【次回のぶら美】大倉一族の歩みとそのお宝を楽しむ The Okura Tokyoと大倉集古館・篁牛人展 12月7日放送

【BS日テレ  ぶらぶら美術・博物館】

★第393回 明治の富豪・大倉一族のお宝アートめぐり
~ホテルオークラ 伝説のロビー完全再現! 名建築と水墨画の鬼才~

★12月7日(火)よる8時放送 番組ホームページ

日本の近代資本主義の創成期に、その一翼を担った大倉一族にスポット。二代目の大倉喜七郎(1882~1963)によって1962年、日本文化の特色を生かしたホテルオークラが東京の都心に開業しました。老朽化に伴って建て替えられ、2019年に再開業した「The Okura Tokyo」にもその理念は受け継がれています。とりわけ谷口吉郎が設計し、評価の高かったメインロビーは新しいホテルでも精巧に再現。寸法はもちろん、光の具合や音響まで徹底的に調査し、ホテルオークラの空間の心地よさを再生させたと知り、ぶらぶら一行も驚きます。

後半は隣にある大倉集古館へ。大倉財閥を一代で築き上げた大倉喜八郎(1837~1928)が、大正6年(1917)に設立した日本で最初の財団法人の私立美術館です。現在の建物を設計した伊東忠太は築地本願寺などを手掛けた近代日本を代表する建築家。大倉集古館は中国古典様式の名作です。The Okura Tokyoと合わせて2014年から5年半をかけて地下の増築を含む改修工事を行い、2019年にリニューアルオープンしました。その際、3000トンもの建物を曳家で約6メートル動かしたそうです。すごいですね。

大倉集古館では現在、孤独と酒を最良と友とした異色の水墨画家、篁牛人(たかむら・ぎゅうじん、1901~1984)の回顧展を開催しています。

当初は工業デザイナーとして優れた作品を世に送り出していましたが、従軍をへて戦後は画業に専念します。乾いた筆などで麻紙に刷り込むように墨を定着させる「渇筆」という技法で独自の世界を開拓しました。特定の師につくことはなく、画壇に属さなかった牛人。なかなか評価されず、生活は苦しかったようです。長く放浪を続けた時期もありました。このころは高価な大きな紙を買うことが難しく、小さな作品が目立つそうです。フジタやピカソ、ルオーなどの影響も感じられる作風は実に独特です。中間色層が極端に少なく、白と黒のコントラストが印象的。

後半生にようやく作品を理解する支援者を得て、余裕をもって大きな作品を作ることができるようになりました。中国の故事をモチーフにしつつ、独自の解釈で自由自在に描くその「ぶっ飛び」ぶりが爽快です。

(読売新聞美術展ナビ編集班)

特別展 生誕120年記念「篁牛人展~昭和水墨画の鬼才~」は2022年1月10日(月・祝)まで。