【レビュー】京都国際マンガミュージアム『線と言葉・楠本まきの仕事』展 作品と制作背景から感じる、こだわり抜いた独自の世界観

ビデオ『KISSxxxx』のための描き下ろし(1991)©︎Maki Kusumoto

展覧会名:『線と言葉・楠本まきの仕事』展

会期:2021年6月10日(木)~8月30日(月)

10時30分~17時30分まで(入館は17時まで)

 休館日:毎週火・水(※7月15日~8月30日は無休)

 会場:京都国際マンガミュージアム2階 ギャラリー1・2・3

(京都府京都市中京区烏丸通御池上ル)

 観覧料:無料(マンガミュージアム入場料が別途必要)

 公式HPhttps://www.kyotomm.jp/event/exh_kusumotomaki/

©︎Maki Kusumoto

  アーティスト、ファッション関係者や、様々な業界にもコアなファンが多いことで知られる漫画家の楠本まき。ある大物ミュージシャン(ギタリスト、ヴァイオリニストで知られる)もSNSで大絶賛した関西初となる展覧会「線と言葉・楠本まきの仕事」が京都国際マンガミュージアムで開催中だ。漫画の枠を超え、アート作品ともいえる特徴的な細い線、装幀やデザインまで自らがこだわるという完成された他に類のない独自の美学と世界観。

約30点の原画だけでなく、15点のエッチング、手書き指定の入った校正紙、ファックス、作品内に描かれた小道具など約120点の展示品から37年にわたる仕事の軌跡を辿ることができる。

 過去にも個展は東京では開催されているが、初の最大規模の個展とあって関西で注目を集めている同展。自身も楠本先生の大ファンであるという京都精華大学国際マンガ研究センターのユー・スンギョン研究員とともに、その美の世界観に浸り、紹介していこう。

自身も楠本先生の作品を何度も読み返すほど、大ファンであるという京都精華大学国際マンガ研究センターのユー・スンギョン研究員。研究員目線、ファンならでは目線の両方から楠本まきの世界観を語ってくれた  ©︎Maki Kusumoto

楠本まきが自身で監修、随所にその美を感じる研ぎ澄まされた展示空間

同展は、監修者に楠本まき、ゲストキューレーターとしてインディペンデントキュレーターである実妹の楠本亜紀、アート・ディレクターとして数多くの楠本作品のデザインを手掛けてきた秋田和徳が参加している。

ロンドン在住の楠本さんは、オンラインなどのやりとりを通じ、打ち合わせを重ねて遠隔で展覧会を監修、その美の最大の理解者ともいえる2人が実際に現場空間をキュレーション、ディレクションした。

作中に登場する哲学的で印象的な言葉も展示の重要な要素であるのだが、その配置の仕方から、代表作の舞台となった80年代頃のライブハウスを彷彿とさせる空間に至るまで、随所にこだわりが感じられる。

『KISSxxxx』のライブハウスをイメージした空間。このエリアのみ、登場人物になりきって誰でも撮影が可能 ©︎Maki Kusumoto

特に集英社のマーガレットに連載された代表作のひとつ『KISSxxxx』(キス)。恋に落ちた高校生蟹かめのとバンドのヴォーカリスト加納亜樹良(カノン)のちょっとシュールな日常を耽美で繊細に描いた作品だが、その作品内に登場するライブハウスをイメージした空間の架空フライヤーまで秋田さんが制作しているこだわりぶりだ。秋田さんは、同展のメインヴィジュアルや関連書籍の装幀デザインなども手掛けている。ロリータやゴスロリ(ゴシックロリータ)ファッションのファンやインディーロックファンの熱狂的な支持を得た同作。1991年には映像作品化されており、それも観ることができる。

ギャラリー3の展示。代表作『KISSxxxx』のイメージビデオと、本展のために編集されたスライド映像が上映されている ©︎Maki Kusumoto

楠本作品の特徴的な線

「多くの漫画家の線は、強弱がある場合が多いのですが、楠本先生の線はかなり特徴的です。デビュー当時から現在に至るまで、抑揚を排した均一な線で一貫して描かれています」(ユーさん)

楠本まきが愛用するロットリング社製製図ペン

使用しているのは、ドイツの筆記用具メーカー、ロットリング社の「ラピッドグラフ」だ。製図用万年筆とも呼ばれ、一定の太さの線が描ける。

「私が知る限りでは、楠本先生は1作品以外すべて、ロットリングペンで描いています。他の漫画家の先生でもロットリングペンを使用する方はいますが、楠本先生ほどロットリングペンだけで描く方は他にはあまりいないのではないかと思います」とユーさんは説明する。

ロットリングペンで描かれた特徴的な線。作品内に描かれた小道具の再現性にも注目を。楠本作品は、ファッション性が高いことで知られ、登場人物が身に着けるものにもこだわりがあることが分かる ©︎Maki Kusumoto

Kの葬列』の中で描かれたクロス(十字架)も細部までロットリングペンで描き込まれていることが見比べると分かる

漫画とアートを行き来すると言われる所以、ほぼ修正のない完ぺきな美しい原稿

 楠本作品は、「漫画とアートの境界を行き来する」「漫画であり、アートであり、デザインである」とも表現されることが多い。その理由は、原画を一目見れば分かる。

「初めて原画を見た時は良い意味でショックを受けました」と話すユーさん ©︎Maki Kusumoto

修正液を使用した跡がほとんど無いのだ。漫画の原稿用紙には、基準枠(内枠)、タチキリ枠、外枠があり、タチキリの線を超えると印刷されない。そのため、その境界線を適当にひく漫画家が多いという。しかし、「楠本先生は、全ページの境界をこのようにキレイに定規を使って描いています。さらに、ムラがあっても印刷には出ないにもかかわらず、黒いベタ塗りもムラの無い美しさなのです」とユーさん。

「漫画は印刷されたものが完成品と考える作家さんが多い中、楠本先生は原画まで完ぺきを追求し、ご自身の美意識を反映されているのだと思います。ご本人は『ムラが嫌いな性分なだけで、ホワイトの修正はむしろ好きな作業です。いっぱい修正しているページもありますよ』と言っておられますが」(ユーさん)

『Kの葬列』から。何種類ものカラーリングを試したことが分かる3枚の作品と完成作品 ©︎Maki Kusumoto

また、色々な紙とインクの組み合わせで試し刷りし、見較べた上で選んだことが分かる工程の展示も。

なぜ、ここまで完ぺきな原画制作が可能なのか?ユーさんは「下書きの段階であとは線をなぞるだけでというところまで持っていき、場合によってはそれを別の紙にトレースしてペン入れしているのだと思います」と語る。

『いかさま海亀のスープ』の何枚もの下絵。下絵が何枚もあることに驚きだ。鉛筆で描いた下絵、次にそれをコピーした上に描き足した下絵、さらにそれをコピーした上にポーズを変更した下絵と、段々と残すべき線がクリアになっていく工程がわかり、鳥肌が立つ ©︎Maki Kusumoto
『いかさま海亀のスープ』より彩色前ペン画 ©︎Maki Kusumoto

展覧会の隠れたメインアトラクションとも言える八校の校正紙

完ぺきを追求する姿勢が分かる最たるものは、『赤白つるばみ・裏』の何度も校正されたことがわかる八校の校正紙だ。編集者が見ると、ついため息が漏れてしまうほど、ここまで校正するのかというこだわりが分かる。ただ、八校といっても本人が八回ダメだしをしたわけではなく、印刷所や編集サイドで自主的にやり直ししてきてくれたものも含めてこの回数となったということだ。こだわりは周囲にも伝染する。

「楠本先生のカッコイイ表現は偶然では無い。手間のかかったものです」(ユーさん)

装幀もデザイナーとのコミュニケーションを大切にし、それを含めて自身の世界観をつくりあげる楠本さんだが、デザイナーの秋田さんも「0.1ミリ単位の調整とか、誤差への不寛容とか・・・」と関連書籍の対談ページで自身との共通点として語っているほど。そして細かい指示にはすべて意味があり、秋田さんは「その意味がわかるから、仕方ないなって」と話している。

ミリ単位で妥協を許さない漫画への真摯な姿勢が感じられる校正紙©︎Maki Kusumoto

読者には見えない部分でも一切の妥協を許さず、徹底的に完ぺきな自身の美を追求する漫画への真摯な姿勢。たとえ紙面には出ておらずとも、多くのファンはその姿勢も美意識もすべて作品全体から感じ取っているのだろうと改めて思わせる展示だ。

印象的な言葉と多様性

 文学的であり、哲学的でもある作中に出てくる印象的な言葉の数々。その言葉のファンも多い。なかでも日常におけるジェンダーバイアスを問い、個や多様性の尊重がテーマにあった『赤白つるばみ』シリーズの言葉、「君が見ている「赤」という色は 私が見ている「赤」という色と同じだろうか?」が実は会場入り口前にあることに気づく。

展示会場に入る前の突き当りに掲げられている『赤白つるばみ』作中の言葉

京都国際マンガミュージアム館内には、期間中に楠本まき全作品が読めるコーナーを設けている。改めて作品を読むと、私達に投げかける言葉の数々にハッとさせられる。

8月16日(月)には、オンラインイベントのトークショーが開催。19時からだが、当日の18時まで事前申し込みが可能だ。ぜひ、実際の肉声とともに練り上げられた同展の世界観を感じてほしい。

関連書籍『線と言葉 楠本まきの仕事』(Landschaft)も全国の書店で発売中。

(フリーライター いずみゆか)

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