【開幕レビュー】「日本のアートディレクション展2020-2021」コロナ禍と多様性の時代に生まれた広告・グラフィックを一覧

東京アートディレクターズクラブ(ADC)が主催するADC賞の、受賞作品およびノミネート作品など優秀作品を展示する「日本のアートディレクション展2020-2021」が11月1日から11月30日まで東京・銀座の2つのギャラリーで開催されている。過去1年間に発表、使用、掲載された広告やグラフィックデザインの応募作の中から、日本を代表するアートディレクターたちの審査で選ばれた受賞作を紹介する毎年恒例の本展。コロナ禍が社会に大きな影響を及ぼす中、本展も今年は2年ぶりの開催となった。この2年間の間に広告・グラフィック業界で生み出された優秀作を会場の様子とともに紹介していこう。
日本を代表するアートディレクターが1万点の応募作を審査
「アートディレクターの専門的機能を社会的に確立、推進する」ことを目的として昭和27年(1952)に設立されたADCでは、例年、前年の春から1年間に生み出された広告やグラフィックデザインを募り、毎年同会員のアートディレクターたちによる審査会を開催している。この審査会では会員作品の中からADC会員賞を、一般公募作品の中からADC賞をそれぞれ選出。さらに全体の受賞作からその年のADCグランプリとなる1点を決定している。
昨年はコロナ禍の影響で募集を見送ったため、今年は特例として令和元年(2019)5月から今年4月までの2年間に発表された作品を対象とし、約1万点の応募があった。審査会では81名のアートティレクターがノミネート作品のひとつひとつを鑑賞し、厳正な審査が行われた。会場ではその審査の様子も動画で紹介されている。


会場は東京・銀座にあるクリエイションギャラリーG8とギンザ・グラフィック・ギャラリーの2館。前者は一般作品の受賞作、後者は会員作品の受賞作を展示しており、徒歩で移動できる範囲内に位置している。なお、どちらも入場は無料だ。
それでは一般作品を紹介しているクリエイションギャラリーG8から見ていこう。
2年間の中から選ばれた広告・グラフィック作品を一覧
最初の部屋ではADC賞を受賞した13点の作品が紹介されている。いずれもテレビやウェブ、紙媒体などで発表され、強いインパクトを残したものばかりなので、誰でもひとつは覚えているものがあるだろう。

崩落した橋梁の復旧を記念したポスター

例えば《上田電鉄「千曲川橋梁復旧」のポスター》。鉄道ファンの琴線に触れる作品だ。一昨年の台風19号によって崩落した上田電鉄別所線の千曲川橋梁。
その約1年5ヶ月ぶりの復旧を祝して制作されたポスターには、大正13年(1924)に描かれた橋の竣工時の図面を採用している。その上に「赤い鉄橋」として親しまれてきた橋と地元の著名な神社の鳥居に上がる朝日をモチーフにしたロゴを象徴的に配置。地元が繋いできた歴史とモダンなセンスが融合した秀作だ。
読み解くにはプログラミング知識が必要?

とてもユニークに感じたのは、《大塚製薬「CalorieMate To Programmer」のポスター》だ。このポスターにはプログラミングの知識がある人にしか理解できないコードで「#うちこむ人にバランス栄養」をテーマにしたメッセージが書かれている。コードの監修を行ったのはプログラム言語「Ruby」の生みの親である、まつもとゆきひろ。
カロリーメイトとプログラミング言語、一見して共通性のないもの同士だが、さまざまな要素(栄養素)で構成されるという点で通じるところがある。一方で、デスクワーク中心で栄養摂取が不足しがちな印象のあるプログラマーに限定して商品の魅力を訴求している点でも斬新かつ意欲的な作品といえる。

受賞作にはそれぞれに担当クリエーターのメッセージが添えられているので、ぜひ作り手の想いを感じてみて欲しい。ウェブサイトやコマーシャルムービーなどについては映像も展示している。
五輪、サステナブル、多様性、コロナ禍…時勢を反映
次の部屋では惜しくも受賞を逃したノミネート作品が見られる。それぞれの作品は本質的にアートディレクションとして優れているものばかりだが、広告主の意向を受けて造られる広告媒体はもちろん、グラフィックデザインの中にも今の時勢が伺えるものが目立つ。

《凸版印刷「IMAGINE 2020 Printed By TOPPAN 知らなかったスポーツと出会う。」のポスター》は陸上短距離走のレーンを大胆に配置し、その上にウサイン・ボルトが持つ男子100m走の世界記録と日本記録との距離の差を原寸サイズで「見える化」して表現した企業広告だ(本展ではスペースの都合上、縮小しての展示)。
靴のサイズまで原寸にこだわったという作品に夏の熱狂を思い出しつつ、本来ならば同じく五輪ムードを感じさせる作品が溢れていたはずとも感じた。そのあたりも一年延期の末に無観客開催となった厳戒下の五輪という時勢が表れた結果なのかもしれない。
やはり直接的なもの、間接的なものを含めてコロナ禍の世相を感じる作品も目立った。特に筆者の心に響いたのは《大塚製薬「カロリーメイト『2020年、夏、部活。』のウェブムービー」》だ。コロナ禍で高校野球の甲子園大会をはじめ、さまざまな学生競技大会が中止となった昨年の夏。「発表された時は、無心でした」「なんで自分たちの代がこんな事になるんだろ」という生徒の“ホンネ”を投影した動画には、10代の子どもたちだけでなく子どもを見守る大人たちの中にも感傷を覚えた人が多いだろう。

《サントリー食品インターナショナル「天然水の森PROJECT 2021」の雑誌広告》や《キユーピー「自然と、私と、野菜。THANKS TO NATURE」の雑誌広告》からは、食品企業がサステナブルに対して抱く熱い思いが伝わってくる。

一方で《ポーラ「POLA 国際女性デー」の新聞広告》では、3つの手が1つの手を包み込むグラフィックアートを中心に「ひとりの女の子を変えた、ひとりの女性の話」という実話を書き、日本のジェンダーギャップにおける問題点を浮かび出している。そのほかにもさまざまな難しい社会課題を斬新かつ鮮烈な手段で世間に伝える、アートディレクションやデザインの妙味を感じさせる作品が多く見られた。
日本を代表するアートディレクターの作品も一堂に
もう一方のギャラリーであるギンザ・グラフィック・ギャラリーでは、1階と地下1階の展示スペースを使い、今年の審査でADCグランプリを受賞した《国立新美術館、SAMURAI、TBS グロウディア、BS-TBS、朝日新聞社、TBSラジオ、TBS、ぴあ「佐藤可士和展 国立新美術館」環境空間》をはじめとしたADC会員賞の受賞作品とノミネート作品が多数展示されている。

ユニクロやセブン-イレブンのクリエイティブディレクションで知られる佐藤可士和氏の30年にわたるキャリアを辿った「佐藤可士和展」は、佐藤氏が各社のブランディングの要として制作した企業ロゴを巨大化してオブジェとして見せたり、手がけたグラフィックアートを額装して見せるなど、社会の中にもアートが潜んでいることを身近に感じさせる画期的な手法が採られた。

世界のさまざまな掃除の風景に着目した《良品計画「無印良品 気持ちいいのはなぜだろう。」のポスター、新聞広告、雑誌広告、ブック&エディトリアル、コマーシャルフィルム、ウェブサイト》や、さまざまなスポーツの場面からアスリートの本質を見せる《日本オリンピック委員会「Shadows as Athlretes」の映像》など、そのほかの作品も時代性を映し出したものや未来を感じさせるものなど見応え抜群の内容だ。
ぜひ会場を訪れて、ところ狭しと並べられた展示の数々にアートディレクションの最前線を感じてみてほしい。(ライター・鈴木翔)
日本のアートディレクション展2020-2021 |
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会場 クリエイションギャラリーG8、ギンザ・グラフィック・ギャラリー |
会期 11月1日(月)〜11月30日(火) |
開館時間 11:00〜19:00 ※11月24日(水)はクリエイションギャラリーG8のみ18:00までの開館 |
休館日 日曜日、祝日 |
入館無料 |
詳しくは、以下の両会場の展覧会公式サイトで。 クリエイションギャラリーG8 ギンザ・グラフィック・ギャラリー |