【レビュー】「與衆愛玩(よしゅうあいがん)」、稀代の数寄者・畠山即翁の想い 京都国立博物館 特別展「畠山記念館の名品─能楽から茶の湯、そして琳派─」

特別展 畠山記念館の名品─能楽から茶の湯、そして琳派─
会場:京都国立博物館 平成知新館
会期:2021(令和3)年10月9日(土)~12月5日(日)
前期展示:2021年10月9日(土)~11月7日(日)
後期展示:2021年11月9日(火)~12月5日(日)
開館時間:9:00~17:30(入館は17:00まで)
休館日:月曜休館
入館料:一般1800円、大学生1200円、高校生700円
※事前予約<優先>制、窓口で当日観覧券も販売
詳しくは公式サイト:https://hatakeyama2021.jp/
問い合わせ:075-525-2473(テレホンサービス)

京都国立博物館で、関西初となる特別展「畠山記念館の名品─能楽から茶の湯、そして琳派─」が開催されている。即翁そくおうと号し、稀代の数寄者であった株式会社荏原製作所えばらせいさくしょ(大正9年設立)の創業者・畠山一清はたけやまいっせい。彼は、事業の傍ら、信長、秀吉、家康と天下人が所持した名画「煙寺晩鐘図えんじばんしょうず」(国宝)など、国宝6件、重要文化財33件を含む約1300件もの古美術品を50年かけて蒐集したことで知られている。

同展覧会は、そのコレクションのなかでも、茶道具を中心とする日本・中国・朝鮮半島の古美術の名品約200件が一堂に会した見応えのある内容だ。(以下、即翁で統一)

與衆愛玩よしゅうあいがん」の精神

即翁の貴重なコレクションを収蔵する「畠山記念館」(東京都港区白金台)は、現在、大規模改築工事で長期休館中。その期間中は、京都国立博物館がコレクションを保管している。そのため、即翁が理想とする「與衆愛玩よしゅうあいがん」すなわち、「蒐集品を独占するのではなく、多くの愛好家とともに楽しもうとする精神」を実践しようと同展覧会は企画された。

「與衆愛玩」は、即翁が愛蔵した茶道具に用いられた愛蔵印にある言葉で、彼の理想や人柄を端的に表している。

「即翁が84歳の時に記念館が開館(昭和39年創立)し、91歳で亡くなるまでの7年間、館内で自ら作品解説を行っていました。一代で最高の状態で造り上げた記念館です。創設者の想いとともにコレクションを観て頂けたら」と畠山記念館の水田至摩子学芸課長。

近代を代表する数寄者「即翁」こと、畠山一清の審美眼や美意識に触れ、彼の想いとはいかなるものか?その蒐集作品から感じてみよう。

即翁が愛した故郷の金沢と能

京都国立博物館内の展示風景

即翁は、加賀前田家の城下町として栄えた金沢生まれ。蒐集のきっかけは、大正4年(1915)に購入した故郷の金沢に馴染み深い「古九谷のやきもの」だったという。古九谷をはじめとする初期の蒐集品や加賀前田家とその重臣たちの名品など金沢ゆかりの品々から、故郷への強い想いが感じとれる。

さらに生まれ育った地は、「加賀宝生」と呼ばれるほど、石川県の伝統芸能である宝生流の能楽が盛んな土地柄。父の義比が能のうたいを好んでいた影響もあり、即翁も子どもの頃から親しんだ。そのため、コレクションの中には能面や能装束もあり、自ら能演で着用している。

能は武家社会の教養のひとつだったが、明治になると必須ではなくなったため、大名家のコレクションが処分されるようになってしまった。即翁のような能をたしなむ実業家たちが新たなパトロンになったことで、今日まで残っているものも多い。即翁も加賀藩に伝来した能装束を積極的に蒐集している。

茶の湯と即翁好みの名品の数々

数寄者として、約40年間にわたり茶の湯を愛し、実践した即翁。コレクションの多くは、茶道具の名品も多い。大きな傾向としては、「濃茶」の道具を中心に蒐集し、茶席で最上位のものとして尊ばれる「墨蹟ぼくせき」※とそれに合わせるような茶碗なども蒐集した。
※禅僧の筆跡

また、自身が能登国主・畠山氏の後裔で武家の流れをくむことから、大名家ゆかりの名品が多いのも特徴だ。足利家や徳川家などの将軍家、織田信長や豊臣秀吉などの天下人と呼ばれる戦国武将が愛した井戸茶碗や唐物茶入、絵画、墨蹟ぼくせきなどの名品がそろっている。

その他、江戸時代の武家茶人であった松江藩七代藩主・松平不昧ふまいに尊敬の念を抱き、不昧公愛蔵品の蒐集にも力を注いだという。

松平不昧公ゆかりの笈櫃(おいびつ)と内容品一式。
茶の湯へのこだわりと近代の数寄者たちとの交流

自ら記した「自会記(来客日記)」と「他会記(茶会日記)」に500回あまりの茶会の記録が残るほど、即翁は茶の湯に傾倒した。

とくに、正式な茶事に出される料理である「懐石」へのこだわりは強く、「最高のおもてなしをと、相手の好みにあわせての配慮をしました。献立から器選び、味付けに至るまで、すべて自ら目を通し食す徹底ぶりだったそうです」と水田学芸課長は話す。

即翁は、当時の数寄者と名高く、「千利休以来の大茶人」と称された実業家・益田孝こと、号「鈍翁どんおう」の影響を強く受け、交友を深めた。その交友を深めるきっかけとなった「柿のへた茶碗 銘 毘沙門堂」の展示も。

「鈍翁(どんおう)」こと、実業家の益田孝。交友を深めるきっかけとなった「柿の蔕(へた)茶碗 銘 毘沙門堂」の展示風景

同茶碗は、当初、鈍翁が入手をあきらめたもので、のちに即翁が手に入れた作品。これを聞いた鈍翁は茶碗ひらきの会を強く望み、それを受けて即翁は、昭和12年11月29日に私邸を建設中のなか、仮茶席を急造し、茶碗を披露したという。鈍翁は茶碗を手にし、「毘沙門堂 柿の蔕ひとつか老のおもひ出に くやしといふもおもしろの世や」と狂歌を遺している。

即翁は、鈍翁や近代を代表する数寄者たちと茶の湯を通じて、分野を問わず幅広く交友した。

琳派と即翁の愛蔵の名器、本阿弥光悦作の「赤楽茶碗(銘 雪峰)」のエピソード
昭和26年の「翠庵」披露と古希自祝の茶事を再現した展示

昭和26年1月に開かれた、高松宮宣仁親王から賜った庵号「翠庵」の披露と古希自祝の茶事。ここで、初めて披露された即翁愛蔵の本阿弥光悦作「赤楽茶碗(銘 雪峰)」には、即翁自身の想いが伝わるエピソードが残る。

畠山記念館の水田至摩子学芸課長と即翁愛蔵の名器、本阿弥光悦作の「赤楽茶碗(銘 雪峰)」

「『雪峰』は、自らお使いにもなるし、大事になさっていた品です。初披露した昭和26年の茶会で、光悦の『雪峰』でお茶を頂いた愛知の茶人・森川如春庵が今度は自身の光悦で一服さし上げましょうと伝えたところ、即翁は『そんなら雪峰を見せるでなかった』と語っています」(水田学芸課長)

「他と比べられるのは本意ではない」「自分が良いと思うものを」という即翁の心が伝わってくる逸話だ。

また、即翁は「雪峰」だけでなく、「躑躅図」「四季花木図屏風」などの絵画や工芸品に至るまで数多くの優れた琳派の作品も蒐集した。

與衆愛玩よしゅうあいがん」の想いとともに

即翁が最後に手掛けた「畠山記念館」の創設。開設した昭和39年は東京オリンピックの年で美術館建設ブームの時代でもあったが、即翁は「美術館ではなく、記念館でいくぞ」と存命中に設計から建設にまで携わったという。今年(2021年)はちょうど没後50年。即翁が愛した茶の湯の聖地である京都で、「與衆愛玩よしゅうあいがん」の想いを汲んで自身のコレクションが公開されたことに、即翁もきっと喜んでいるのではないだろうか。

(フリーライター いずみゆか)

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