2011年から続行中。香川県のハンセン病療養所、大島青松園に通い、交流やインスタレーション制作などにも取り組む一方、ハンセン病を取り巻く社会問題も掘り下げている。

山崎阿弥(やまさき・あみ) 声のアーティスト。自ら発した声が空間の中でどう反射し、吸収されたり共鳴したりするかを耳、声帯、皮膚で感じ取り、声でその空間の音響的陰影や肌理を認識、空間のさまざまな反応に応じて発声を変えて「対話」していく、その姿そのものをパフォーマンスとして見せていくという特異な活動を続けている。声を通した表現から世界がどのように生成するのかを問い、量子力学へも関心を持ち、科学者とも積極的にコラボレーションに取り組んでいる。2022年は「KYOTO STEAM 2022 国際アートコンペティション」(京都市京セラ美術館)、「JAPAN.BODY_PERFORM_LIVE」(ミラノ現代美術館)に出品・出演予定。

 (おわり)

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