【追悼】さいとう・たかをさん 「ゴルゴ13」の展覧会担当者が見た劇画家の素顔

ゴルゴに命が吹き込まれる瞬間。静寂の中、サインペンと紙のかすかな摩擦音だけが聞こえていた

「ゴルゴ13」で知られるさいとう・たかをさんがお亡くなりになりました。連載50周年記念特別展「ゴルゴ13」(読売新聞社など主催)を担当した読売新聞大阪本社の豊田美緒さんが、ありし日のさいとうさんを偲びました。

「ご苦労さん。お先に失礼するよ」。

さいとう先生は、その日の仕事を終えてプロダクションを出る時、まだ居残りをしているスタッフがいる部屋を全て回り、必ず声を掛けていた。「巨匠」と呼ばれてもなお、ひとりひとりを気遣う細やかさ。さいとう・たかをという人が、周りを惹き付けてやまない理由は、きっと、ここにある。

特別展「ゴルゴ13」の入り口を飾った、ゴルゴの等身大フィギュアとのツーショット。「ジャージーが1番好き」と言うだけあり、先生の笑顔が自然で温かい。関係者全員が「いい写真」と口をそろえる貴重な1枚

 「ゴルゴ13」で知られる、劇画家さいとう・たかをさんが、924日、亡くなった。84歳だった。

連載50周年記念特別展「ゴルゴ13」は、201710月の大阪開催に始まり、20193月までの間に、盛岡、川崎、下関へと巡回した。本展を通して知ることができた、さいとう先生の「人間力」。そのいくつかを、記しておきたい。

「ゴルゴ13」展大阪会場。ポスタービジュアルと統一感を出し赤黒で演出した第1章

全巻持つ私が「ゴルゴ13」展を企画し、初めてさいとう先生にお目にかかったのは、20162月だった。あくまで「ゴルゴの」ファンだった私にとって、「デューク東郷を描いている人」でしかなかった劇画家(先生、ごめんなさい)は、「あんなゴルゴを描いているのが、こんなおじいちゃんで、がっかりしたでしょ」と、笑顔で優しく手を差し出し握手してくださった。「ゴルゴの」ファンから「さいとう・たかをの」ファンになった瞬間だった。

狙撃をテーマにした第2章

ゴルゴの魅力は何か、いかに作品の良さを伝えたいか、展覧会でどのような空間演出を考えているか、どんなグッズを制作したいか。どのアイデアにも嫌な顔ひとつせず、「あなたの好きなように、よろしくお願いします」と笑顔。この言葉は、厳しい指示を受けるより重く、そして胸がざわつくほど温かかった。ゴルゴ展チーム全員が、「さいとう先生に喜んでいただけるものを創る」という同じ目標に向かうのに、時間はかからなかった。図面デザイナー、輸送業者、誰に対しても、いつも「お世話になります」と腰を折る先生の姿に、訪れた側がオロオロする場面も恒例になっていた。

登場する女性100人を並べた圧巻の第3章

プロダクションに足しげく通ううち、「仕事の鬼」としての顔と、失礼を承知で、「お茶目な」お顔を垣間見る機会に恵まれた。

もみあげ、眉、鼻・・・様々な太さのペンにより、ゴルゴが完成に近づく

展覧会の展示内容を詰めるために訪問したある日。「先生は仕事中」とのことで、応接間で関係者だけの会議が始まった。3時間近くが過ぎようとした時、ふいに「お疲れさま」と声が聞こえた。「トイレに行くのも忘れてた」とお手洗いへ向かう先生。おおよそ4時間、部屋に籠もって描いていたという。80歳を過ぎての驚異的なスタミナ。その秘訣には、「朝ご飯からステーキでいい」というほどの肉好き、があったかもしれない。

またある時は、ゴルゴの顔を描くシーンを動画撮影させてもらうことになった。先生の背後から、至近距離で複数のカメラを構えたいし、机上の別角度にも設置したい。気が散るのではないかと尋ねると、「描き出したらね、何にも気にならないので。どれだけ近づいてもろてもいいですよ、どうぞ」。先生の顔と触れてしまいそうな距離、息づかいも感じる近さ。先生は言葉通り、そこには空気しかないかのように、我々のことを全く意に介さず描き上げた。この映像は、展覧会で放映することになった。

ゴルゴが生まれる場所。展覧会では、実際に道具をお借りし、この机を再現した

その一方で、「猫舌なんです」と大好きなのに熱いコーヒーが飲めない一面も。それを熟知するスタッフは、毎日、先生が到着する頃に適温になるよう、時間を計算して主を待つ机にマグカップを置いていた。また、ある年のバレンタイン、スイス製のチョコレートをプレゼントした日は、受け取って自室に入ったかと思うと、静かに戻って来て、ついたての向こうから顔を出し、頬を膨らませ「ねえねえ、このチョコレート、おいしい」。以降、お土産に迷うことはなくなった。

展覧会オリジナルグッズのライター。「PRに使いたいので」とお願いすると、すぐにポーズをとってくださった

ファンに対しても常に真摯だった。「ゴルゴ13」展の全会場で開催したサイン会には、毎回、早朝から長蛇の列ができた。到着を待ちわびたファンが、先生の姿に歓声をあげると、帽子を取って深々と一礼。高い筆圧で丁寧にサインを書き、押印まで自身の手で仕上げるため、体力を消耗するはずなのに、「そろそろ休憩を入れませんか」とこちらが声を掛けるまで、ひとりひとりに礼を言い、記念撮影に応じる人だった。

プロダクションの裏側を明かした第4章

そして、劇画家の言葉として、印象深かったものもいくつかある。劇画とは「ストーリー性を持った漫画」であること、ホワイト(修正液)はドライヤーよりたばこの熱の方が速く乾くこと、仕上げの擬音語を書く「音入れ」は読者の目線を誘導するために時にはコマ(枠で囲まれた各場面)を横断して書くこと、そのため最も緊張する作業であること、ゴルゴのセリフ「・・・」には書き切れない言葉が詰まっていること、ゴルゴは「監督の言うことをよく聞く役者」であること・・・。展覧会には、それらの要素を詰め込めるだけ詰め込んだ。そんななか、会場でよく受けた「複数あるゴルゴの出生説のうち、先生が最有力とするのはどの説か」という質問を、直接ぶつけた時の答えが、「劇画家さいとう・たかを」を凝縮していると思う。「私にとっては、どれも同じ。描くと読者が喜ぶんです」と笑みを浮かべ、「私は常に、読者が喜ぶと思うものを描いている。それだけです」。

今年の夏頃、プロダクションから「先生が、第200巻(単行本としてギネス記録に並んだ巻)は、後日サインして送るから買わないでください、とのことです」と言っていただいた。第201巻が発売された時、「お忙しいのかな」と思った。そして、さらに次巻が9月に発売された。「お忙しいはずだ」と思うようにしていた。

これまでの増刊号を並べた第5章

200巻だけは、買わないままでいようと思う。

(読売新聞大阪本社文化事業部 豊田美緒)

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