【開幕レビュー】「美男におわす」展 理想の男性像の変遷を追う 埼玉県立近代美術館

埼玉県立近代美術館にて、企画展「美男におわす」がはじまりました。

川井徳寛 《共生関係~自動幸福~》 2008 、鎌苅宏司氏蔵 © Tokuhiro Kawai, Courtesy of Gallery Gyokuei

「美人画」という言葉はよく聞くけれど、さて「美男画」は? なかなか耳にしませんよね。そもそも「美人」という言葉は性別を定めていないにもかかわらず、描かれているのは女性ばかり。改めて考えてみると、なんだか不思議です。

 

「人の容姿に対し、偏った定義で評価するのはやめよう」

そういった流れになってきている現代において、ド直球な「美男」という単語に、少なからず衝撃を受けた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

しかし本展は前述のように、いわゆる「美男」を扱った作品が、ひとつのジャンルとして捉えられてこなかったことに着目。価値観が多様化していくなかで、絵画をはじめとする日本の視覚文化に表された美少年、美青年のイメージの変遷を追い、人々が理想の男性像に何を求めてきたかを探ることを目的としています。

会場風景。一口に「美男」と言っても、服装や髪形は様々。時代ごとに移ろう装いにも注目したい。

皆さんは2014年から2015年にかけて開催された、「美少女の美術史」(※)という展覧会をご存知でしょうか? こちらもセンセーショナルなタイトルですが、時代もジャンルも絞らず、「美少女」という理念の表現を追った斬新な切り口が好評を博した展覧会です。その際、ぜひ続編をとの声を受け生まれたのが、今回の「美男におわす」なのだそう。

(※)「美少女の美術史」展の図録紹介

本展にも「美少女の美術史」同様、浮世絵、日本画、挿絵、そして現代美術からマンガ、アニメに至るまで、ジャンルを超えた様々な男性像が前後期合わせて約190点集結し、そこから美男の歴史を紐解く内容となっています。

松本楓湖 《牛若》 1874 東京国立博物館(手前)、今村紫紅 《笛》 1900 東京国立近代美術館(奥)/源義経も平敦盛も、“悲劇の美少年”として広く題材にされてきた人物。展示は浮世絵や近代日本画、挿絵、漫画等が入り混じり、多角的に美男を考える。

「美人画」が早い段階において、美人というシンプルな主題で女性を描いていたことに比べ、男性が美男として描かれるには「神聖な存在」だったり、「歴史や社会、物語の中で、容姿の美しさへの言及がある」など、描かれている人物に対して“この人は美男として認知されている”といった裏付けのあるケースがほとんどでした。

山本タカト 《天草四郎時貞、島原之乱合戦之図》 2004 作家蔵/歴史の中で容姿についての記述はないものの、天草四郎は彼の持つカリスマ性、神秘性ゆえに美少年として描かれることが多い。

しかしマンガをはじめとするサブカルチャーの台頭により、長らく続いた文化に変化が訪れます。

従来のような裏付けを必要とせず、作家の理想や憧れがストレートに表現されるようになったのです。展覧会では、戦後以降、女性が自由な表現で描きたい男性を描き始めたという背景も関係しているのでは、といった考察もされています。

会場風景。男女が逆転した大奥を舞台にした漫画『大奥』(白泉社)で知られるよしながふみは、実に多様な美男を作中で活写している(展示は複製原画)。ほかにサブカルチャーにおける美男(美少年)の歴史を語るうえで欠かせない、竹宮惠子の作品も会場に並ぶ。

そして現代。そういったサブカルチャーを土壌にして育った作家たちが、時に古典や近代の伝統を踏まえながら、時にそれらのカウンターカルチャーとなりながら、新たな美男像を生み出しているというところへ結実します。

この一連の「美男」の潮流を、本展は5つの章立てで構成。且つ鑑賞者に高揚感を与えながら各々の美男像について考える余韻を残すという、見事な展開でまとめ上げています。

金巻芳俊 《空刻メメント・モリ》 2021 フマコンテンポラリートーキョー│文京アート/メメント・モリシリーズはすぐに売れてしまうため、本作はこの展覧会のために新しく制作された。健康な身体は美男を描くうえで好まれたイメージのひとつだが、そこに死の影を加えることで美は永遠ではないことを示唆している。

数々の逸話や神秘性を持つ『伝説の美少年』(第1章)からはじまり、衆道からデカダンス、耽美な世界に生きる蠱惑的な『愛しい男』(第2章)、老若男女を熱狂させた歌舞伎役者という『魅せる男』(第3章)、英雄豪傑から官能すら漂う手負いの剣士まで、人々の憧れとなった『戦う男』(第4章)、そして現代の作家による多様な『わたしの「美男」、あなたの「美男」』(第5章)と、それぞれの章を追っていくと、実に様々なタイプの美男が描かれてきたことがわかります。

伊藤彦造 《阿修羅天狗》 1951 弥生美術館/高畠華宵と同時代に活躍。凛々しくも壮絶な色気を持った剣士が印象的。なんと彦造自身も剣の師範である。

本展のタイトルは与謝野晶子の「かまくらや みほとけなれど 釈迦牟尼は 美男におわす 夏木立かな」から引用されています。

鎌倉の大仏を見て「イケメンでいらっしゃる」という感覚は珍しいように思えますが、これは彼女がその荘厳なる佇まいの中に、“自分なりの美男”を見出したということ。これこそが、この展覧会の本質とも言えるでしょう。

木村了子 《男子楽園図屏風-EAST & WEST》 2011 作家蔵/仏画や美人画の中で用いられてきたテーマを、奔放で健康的な色気のある美男で表現する革新的な作風で知られる木村了子。本作でも、早乙女を青年に置き換えたような表現が見られる。

男性であれ女性であれ、一度でも「美男」に心を奪われたことがあるという方に、この展覧会をおすすめしたいと思います。あのとき自分が憧れた、または恋した彼らの系譜はどこからやってきたのか。そしてどのように進化しているのかを辿る体験は、かつての感情を喚起させるとともに、自分にとっての美男とは何かを考えるきっかけとなるはずです。

 

2013年、パリのオルセー美術館で男性ヌードをテーマにした「マスキュラン/マスキュラン」展が開催されました。改めて男性像について考えていこうという動きは、徐々に世界で始まっています。

本展を機に男性像とは何か、ひいては人物を描くということは何なのかについて、今後さらに議論されていくことが期待されます。(虹)

 

<美術展ナビ編集班から>筆者の「虹」さんは展覧会レポートなどを様々な媒体に寄稿。ツイッター「虹はじめてあらわる」 https://twitter.com/nijihajimete でもアートファンにはおなじみ。今後、「美術展ナビ」でも折々「虹」さんに寄稿してもらう予定です。

*展覧会概要

【美男におわす】

会期:2021923日(木・祝)~113日(水・祝)

会場:埼玉県立近代美術館(さいたま市浦和区、JR京浜東北線「北浦和駅」西口から徒歩約3分)

休館日:月曜日

開館時間:10時~1730分(展示室への入場は17時まで)

観覧料:一般1200円、大高生960

同美術館ホームページ:https://pref.spec.ed.jp/momas/

20211127日(土)より、島根県立石見美術館に巡回