【開幕レビュー】リアルとフィクション、融合の愉楽 「谷崎潤一郎をめぐる人々と着物」展 弥生美術館

「痴人の愛」のナオミをイメージした着物 「谷崎潤一郎をめぐる人々と着物」(東京美術)から 田中翼アンティーク着物コレクション(撮影・大橋愛)

展覧会名:谷崎潤一郎をめぐる人々と着物 事実も小説も奇なり

会期:2021年10月2日(土)~2022年1月23日(日)

会場:弥生美術館(東京都文京区弥生、東京メトロ千代田線「根津駅」より徒歩7分、同南北線「東大前駅」より徒歩7分、JR「上野駅」より徒歩25分)

開館時間:午前10時30分~午後4時30分(入館は4時まで)

休館日:月曜日、火曜日、12月27日~1月3日(※11月23日、1月10日は開館)

観覧料金:一般1000円、大・高生900円、中・小生500円(事前予約制)

弥生美術館ホームページ

文豪・谷崎潤一郎(1886ー1965)の波瀾万丈の生涯を振り返りつつ、作品の登場人物や、谷崎とその家族の着物に注目したユニークな展覧会だ。同館の中村圭子学芸員は「谷崎は着物に対するこだわりの強い作家で、衣装は登場人物のキャラクター表現の一端を担っている。谷崎の文学的達成やその一生を考える上で、着物の要素は欠かせない」と話す。同館では2016年に「耽美・華麗・悪魔主義 谷崎潤一郎文学の着物を見る」展を開催。主要作の登場人物の衣装を挿絵や着物、モデルになった人物の写真などで紹介する試みを行っており、今回はその発展形ということになる。

展示のメインは、作品の登場人物の装いを、アンティーク着物の著名なコレクターである田中翼氏の協力で再現したもの。谷崎の代表作で、映画化などの際も、その華やかな装いが一番の見どころになる「細雪」の四姉妹はどうだろう。

左から鶴子、幸子、雪子、妙子をそれぞれイメージした秋の装い。芦屋の街をそぞろ歩く姿が目に浮かぶようだ。その見合い話をめぐって物語を動かす存在である三女の雪子は、おとなしいが頑固で自分を変えないキャラクターに合わせ、色を変えない植物の万年青(おもと)を訪問着、帯、帯留めにあしらう凝りよう。

雪子をイメージした着物 「谷崎潤一郎をめぐる人々と着物」(東京美術)から 田中翼アンティーク着物コレクション(撮影・大橋愛)

絢爛豪華ながらひとつの文化の終焉を濃厚に漂わせるストーリーと、眼前のリアルな着物が組み合わさることで様々なシーンが脳裏に浮かぶ楽しみ。谷崎ファンにはたまらないだろう。作品を読んだことのない人でも、逆に着物から谷崎の世界観に興味を持ちそうな構成だ。

「神童」の芸者衆をイメージした着物 「谷崎潤一郎をめぐる人々と着物」(東京美術)から 田中翼アンティーク着物コレクション(撮影・大橋愛)

大正5(1916)年と、比較的初期の作品である「神童」。抜群の成績で「神童」を呼ばれる少年・春之助が、花街の女性たちに崇拝とも言える感情を抱く。春之助には、谷崎本人の少年時代が投影されているのだろう。この着物は閻魔大王が裁く地獄と、天女の住む極楽が対比された構図。花街の女性が着るに相応しい粋なデザインだ。

「神童」の半玉をイメージした襦袢 「谷崎潤一郎をめぐる人々と着物」(東京美術)から 田中翼アンティーク着物コレクション(撮影・大橋愛)

「神童」の中には、「燃えたつばかりな友禅の長襦袢」に花街の女性が袖を通すシーンを想像し、春之助がその美しさに戦慄する場面がある。谷崎作品には衣類に関して細かく形容する表現が頻出する。

ナオミをイメージした着物 「谷崎潤一郎をめぐる人々と着物」(東京美術)から 田中翼アンティーク着物コレクション(撮影・大橋愛)

「痴人の愛」のナオミといえば谷崎作品でも一、二を争う人気キャラクターだろう。小悪魔的で男を破滅させる存在。当時、「ナオミズム」という流行語を生み出し、モダンガール(モガ)の先駆けとなった。谷崎の当時の妻である千代の妹、せいがモデルとされている。この着物も水玉の大胆なデザインに、アール・デコ調の鳥の帯を合わせ、奔放なナオミを彷彿とさせる。

岩田ちえ子蔵

さらにモダンな装いの表現もある。大正11(1922)年の戯曲「本牧夜話」。日本人とポルトガル人の間に生まれた弥生は「メリンス友禅のキモノに耳飾と頸環をつけ、白足袋にダンスの草履」という出で立ちで描かれている。実際に再現すると、とてもおしゃれで魅力的だが、今でも、この装いで街を歩いたら「着物警察」が噛みついてくるかもしれない。

着物と並んで展示の見どころとなっているのが、谷崎の生涯を描いた絵だ。

小説家・中河與一は1956年から59年にかけて、「主婦と生活」に谷崎の生涯を書いた小説「探美の夜」を連載。この際、田代光が描いた挿絵を展示しており、その画力には驚く。

東京文化振興会 鶴岡義信蔵

「痴人の愛」のナオミのモデルとされる、せい。エキゾチックな容貌で女優としても活躍した。谷崎と一時、深い関係になる。

東京文化振興会 鶴岡義信蔵

作品のわいせつ論争のみならず、私生活でも物議を醸した谷崎。中でも妻の千代をめぐり、親友の佐藤春夫とトラブルになった「小田原事件」「妻譲渡事件」は有名だ。派手に報道されただけではなく、互いに事件を題材にした作品を発表し続け、心情を表明し合った点でも文学史上、まれな出来事といえるだろう。挿絵はこうした事件もつぶさに描いており、興味をそそられる。

青紅葉着物 個人蔵

展示では谷崎とその家族が袖を通した着物や、身の回りの品も展示されており、その暮らしぶりがリアルに伺える。3人目の妻で、谷崎の最期を看取った松子夫人の着物。染色作家の稲垣稔次郎が松子夫人のために制作した。青楓文様の透ける素材で、グラデーションがさわやかだ。

『大津絵』長襦袢 上原誠氏蔵

谷崎本人の着ていた長襦袢もある。デザインは何と最近、人気の高い大津絵。このあたりにも鋭敏なセンスが伺えるということだろうか。

コンパクトな弥生美術館の展示ながら、見応えのある内容。日本画の大家、小倉遊亀の「細雪」挿絵もある。着物は11月17日(水)より後半の展示替えが予定されており、リピートするのもいいだろう。図録は美しい着物の写真が満載で、谷崎の業績に関する記述も詳しくおすすめ。中村圭子学芸員は「谷崎の文学を知らなくても十分に楽しめると思います。文学や着物に親しむきっかけとして、気軽に足を運んでいただければ」と話していた。

(読売新聞美術展ナビ編集班 岡部匡志)

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