【開幕レビュー】「メトロポリタン美術館展」初期ルネサンスからポスト印象派まで巨匠の名作65点で西洋絵画史500年をたどる

「特別展 メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年」が大阪市立美術館で2021年11月13日(土)に開幕しました。
ラファエロ、カラヴァッジョ、レンブラント、フェルメール、モネ、ルノワール、ドガ、ゴーギャン、ゴッホ、セザンヌ――。15世紀前半のイタリア・ルネサンスから19世紀末のポスト印象派までの500年を代表する巨匠の名作が一堂に会しました。メトロポリタン美術館(MET=メット)が所蔵する2500点以上の西洋絵画の中から、選りすぐりの65点を展示。そのうち46点は日本初公開です。開幕前日に行われた内覧会を取材しました。
大阪展は2022年1月16日(日)まで、東京展は2022年2月9日(水)~5月30日(月)に国立新美術館で開催されます。
【プレビュー】巨匠の大作、一挙来日「メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年」 国立新美術館で2月9日開幕
3部構成で西洋絵画の変遷をたどる
本展は、新型コロナウイルスの感染が世界的に急拡大するなかで、「こういうときだからこそ国際的連帯を図りたい」というメトロポリタン美術館の働きかけによって実現しました。
メトロポリタン美術館の提案により、「1.信仰とルネサンス」「2.絶対主義と啓蒙主義の時代」「3.革命と人々のための芸術」の3部構成で65点の名画を展示。西洋絵画の歴史をたどれる構成となっています。
ルネサンスや宗教改革、市民社会の確立、産業革命。時代の荒波とともに、絵画の役割は大きく変遷してきました。キリスト教の教えや神話世界を語ってきた絵画は、次第に、人々の暮らしや喜怒哀楽、都市の風景を表現するものへと移り変わっていくのです。
キリストや古代の神々を人間らしく描いたルネサンス期
第1章「信仰とルネサンス」では、ルネサンス期を代表する名作を鑑賞できます。展示されている17点のうち、ほとんどの作品が日本初公開です。
中世の絵画はキリスト教をテーマとし、「キリストがいかに神聖な存在であるか」を強調してきました。しかし、「古代世界の復活・再生」を目指すルネサンスがイタリアで花開くと、画家たちはキリストを現実世界に存在するかのように、人間らしく描くようになりました。

例えば、フラ・アンジェリコの《キリストの磔刑》では、キリストが生身の肉体をもつ人間として描かれています。たなびくキリストの腰布は、そこに「空気」が吹きわたることを示し、描かれた情景にリアリティを与えています。
ドイツやネーデルラント(オランダやベルギーなどライン川下流域)では、15世紀の初めに油彩画が発明され、髪の毛一本一本まで描き切るような濃密な表現ができるようになりました。当時の作品から、画家たちは注文されたテーマを描きつつ、その背後に自分が見ている現実世界を描こうとしたことが垣間見られます。

そのことを顕著に示しているのが、ペトルス・クリストゥスの《キリストの哀悼》。キリストの遺体のそばで嘆くマリアやヨハネの背後には、ネーデルラントの風景が広がっています。そして遺体を持ち上げる二人の男性が纏っているのは、この絵画が描かれた当時、ネーデルラントで着用されていた服装です。

古代ギリシャやローマの神話の世界が描かれるようになったのも、ルネサンス期の絵画の特徴です。人間と交わり喜怒哀楽をあらわにする神々の姿は、人々を魅了しました。ティツィアーノの《ヴィーナスとアドニス》では、狩りに行こうとするアドニスと、彼を心配して引き留めようとするヴィーナスの姿が描かれています。
バロック美術やロココ様式が栄えた17〜18世紀

第2章「絶対主義と啓蒙主義の時代」では、国王が絶対的な権力で国家を統治した17世紀から啓蒙思想が普及した18世紀に至るまでの間に活躍した巨匠の作品を30点見ることができます。
17世紀初頭になると、ローマでは極端な明暗の対比やドラマティックな描写を特徴とするバロック様式が生まれました。バロック様式の火付け役となったのが、イタリアの巨匠カラヴァッジョです。

大阪展のメインビジュアルに使用されている《音楽家たち》は、カラヴァッジョがパトロンのデル・モンテ枢機卿のために描いた絵画です。少年の透きとおるような肌、ふっくらとした唇、けだるさと憂いを含む眼差し。見る者をドギマギさせるような、鬼気迫る作品でした。
このようなバロック美術は、イタリア・スペインではカトリック教会や専制君主の権力を誇示する手段として活用され、宮殿や教会を華麗に飾りました。

一方で、ヨーロッパのなかでもいち早く市民社会を確立したオランダでは、風景画や風俗画、肖像画などの新たなジャンルが流行しました。
日本初公開のフェルメール

第2章の目玉のひとつが、オランダの巨匠フェルメールの《信仰の寓意》。メトロポリタン美術館では、世界に三十数点しかないフェルメールの作品のうち、5点を所蔵しています。本展では、フェルメールの作品の中でも珍しい寓意画《信仰の寓意》を日本で初めて公開します。
プロテスタントを公認の宗教としていたオランダで、結婚を機にカトリックに改宗したフェルメールは、この絵画で信仰を擬人化しました。描かれた女性は「信仰」の擬人像であり、胸に手を当てる仕草は心の中の信仰を表します。そして女性の片足が地球儀の上に置かれている描写は、カトリック教会が世界を支配していることをほのめかしています。
床に転がる青いりんごや蛇など、細かいモチーフにも宗教的メッセージが込められています。ぜひ会場で、じっくりと鑑賞してみてください。

フェルメールの《信仰の寓意》と並んで展示されているのが、同じくオランダの巨匠であるレンブラントの《フローラ》です。
この作品は、妻のサスキア(この作品の制作から10年以上前の1642年に他界)を春と花と豊穣の女神フローラに見立てて描いたのではないかとも言われています。
また、18世紀のはじめから半ばにかけてフランスで流行したロココ様式の絵画も見逃せません。明快で優美なロココ美術は、貴族の間で大いにもてはやされました。


人々の暮らしや都市社会を生き生きと描いた19世紀

第3章「革命と人々のための芸術」では、近代化が急速にすすんだ19世紀に描かれた作品を18点見ることができます。

まず目を奪われたのが、イギリスの画家ターナーの《ヴェネツィア、サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂の前廊から望む》です。テーマは、ヴェネツィアの大運河。水面や建物、船、空が今にも溶け合いそうです。内側から光を放ち、まるで透明水彩で描かれたように見えるこの作品は、実は油彩画なのです……!
ドガ、モネ、ルノワール 印象派からゴッホまで
フランスではドガやマネ、ルノワールが、人々の暮らしや喜怒哀楽を生き生きと描きました。

ルノワールの《ヒナギクを持つ少女》《海辺にて》が並ぶ光景は必見です。


印象派画家のルノワールは、金髪でバラ色の肌の女性たちを描いたことで知られています。《ヒナギクを持つ少女》は、モデルの女性や背景に輪郭線がないのが特徴。キャンバスの中で様々な色が溶け合い、ぼんやりと消えていくようにも見えます。

一方で、同じ印象派画家であるモネの《睡蓮》では、荒いタッチが重なり合います。睡蓮の葉を紫と青で、根を白で、花々を赤で抽象的に表現。間近で見ていると吸い込まれそうになる、不思議な作品です。
クライマックスを飾るのは、セザンヌやゴーギャン、ゴッホなどのポスト印象派の作品です。強烈な色彩や平面的な構図など、ポスト印象派の多様なスタイルは、20世紀の前衛的な美術の先駆けとなりました。


篠雅廣館長が「10年、20年に一回と言ってもいいほど、充実した展覧会になった」と胸を張るとおり、珠玉の名作が勢揃いした本展。展示室では、豪華な額縁に収められた作品がゆったりと並び、見る者を引き寄せる<力>を放っていました。圧巻の名画に向き合い、巨匠たちの筆使いを肌で感じられる貴重な機会です。ぜひお見逃しなく。(ライター・三間有紗)
メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年 |
---|
会場:大阪市立美術館(大阪市天王寺区、JR、地下鉄「天王寺」駅から徒歩) |
会期:2021年11月13日(土)~2022年1月16日(日) |
開館時間:9時30分~17時(入館は閉館の30分前まで) |
休館日:月曜日(ただし1月10日は開館)、12月30日~1月3日 |
観覧料:一般2,100円、高大生1,500円 *日時指定予約制 |
★国立新美術館で開かれる東京展は2022年2月9日(水)~5月30日(月)、休館日は火曜日(ただし5月3日は開館)。開館時間は10時~18時(毎週金曜・土曜日は20時まで、入場は閉館の30分前まで) |
詳しくは展覧会公式ホームページ(https://met.exhn.jp/) |
あわせて読みたい