【プレビュー】 千四百年御聖忌記念特別展「聖徳太子 日出づる処の天子」 大阪市立美術館(大阪市・天王寺公園内)で9月4日開幕

「聖徳太子童形像・四臣像」室町時代 15世紀 大阪・四天王寺

令和4(2022)年、聖徳太子が没して1400年になる。太子は日本に仏教を広めた人物として、高名な僧や貴族から民衆にいたるまで多くの人の信仰の対象となってきた。では太子はどんな人物だったのか。太子が創建した大阪・四天王寺の所蔵品を中心に、全国から国宝8件(予定)、重要文化財41(予定)を含む計約180件を集め、五つの章に分けて紹介する。

千四百年御聖忌記念特別展「聖徳太子 日出づる処の天子」 

大阪市立美術館(大阪市・天王寺公園内)

会期 9月4日(土)-10月24日(日)

前期:9月4日-9月26日 後期:9月28日-10月24日 前後期で展示替えあり

開館時間 午前9時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで)

休館日 毎週月曜日 9月20日は開館

観覧料 一般1800円ほか

詳しくは同館ホームページ

第1章 聖徳太子の生涯 太子の面影を追って

重要文化財「聖徳太子絵伝」第2幅(部分) 遠江法橋筆 鎌倉時代 元亨3年(1323)  大阪・四天王寺 画像提供:奈良国立博物館   左上に11歳の時、童子と遊び、言葉の復唱、跳躍、相撲などで抜きん出た才能を見せた場面が、左下には13歳で百済からもたらされた弥勒石像を礼拝する様子が描かれている。

中世、太子の事績を描いた多くの絵伝が制作された。全幅合わせると10メートルを超えるものもある。代表的な絵伝を複数展示、太子の生涯を詳しく紹介する。

第2章 聖徳太子信仰の広がり 宗派を超えて崇敬される太子

「聖徳太子二歳像(南無仏太子像)」鎌倉時代 13~14世紀 京都・白毫寺 画像提供:神奈川県立金沢文庫 撮影:野久保昌良  2歳の聖徳太子は東を向き「南無仏」と唱えたという

太子は日本に仏教を広めた人物として、没後すぐに信仰の対象となった。天台宗の最澄、浄土真宗の親鸞、時宗の一遍などそれぞれの宗派の開祖からも尊ばれた。こうした太子信仰の中で二歳像や十六歳像など特定の年齢の姿を表した像や絵なども生まれた。多様な太子像の全貌と各宗派の太子信仰の広がりを紹介する。

重要文化財「聖徳太子童形立像」鎌倉時代 弘安9年(1286) 大阪・道明寺

第3章 大阪・四天王寺の1400年 太子が建立した大寺のあゆみ

国宝「扇面法華経冊子」巻第6 平安時代 12世紀 大阪・四天王寺

四天王寺は推古天皇元年(593)、太子が建立した日本最古の官寺。太子の遺徳を広める活動を続けて来た。戦火や災害などにより何度か伽藍が失われたが、人々の太子への信仰により再興を果たしてきた。同寺に伝わる国宝を始めとする名品とともに同寺の1400年を伝える。

国宝「四天王寺縁起(後醍醐天皇宸翰本)」 南北朝時代 建武2年(1335) 大阪・四天王寺  四天王寺の由来などを記した縁起を後醍醐天皇が写し、自らの手印を押した。

第4章 御廟・叡福寺と大阪の聖徳太子信仰 太子が眠る地

「馬上太子像」桃山時代 16~17世紀 大阪・叡福寺 16歳の時に物部守屋との戦いに臨む姿

太子の御廟(陵墓)は大阪南部にある。御廟の前に建つ叡福寺(南河内郡太子町)、物部守屋との合戦時に休息をとった地の野中寺(羽曳野市)、守屋との合戦の地に建つ大聖勝軍寺(八尾市)は太子ゆかりの寺として「河内三太子」と称される。

第5章 近代以降の聖徳太子のイメージ…そして未来へ つながる祈り

明治以降は国家の基礎を築いた政治家としての側面がクローズアップされた。太子を主人公としたマンガも人気を博し、より身近な存在となった。近代以降の太子のイメージの変遷をたどる。

「鳳輦」 江戸時代 17世紀 および「聖徳太子童形半跏像」令和3年(2021) 大阪・四天王寺
「聖徳太子童形半跏像」御聖忌に向け新造された。閉幕後は聖霊院に安置され、非公開となる。9月4日~10月17日展示。

 

◆同展は展示構成を一部替えて、今年1117()-来年110(月・祝)に東京港区のサントリー美術館でも開催される。

 

(読売新聞事業局美術展ナビ編集班・秋山公哉)

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