アメリカ現代アートの代表的存在、ロニ・ホーン氏インタビュー 「私にとって重要な日本の文化」 来年は中国で大規模個展

ポーラ美術館の「森の遊歩道」でたたずむロニ・ホーン氏 photo:Ken Kato

ポーラ美術館(箱根)の個展に合わせて来日したアメリカ現代アートを代表する女性アーティスト、ロニ・ホーン氏が「美術展ナビ」の単独インタビューに応じた。アイスランドの風土を創作の基盤としていることで知られるホーン氏は、インタビューで以前から日本文化も熱心に学んできたことを明かし、「素材に対する日本人の向き合い方に大きな影響を受けた」と語った。中国で来年、大規模な個展が開催されることも明かし、今後はアジア太平洋地域での活動も大いに注目されそうだ。ホーン氏の一問一答に合わせて、ポーラ美術館に展示されている作品も紹介する。(聞き手・読売新聞美術展ナビ編集班 岡部匡志)

《無題(「必要なニュースはすべて天気予報から手に入れる。」)》
2018-2020年 鋳放しの鋳造ガラス
Courtesy of the artist and Hauser & Wirth
© Roni Horn Photo: Koroda Takeru

謎めいた問いかけ タイトルの意図

Q 近年のホーンさんの個展では、「When I Breathe, I Draw」「You are the Weather」「A Rat Surrendered Here」とそれぞれ示唆的なタイトルがつけられ、今回の「When You See Your Reflection in Water, Do You Recognize the Water in You?」は長大で、詩的でさえありますが、その狙いは。

A このタイトルは私のつけたものではなくて、ポーラ美術館の担当学芸員さんが私の書いた言葉から選んでつけたものです。彼は展覧会を“水の存在を感じられるものにしたい”ということで、熱心に考えてくれました。採用されたタイトルは《静かな水(テムズ川、例として)》という作品のテキストから引用されました。一瞬で鑑賞者の心を捉えるところが気に入っています。たちまち展覧会に引き込むような。ちょっと謎めいた問いから始めるのです。

Q 世界は現在、危機的な状況です。そのことを踏まえて観る人の内省を促す、という意図があると考えてよいのでしょうか。

A 世界が悲惨な状況にある、というのはもちろんそうですが、“観る人の内省を促す、という意図があるか?”と言われると、そういうわけではないと思います。

《あなたは天気》という作品のタイトルは私が確か1995年につけたタイトルです。「あなたは天気ですよ」、と観客に語りかけ、誘い込むようなところがありますね。天気は、私の作品において常に大きな存在です。世界が今置かれている状況と、私がこれまでずっと関心を抱いてきたことが、このタイミングで近づいてきているのは興味深いですね。そういう意味では、たしかにおっしゃるとおり、関連があるのかもしれません。

《または 7》2013/2015年 粉末顔料、黒鉛、木炭、色鉛筆、ワニス/紙
グレンストーン美術館(ポトマック、アメリカ)
© Roni Horn Photo: Koroda Takeru

日本文化の並外れた感受性

Q ホーンさんが愛するアイスランドと日本は、噴火や地震などの激しい自然現象がとても多い地域という際だった共通点があります。アイスランドが「サーガ」や「エッダ」などの古い文学を保持してきたのと同様、日本も1000年以上前の詩歌や「源氏物語」などを現代人も愛好しています。一方でその植生や人口密度など、全く対照的なところも多いです。アイスランドとの比較で日本の印象はいかがだったでしょう。

A たしかに共通点はたくさんありますね。それらが私の無意識下に影響を与えている面もあるかもしれません。しかし、私がアイスランドに惹かれたのは、火山活動で作り出されたありのままのランドスケープです。木々もなく、大きく開けた空と厳しい気候。そこに広がる、何も隠されていない“余白”も大事です。

日本にはそこまでの光景はありませんが、日本の文化は私にとって重要です。図書館や美術館・博物館で得られるものから、芸術作品や文学、日本の伝統に触れて多くを学びました。アイスランドを初めて訪れたのは45年前でした。精神的に必要としていたのです。行かなければならないと感じ、何度も赴いた。初めて来日したのは15年、いや20年前でしょうか。日本の文化は、日本の側から私のほうにやってきて、大きな影響を与えた感覚です。大きな違いです。ですので、たしかに2つの風土に共通点はありますが、私の中ではそれらが繋がっているわけではありません。それは偶然といったほうが良いでしょうね。

Q ホーンさんは今回の展覧会の巻頭言で「美術館や博物館で俳句、文楽、生け花、折り紙、刀鍛冶、木工、織物、日本庭園といった伝統を学んだ。特に工芸や伝統に顕著な、具体的なもの、抽象的なもの、実在的なものに対する日本文化の研ぎ澄まされた感性を実感した。こうした意識が生み出す経験に心を奪われ、また無常の存在に潜むものに触れるための直感的な知識や理解に心を惹かれた」と書いています。

A 影響を受けたのは、(日本の芸術家の)物理的な素材に対する関わり方です。日本の文化において発揮される感受性は、ほかの文化と比べ物にならないほど豊かです。木工、あるいは織物、陶芸、作刀など…同じ素材を扱う他の文化と比べても、素材の潜在的な力を引き出すという点で、並外れた感受性を持って作られています。そこまで行き着くことはなかなかありません。それは私の作品にとっても非常に大きなことでした。

《エミリのブーケ》(部分)2006-2007年 アルミニウム、成型した白いプラスティック、6本組 《ゴールド・フィールド》 1980/1994年 焼鈍した純度99.99%の金箔 Courtesy of the artist and Hauser & Wirth © Roni Horn Photo: Koroda Takeru

ユニークな箱根の地形 ランドスケープの持つ力

Q 上記に関連して、その地にご自身の作品が置かれた情景をご自身の目で見て、どのような印象を持ちましたか。ポーラ美術館は、箱根という世界的に見ても屈指の規模を誇るカルデラの中央に位置し、富士山も間近という、とてもユニークなロケーションにあります。そうした風土に置かれたことで、これまでのヨーロッパや北米における個展とは作品の文脈が変わったところはあったでしょうか。また、この個展が今後の制作に影響を与える可能性はありますか。

A 面白い質問ですね。箱根の地形はとてもユニークです。展覧会そのものに直接的な影響を与えたとは言えませんが…。というのも、この場所と初めて対峙できたときには、展覧会の設営はもう終盤になっていましたから。箱根が、ということではないですが、世界の様々な場所のランドスケープの持つ質は、過去にも私に影響を与えてきました。なかでもアイスランドは私の作品に最も大きな影響を与えていると思います。目に見えない形で、です。

鳥葬(箱根)2017-2018年 鋳放しの鋳造ガラス ポーラ美術館 © Roni Horn Photo: Koroda Takeru

Q 「鳥葬」という、ポーラ美術館の遊歩道に置かれた作品がとりわけ印象深かったです。あのインスタレーションについてはどういう印象を。

A (遊歩道に置かれた作品を見て)感じたのは、そこにあるべくしてあるな、ということです。すごく満足しています。天気も楽しみですね。日中の光の移り変わりや、夜の月明かりに照らされた「鳥葬」を見るのも素晴らしいでしょうね。

選択した私の孤独 孤独が生み出す

Q コロナ禍に関連して伺いますが、ホーンさんは以前から「孤独」を意識することが、ご自身のアーティストとしての活動の基盤の一つであるという趣旨のことを述べられています。世界の人々がコロナ禍という予期せぬ要因で長期間の「孤独」を強いられたことをどのようにお感じになりましたか。

A 孤独は井戸のようなものです。深く垂直に潜っていくことができる。誰にも邪魔されない。私の仕事のやり方は、次に何がくるかわからない。何をするのかわからないのです。決まったテクニックがあるわけではない。ドローイングは別ですが、それ以外はありません。帽子から兎を取り出してみせるようなものです。

でも魔法のように見えるのは魔法ではなく、私は私のいる場所から、それが何であれ目の前にあるものに対峙するだけです。気持ちだったり、場所だったり。

ただ、天気に向き合うことが多いですね。滑稽に聞こえるかもしれないけれど、天気は本当に作品の重要な一部だと感じているのです。天気にはもちろん水が含まれます。そして形而上的な関係性のあり方も含んでいます。それは私の作品にとってとても重要なことです。孤独は私の振る舞いに根差したもので、恐らく今、人々が自分たちの外で起きた異変により孤独に追いやられている状況とは、少し違うと思います。私の孤独は、選択によるものです。これまでもずっと孤独を選んで生きてきました。言うなれば、孤独によって私は旅ができるのです。

《トゥー・プレイス》(部分)1989-2011年 布装丁の本、オフセット・リトグラフィー Courtesy of the artist and Hauser & Wirth © Roni Horn Photo: Koroda Takeru

中国の大規模個展に向けて

Q これまでホーンさんの個展は主にヨーロッパや北米で開催されてきていまますが、アジア太平洋地域が世界の中で存在感を高める中、ホーンさんのような北米やヨーロッパに足場を持つアーティストは今後、アジア太平洋地域とどのように向き合うことになると思われますか。

A 中国の歴史は遥か昔から続いており、現在使われているたくさんの知識がそこにあります。そういう点で中国には大いなる敬意を抱いています。ただ同時に、中国の人口の多さには驚いていますし、私の見る限りでは、人々は秩序のために自由を犠牲にして構わないようです。私はそんなに巨大な文化の中に身を置いたことがないので、秩序を求めることが問題になるとは考えたこともありませんでした。とても複雑だと思います。

来年、広東省にある新しい美術館(安藤忠雄氏が設計した和美術館)で、私の作品を包括的に紹介します。私は、「中国で仕事することになったから中国人の好きなものを作ろう」というタイプの作家ではありません。仕事をするのみ。仕事をし続けます。そこから生まれるものは、私がこれまでに経験したことそのものです。中国もやがて私に影響を及ぼすでしょう。私が考える影響とは、何かを経験したらそれを新陳代謝のなかで消化していく、というものです。でも来年行う展覧会には、必ずしも反映されないでしょう。それは、いつか自然に表出してくるものなのです。(おわり)

Photo: Mario Sorrenti

ロニ・ホーン Roni Horn:1955年生まれ、ニューヨーク在住。写真、彫刻、ドローイング、本など多様なメディアでコンセプチュアルな作品を制作。1975年から今日まで継続して、人里離れた辺境の風景を求めてアイスランド中をくまなく旅してきた。この中で経験した「孤独」は、彼女の人生と作品に大きな影響を与えている。

近年の主な個展は、ポンピドゥー・センター(パリ、2003年)、テート・モダン(ロンドン、2009年)、ホイットニー美術館(ニューヨーク、2009―2010年)、バイエラー財団(リーエン、スイス、2016年、2020年)、グレンストーン美術館(ポトマック、アメリカ、2021年)などで開催。

《水による疑い(どうやって)》(部分)2003-2004年12点のピグメント・プリント(6組)、メッキされたアルミニウムの支柱、アクリルのグレージング Courtesy of the artist and Hauser & Wirth © Roni Horn Photo: Koroda Takeru

<開催中>

ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?
会場:ポーラ美術館(神奈川県箱根町) 展示室1、2 遊歩道
会期:2021年9月18日(土)~2022年3月30日(水)
休館日:会期中無休
入館料:大人1800円、65歳以上1600円、大学・高校生1300円、中学生以下無料ほか
詳しくはポーラ美術館の特設サイト
《無題(「…どの家でも、土間の上、敷物の上、板寝床の上で、村人たちは動かず、黙って横になっていた。その顔は汗だらけ。村全体がさながら深海の底の潜水艦であった—確かに存在はしているのに、声も、動きもなく、生きているしるしがない。」)》
2018-2020年 鋳放しの鋳造ガラス
Courtesy of the artist and Hauser & Wirth
© Roni Horn Photo: Koroda Takeru
《円周率》(部分)1997/2004年 45点のピグメント・プリント
Courtesy of the artist and Hauser & Wirth
© Roni Horn Photo: Koroda Takeru
《静かな水(テムズ川、例として)》(部分)1999年 15点の写真と文字のオフセット・リトグラフィー/非塗工紙Courtesy of the artist and Hauser & Wirth
© Roni Horn Photo: Koroda Takeru
《あなたは天気 パート2》(部分)2010-2011年 64点のCプリント、36点の白黒印刷、PVCボードにマウント
Courtesy of the artist and Hauser & Wirth
© Roni Horn Photo: Koroda Takeru
《犬のコーラス—地球の果てまで滑り出せ》(部分)2016年 水彩、ペン、インク、アラビアゴム/水彩画用紙、セロハンテープ
Courtesy of the artist and Hauser & Wirth
© Roni Horn Photo: Koroda Takeru

(読売新聞美術展ナビ編集班 岡部匡志)