【レビュー】 カメラマンのいない野生動物写真 「宮崎学 イマドキの野生動物」展 東京都写真美術館(東京・恵比寿)で開催中

野生動物を撮ろうとする時、一番邪魔なのは殺気なのだそうだ。撮ってやろうという気持ち。敏感に感じ取った動物は姿を現わさない。殺気を消すにはカメラマンがいないのが一番。思いついたのがアイヌが狩猟に使う罠だという。動物が通ると矢が射られる仕掛けを応用した自動撮影。そうして撮った<けもの道>を始めとする野生動物写真。自然の中のありのままの姿が心を打つ。宮崎学(1949-)の初期の作品から最新作まで11シリーズによる7章構成で、計206点を紹介している。説明文も作者と作品への敬意に満ちていて分かりやすい。
「宮崎学 イマドキの野生動物」展 |
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東京都写真美術館2階展示室(東京・恵比寿) |
会期 8月24日(火)~10月31日(日) |
開館時間 午前10時~午後6時(入館は午後5時30分まで) |
オンラインによる日時指定予約(推奨) |
休館日 月曜日(8月30日、9月20日は開館)、9月21日 |
入館料 一般700円ほか
小学生以下、都内在住・在学の中学生、障害者手帳を持つ人(介護者2人まで)無料 |
JR恵比寿駅東口より徒歩約7分、地下鉄日比谷線恵比寿駅より徒歩約10分 |
詳しくは同美術館ホームページへ |
第1章〈ニホンカモシカ〉1970-73

1965年前後、野生のニホンカモシカは「まぼろし」と言われ、撮影は至難の業だった。その頃から生態観察を始めた宮崎は、中央アルプスの亜高山帯の33頭を個体識別して生活を追う。地図上に記された情報と生態写真は生物地理学上の貴重な記録となった。宮崎は、国策で森林が皆伐された後に一斉に芽吹いた木の芽をエサに、増えたカモシカを狙って長く同じ場所で撮影したと語る。
第2章〈けもの道〉1976-77

昼夜問わず野生動物を追い掛けた宮崎は、4年かけて赤外線感知装置に直結したロボットカメラを開発した。どこにカメラを仕掛けたらいいか難しそうだが、中央アルプスの麓で生まれ育ち野生動物に親しんできた宮崎には、糞や尿や動物そのものの匂いから「けもの道」を見つけるのは簡単だという。人には見せない野生動物の表情や姿が面白い。動物の大きさの比較(人間も含め)ができるのも興味深い。

第3章〈鷲と鷹〉1965-80

(右上)オスが持ってきたハチの巣をくわえて翼をふるわせるメス。(右下)翼を広げてヒナを直射日光から守るハチクマ
国内に生息する16種の猛禽類すべてを撮影するため、北海道の知床半島から沖縄の西表島まで追いかけた。猛禽類が一瞬見せる美しい姿に惚れ込んだ宮崎の感動が作品から溢れ出ている。台湾で営巣し日本に渡ってくると考えられていたカンムリワシが、日本で繁殖していることを1981年に宮崎が初めて確認するという学術的な発見もある。
第4章〈フクロウ〉1982-88

「フクロウほど魅力あふれる鳥はいない」と宮崎は写真集に書いている。まるい顔にまん丸の眼。顔は表情が豊かで親しみ深く知的。羽毛につつまれたまる味のある形が愛らしい。夜行性で生活のすべてが神秘のベールにつつまれていて、と続ける。
第5章〈死〉1993

「目を背けてはならない、とおもいながら、ファインダーをのぞいていた」「死は生の出発点である」と宮崎。見る方にもそれなりの覚悟が必要だ。
〈死を食べる〉 2012-16

「食うために生き、生きることが森を潤し、死ぬことがさらに自然をなめらかに潤滑させる」ことが分かった。気温や湿度に応じて死体処理係として出発する生物の出番もきっちり分かれて用意されていたと宮崎は書く。
第6章〈アニマル黙示録 イマドキの野生動物〉1993-2012

人間が作り上げた文明社会の歪みの中で、野生動物はいかに生きようとしているのか。人間の生活空間近くに出没する野生動物を通して人間社会を描いた〈アニマル黙示録〉と、現代社会にたくましく生きる野生動物を活写した〈イマドキの野生動物〉を紹介する。
第7章〈新・アニマルアイズ〉2018-21

動物の目線で動物の住む森を見る。ロボットカメラを使って人の目が届かない瞬間を写した最新作。その場に居合わせたような迫力が圧倒的だ。
〈君に見せたい空がある〉2020-21
「レンズをなめられるほど、カメラの近くに」。森の中で動物たちがどのような暮らしをしているのか、彼らの目線で捉えた写真。人間を含めた多くの生き物たちが等しく「店子」として地球に住まわせてもらっている、という宮崎のメッセージが伝わってくる。
(読売新聞事業局美術展ナビ編集班・秋山公哉)