【レビュー】「クール・ジャパン」の源流が分かる? 幕末のポップカルチャー  特集展示「黄雀文庫所蔵 鯰絵のイマジネーション」 国立歴史民俗博物館

傾城あだなの焚 安政2(1855)年 黄雀文庫蔵 ※~8月15日展示

特集展示「黄雀文庫所蔵 鯰絵のイマジネーション」
会場:国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市城内町)
会期:2021年7月13日(火)~9月5日(日)。月曜休館、ただし8月9日は開館
観覧料:一般600円、大学生250円ほか
アクセス:

JR東京駅から総武線でJR佐倉駅(約60分)へ、バス(北口1番乗場から、ちばグリーンバス田町車庫行き乗車、「国立博物館入口」または「国立歴史民俗博物館」下車) で約15分。京成電鉄利用の場合は、京成上野駅から京成佐倉駅(約55分)へ。京成佐倉駅から徒歩(約15分)、またはバス (南口1番乗場から、ちばグリーンバス田町車庫行き乗車、「国立博物館入口」または「国立歴史民俗博物館」下車)で約5分

※詳しい料金などは公式サイト(https://www.rekihaku.ac.jp)を参照

21世紀に入って注目度が高まっている日本のポップカルチャー。以前から人気だったアニメ、マンガだけではない。例えば音楽の世界では、BABYMETALや人間椅子などがYouTubeでの配信を通じ、海外で「発見」された。くまモンなどの「ゆるキャラ」もこちらが思っているよりも浸透している。いずれも欧米にはない独特の個性、言い換えれば日本が生み出すキャラクターが新鮮に受け止められているのである。

鹿島神と要石 安政2(1855)年 黄雀文庫蔵 ※~8月15日展示

考えてみれば、日本のポップカルチャーは、江戸時代の昔から「キャラクター重視」の傾向が強かった。江戸時代のマンガ的な存在、黄表紙本をひもとくと、坂田金時(むかしばなしの金太郎ですね)の息子である坂田金平がどれだけ活躍していることか。ぬらりひょんや豆腐小僧やどの妖怪がどれだけ走り回っていることか。ひとつのキャラクターを確立させ、そのキャラクターの特徴を生かして、周囲でムーブメントを起こす。それが物語を生み出し、現実社会への暗喩や風刺につながる。落語や歌舞伎などの大衆芸能を見ていても、そういう構造があちこちで見えてくる。

鯰と要石 安政2(1855)年 黄雀文庫蔵 ※8月17日~展示

そんな「江戸のポップカルチャー」の精神が、現実の社会的事件・災害と結びつくと、どういうものが生み出されるのか。

実は、それを典型的に見せてくれるのが今回の『鯰絵』の特集展示なのだと思う。

1855(安政2)年に起きた安政江戸地震の後、大量に製作された風刺画などの出版物。約2か月の間に200種も発行されたという『鯰絵』では、「江戸のポップカルチャー」のあらゆる手法が使われている。

鯰退治 安政2(1855)年 黄雀文庫蔵 ※8月17日~展示

具体的に言えば、それは「うがち」「やつし」「見立て」である。細かい観察眼で一つの事象を掘り下げていく「うがち」。権威あるもの、信仰や畏怖の対象になるものを当世風に戯画化するなどして新たな意味を付けていく「やつし」。ひとつの事象を別の事象になぞらえていく「見立て」――。「地震を起こすナマズ」というキャラクターを中心にこの3つの手法で、様々な「物語」が作り出される。例えば、歌舞伎十八番の「暫」がナマズ坊主を抑え込んでいる「雨には困ります 野じゆく しばらくのそとね」は、見立ての典型といえるだろうか。地震に対する恐怖、復興への期待、世相や為政者の対応への不満や批判……、今回の展示物を見ていると、様々な庶民感情が、この3つの手法を軸に描かれているのが分かる。

雨には困ります 野じゆく しばらくのそとね 安政2(1855)年 黄雀文庫蔵 ※8月17日~展示

「地震は大鯰が起こすもの」という俗説から、大災害を象徴するキャラクター・ナマズが作りやすく、民衆に受け入れやすかったことが大量出版につながったことは間違いない。さらにいえば、未曽有の大災害にショックを受けた戯作者の仮名垣魯文や絵師の歌川豊国ら当時の文化人が、表に裏に『鯰絵』製作に手を貸したことも間違いないだろう。つまり、「鯰絵」のムーブメントとは、江戸のジャーナリズムが総力を挙げて作り上げたものとも言えそうなのだ。人々の心を揺さぶるエネルギーがあり、そこで示される批評・風刺が的を射たものであったからこそ、幕府もその出版を禁止せざるを得なかったのだろう。

難義(なんぎ)鳥(ちょう) 安政2(1855)年 黄雀文庫蔵 ※~8月15日展示

今回の展示では、その『鯰絵』の代表的な作品と歴史的な展開を、その前史と後世への影響をも含め、実に分かりやすく見せてくれる。当時の人たちが何を考え、どういう行動をしたかったかが、分かるだけではない。「うがち」「やつし」「見立て」の手法を使う際、何が「文化的常識」で、それをどのようにひねってみせれば世の中の人が感心し、共感するのか。つまり当時の人たちの文化的レベルが分かり、江戸のクリエーターたちの才気やセンスまでもが分かるのである。

浮世又平名絵の誉 慶応4(1868)年 国立歴史民俗博物館蔵 ※~8月15日展示

そういうふうに考えると、『鯰絵』が歴史的、民俗学的に価値があるのはもちろんだが、本当はエンターテインメントの制作者やジャーナリスト、それを志す若者たちこそ見るべきものではないか、とも思う。キャラクターの作り方、それをどう展開させるかの手法、現代の日本が世界に発信しているポップカルチャーの原型が、ここには詰まっているのだから。

(事業局専門委員 田中聡)

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