【開幕レビュー】シンプルだけど緻密、分かりやすいけど超絶技巧―― 「川瀬巴水 旅と郷愁の風景」 SOMPO美術館

《平泉金色堂》 1957年 木版、紙 渡邊木版美術画舗蔵

川瀬巴水 旅と郷愁の風景
会場:SOMPO美術館
会期:2021年10月2日(土)~12月26日(日)
休館日:月曜休館、11月16日は展示替えのため休館
アクセス:東京都新宿区西新宿、JR新宿駅西口から徒歩5分
入館料:オンラインチケットは、一般1300円、大学生1000円、高校生以下無料。
※日時指定入場制。予告動画(https://youtu.be/gxRBGFBIYK4)も公開中。来館前に美術館公式サイト(https://www.sompo-museum.org/)で最新情報を確認してください。

一見シンプルで一般の人でも分かりやすく鑑賞できるけど、よく見るととても複雑。細部まで緻密に構成されていて、技巧レベルは欧米の同種のものと比べても非常に高い――。

だれが何の事を語ったセリフか、おわかりだろうか。「シンプルだけど緻密で複雑」。「分かりやすいけど超絶技巧」。実はこれ、しゃべっているのはギタリストのマーティ・フリードマン、題材は「Jポップ」なのである。

《陸奥三島川》「旅みやげ第一集」1919年 木版、紙 渡邊木版美術画舗蔵

ヘビーメタルバンド、メガデスのギタリストとして活躍した後、日本に居を移したマーティ・フリードマンは欧米と日本の音楽シーンをつなぐレジェンド級のミュージシャンだ。それだけに、彼の言葉には、モノ作りの現場を直接体験した人特有の「肌感覚の表現」があふれている。そしてそれは、単純に音楽というジャンルだけではない、日本文化全体の特質を見事に切り取っているのだ。

《芝増上寺》「東京二十景」1925年 木版、紙 渡邊木版美術画舗蔵

「シンプルだけど緻密で複雑」「分かりやすいけど超絶技巧」。大事な事だから、もう一度言っておこう。「川瀬巴水 旅と郷愁の風景」という展覧会を一覧して、筆者の頭に最初に浮かんだのが、昔インタビューで聞いたマーティの言葉だった。例えば、『芝増上寺』や『池上市之倉』を見てみよう。雪や夕日の表現は、とても親しみやすく分かりやすい。構図もシンプルでテーマが胸にストンと落ちてくるようだ。でも、何だろう、この『池上市之倉』の微妙な色彩は。『芝増上寺』の雪の質感は。それは、40回以上も刷りを重ねる新版画の職人技があってこそ、可能になる表現なのである。要所要所に置かれた「写生帖」のデッサンの細密なこと。動画で説明される版画制作の技術のすばらしいこと。「シンプルで分かりやすい」新版画の、巴水作品の特質と背景が、自然に腹に落ちてくる展示の流れになっている。

《池之上市之倉(夕陽)》「東京二十景」1928年 木版、紙 渡邊木版美術画舗蔵

マーティが日本の音楽を好きになったのは、「演歌」を聞いたことがきっかけだという。美空ひばりら有名歌手のこぶし回し、音遣いのニュアンス。それをコピーして、ギタープレイに取り入れていったとか。彼が弾く「天城越え」を聞いていると、よく分かる。いかにマーティが「日本」を消化して、「欧米」と融合させていったかが。巴水も同じだろう。『駿河興津町』などでの構図の取り方は、まさに西洋絵画的だ。桜の花を手前に置いて富士山を描いた『西伊豆木負』からは、オーソドックスな浮世絵の伝統を感じさせる。巴水が表現を磨いていった20世紀の前半は、まさに日本が欧米文化を取り入れて融合させようとした時代だった。西洋絵画と浮世絵のハイブリッド。巴水の魅力の根本もそこにあるのではないだろうか。

《駿河興津町》「東海道風景選集」1934年 木版、紙 渡邊木版美術画舗蔵(前期出品)

21世紀の今、ちょっと昔のJポップの評価が海外で高まっている。松原みきの「真夜中のドア」とか竹内まりやの「プラスチック・ラヴ」とか。「欧米と日本のハイブリッド」の結果生まれた「シンプルだけど超絶技巧」な作品が作り出す独特の個性が、新鮮な驚きを持って受け入れられつつある。新版画の評価が上がってきているのも、そういう時代の流れなのだろうか。代表作のひとつである『馬込の月』や遺作となった『平泉金色堂』などから感じられる「静かな世界の中にある命の息吹」。コロナ禍の時代、人々が「静」の生活を余儀なくされている時代だからこそ、巴水の作品の魅力は受け入れられやすくなっているのかもしれない。

(事業局専門委員 田中聡)

《馬込の月》 「東京二十景」1930年 木版、紙 渡邊木版美術画舗蔵

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