【開幕レビュー】東京都美術館で同時開催「東京都コレクションでたどる〈上野〉の記録と記憶」と「Everyday Life:わたしは生まれなおしている」をまとめてチェック!

「東京都コレクションでたどる〈上野〉の記録と記憶」と上野アーティストプロジェクト2021「Everyday Life:わたしは生まれなおしている」が、11月17日に東京都美術館(東京・上野公園)で同時開幕した。片方は同館がある上野の街をテーマとし、もう片方は「公募展のふるさと」と呼ばれる同館の真骨頂といえる展覧会。まさに東京都美術館だからこそといえる両展覧会の見どころを実際の会場の様子とともに紹介していこう。

実は競馬場があった明治の上野

12月12日まで開催されている「ゴッホ展―響きあう魂 へレーネとフィンセント」でも話題の東京都美術館。
今回紹介する2つの展覧会は、ゴッホ展の企画展示室に隣接する東京都美術館ギャラリーで開催されている。このうち観覧無料の「東京都コレクションでたどる〈上野〉の記録と記憶」は、東京都が所蔵する美術コレクションから約60点の作品と資料を通じ、さまざまな歴史の舞台になってきた上野の街の記憶をたどるコレクション展だ。

江戸時代は徳川将軍家の菩提寺・寛永寺を中心に桜の名所として栄え、明治以降は上野恩賜公園を中心に美術館や博物館、動物園などが集まる文化施設の集積地として発展してきた上野。アメ横に代表される商業の街でもあり、高度成長期には東北や北関東の集団就職を迎えるターミナルになるなど時代ごとにさまざまな顔を持ってきた。
本展では江戸末期の時代を始点に昭和時代までの上野の歴史を全4章の展示でたどっている。第1章でまず初めに見られるのは、小林清親や橋本周延ら主に明治期に活躍した絵師たちが描いた上野の風景だ。

小林清親《内国勧業博覧会之図》 1877年(明治10年) 東京都江戸東京博物館蔵

・慶応4年(1868)に西郷隆盛率いる新政府軍が寛永寺に立て籠った旧幕府方の彰義隊を破った上野戦争を描いた《慶応戊辰上野戦闘之図》
・明治6年(1873)に寛永寺の寺領跡地を譲り受けて上野公園が開園後、明治10年に政府主催で開かれた博覧会の様子を描いた《内国勧業博覧会之図》
・明治15年(1882)に上野公園へ移転開館した東京国立博物館や上野大仏が描かれた《東京 大日本名勝之内 上野公園博物館之遠景 第廿一號》
などの作品からは明治の近代化の中で大きく発展していった上野の歩みを知ることができる。

なかでも《東京上野不忍競馬之図》は今の上野を知る我々からすると衝撃かもしれない。蓮の名所として知られる不忍池は、明治17年(1884)から明治25年(1892)までの8年間、なんと競馬場として使われていたというから驚きだ。

表現者たちが見た関東大震災と復興

第2章は大正12年(1923)に起きた関東大震災とその復興をテーマにした展示だ。関東大震災で直接的な損害の少なかった上野公園は周辺住民の避難生活の場になった。その一方で上野の街は業火に焼かれて上野駅を全焼するほどの被害に見舞われた。
《(帝都大震災画報)激震ト猛火ニ襲ハレシ上野広小路松坂屋附近之真景》には一帯が猛火に襲われた街が描かれており、今だ語り継がれる大災害のすさまじさを物語っている。

浦野銀次郎《(帝都大震災画報)激震ト猛火ニ襲ハレシ上野広小路松坂屋附近之真景》  1923年(大正12年) 東京都江戸東京博物館蔵

また、その関東大震災から復興を遂げる東京の姿を後世に遺すことを目的として、恩地孝四郎、平塚運一、川上澄生ら8名の版画家により昭和4年(1929)から3年の歳月をかけて製作されたのが創作版画集《新東京百景》だ。
昭和初期にピークを迎えた創作版画は、下絵、彫り、摺りの全工程を作家が一人で行う「自画・自刻・自摺」を基本とした。100作品が集められた版画集は50部限定で頒布された。本展ではその収録作の中から上野動物園や上野駅などを描いた6点が展示されている。

逸見享 《府美術館[『新東京百景』より]》 1931年(昭和6年) 東京都現代美術館蔵

なお、今の東京都美術館の前身となる東京府美術館が建てられたのも同じ時期の大正15年(1926)のことだった。本展では日本初の公立美術館として開館した当時の資料も展示されている。昭和50年(1975)まで活躍した初代の美術館は、古代ギリシャの神殿のような円柱と大階段を設けたファサードが印象的。当初は美術団体の新作展示を主な目的とし、開館の年には二科展や現在の日展につながる帝国美術院美術展(帝展)が開催されるなど今の同館に続く礎を築いた。

木村伊兵衛らが撮影した戦中・戦後の上野

第3章には、木村伊兵衛や林忠彦ら著名な写真家が撮影した戦中・戦後の上野の記憶が展示されている。
とりわけ注目したいのはガラスケースの中に並べられた30枚の家族写真だ。写真雑誌編集者でもあった写真家・桑原甲子雄の《[出征軍人留守家族記念写真]》は、戦時中の昭和18年(1943)に在郷軍人会に率いられて、現在の池之端や東上野に暮らす出征軍人の留守家族を撮影したものだ。当時貴重なフィルムで撮影された写真は軍人と家族に一枚ずつ送られた。一枚一枚かっちりとした構図で撮影された写真からは、被写体となった人々の衣服や佇まいからも当時の時代性が感じられる。

桑原甲子雄《[出征軍人留守家族記念写真]》 1943年(昭和18年) 個人蔵

また、佐藤照雄の《地下道の眠り》シリーズは、戦後、上野駅の地下道に身を寄せた浮浪者や孤児の姿を精緻な筆致で描き出している。頭部を象徴的に描いたリアリティ溢れるデッサンの数々は、厳しい時代を生き抜く人々のたくましさとともに、戦後の上野に実際に存在した“暗”の部分を今に伝えている。

そして第4章には、高度経済成長期を迎えた昭和30年代以降の上野を写した写真が展示されている。日本全体が豊かさを得る中で上野も少しずつ現代の形へと発展を遂げていった。全体を見終えると、近現代の上野が歩んだ歴史が知れることはもちろん、さまざまな背景を持つ人々が交差する上野という街が時代を越えて多くの表現者たちに愛されてきたことが分かる。

暮らしに美を見出した6人の女性作家をフィーチャーした「Everyday Life」

上野アーティストプロジェクト2021「Everyday Life:わたしは生まれなおしている」は、東京都美術館の歴史の継承と未来への発展を目的に、毎回異なるテーマで公募展を舞台に活躍するアーティストに光をあてている「上野アーティストプロジェクト」の第5弾企画だ。今回は、身の回りの暮らしのすぐそばにあるものを起点に多様な表現を見せる、戦前から現代までの女性作家6名の作品を計93点展示している。

全3章で構成される展示は、各章で物故作家と現代作家を1名ずつフィーチャー。第1章「皮膚にふれる」では、皮膚にふれる布など身の回りのものを使ったコラージュ作品で多彩な表現を行ってきた桂ゆきと、津軽地方の伝統技能である「こぎん刺し」で制作を行う貴田洋子の作品を展示している。

桂ゆき《マスク》 1970年頃 栃木県立美術館蔵

こぎん刺しは、麻布の着用を義務付けられた津軽藩で野良着の防寒や補強を目的に生み出された刺し子だ。その技術を独学で身につけた貴田は幾何学模様と有機的な線の組み合わせで刺し子をアートに昇華させ、《岩木山・落葉木輝け》《津軽・歓びの春》など津軽に思いを寄せた作品を生み出している。

貴田洋子の作品展示

第2章「土地によりそう」では、戦後、横浜の赤線地域を撮影した作品で脚光を浴びた常盤とよ子と、飛騨高山を拠点に高山の風景などにインスピレーションを得た作品を制作しているガラス作家・小曽川瑠那を紹介。

常盤とよ子の作品展示

小曽川の《息を織る2021》は、病気を患ったことを機に、何か生きた証を留めておきたいと考え毎日一度吹いたガラス玉を集めたインスタレーションだ。キラキラと光を反射するガラス玉は、その一球一球が命の煌めきといえるような作品だ。

小曽川瑠那《息を織る2021》 2021年 作家蔵

第3章「記憶にのこす」では、《原爆の図》で知られる丸木位里の母で70歳を過ぎて作家活動を始めた丸木スマと、記憶との対話をもとに制作を行っている木版画家・川村紗耶佳を取り上げている。

丸木スマの作品展示

繊細な色使いと独特な人物の表情が印象的な川村の作品は、作家自身の記憶の中から生まれ出るもの。生活の中の何気ない記憶から描かれた作品に、きっと自分自身の記憶を重ねてしまう人も少なくないだろう。

川村紗耶佳の作品展示

なお、いずれの展覧会も映像による時代解説や作家インタビューが用意されていて、理解が深めやすい工夫がなされていた。1度に2つの展覧会が見られる、ちょっと得した気分になれる機会。ぜひ皆さんも出かけてみてください。(ライター・鈴木翔)

「東京都コレクションでたどる〈上野〉の記録と記憶」
上野アーティストプロジェクト2021「Everyday Life:わたしは生まれなおしている」
会期:11月17日(水)~2022年1月6日(木)
会場:東京都美術館 ギャラリーA・B・C(東京都台東区上野公園8-36)
開室時間:9:30~17:30(入室は閉室の30分前まで)
観覧料:一般500円、65歳以上300円、学生以下 無料
※「東京都コレクションでたどる〈上野〉の記録と記憶」は観覧無料
休館日:12月6日(月)、12月20日(月)~2022年1月3日(月)
詳しくは東京都美術館公式サイトへ https://www.tobikan.jp/