もうひとつの邸宅 「表と裏」が引き出す魅力 「ルネ・ラリック リミックス」展(東京都庭園美術館) 建築家・中山英之さん、アートディレクター・岡崎由佳さんに聞く

建築家とデザイナーの視点を生かした新館の展示(写真は中山英之建築設計事務所提供)

東京都庭園美術館(港区白金台)で開催中の「ルネ・ラリック リミックス」展(9月5日まで。事前予約制)では、本館の旧朝香宮邸と新館「ホワイトキューブ」の好対照な展示で、ラリックの魅力を存分に味わうことができる。新館ギャラリー1の展示デザインを担当した建築家の中山英之さん、グラフィックデザインの岡崎由佳さんにそれぞれリモートでお話を伺った。(読売新聞美術展ナビ編集班 岡部匡志)

<ルネ・ラリック リミックス展> 19世紀末から20世紀半ばにかけて、ジュエリー作家やガラス工芸家として比類ない高みに達したルネ・ラリック(1860―1945)の歩みを貴重な作品で振り返る。アール・デコ様式の名建築で知られる旧朝香宮邸の本館では主に自然光の下で鑑賞。新館には「もうひとつの邸宅」が設えられ、「表と裏」から作品を見るという新鮮な展示となっている。

旧朝香宮邸として1933年に竣工した本館。その後、外相・首相公邸、迎賓館などとしても使われた
本館に続く展示スペースとなっている新館。2014年にリニューアルオープン

<建築家・中山英之さん>

もうひとつの邸宅に

Q 旧朝香宮邸の本館から新館に移ってくると、「あ、こっちにもお屋敷がある」とワクワクしました。

A 庭園美術館の魅力は何といっても本館の旧宮邸の建築で、私も以前からとても好きでした。「素晴らしいお宅にお呼ばれしました」という盛り上がった気持ちで、夢のような暮らしを想像しながら建物や美術品を楽しむことができます。今回の本館の展示も素晴らしいです。

本館では自然光のもとでラリックの華やかなジュエリーを存分に味わえる

新館に移ってきて、その気分がリセットされないようにしたいというのが今回の展示の課題でした。真っ白い大きな箱のような展示スペースでは、どうしても作品を情報として見るような気分になってしまいがちです。そこで、本館にはもちろんかないませんが、新館に行くとそこにもうひとつの邸宅が待っている、という方法を考えました。展示スペースに比べて作品数がそれほど多くなく、大胆に余白を取る必要もありました。そこで展示室内に、建築の外観を思わせる窓がいくつも開いた長い壁を設えて、同じ作品を表と裏から二回見る、という展示方法を提案しました。

「お屋敷」の中から光が漏れ、ラリック作品のシルエットが浮かび上がる

建築家の職能を生かす

Q 新館に入ると「邸宅」の表側、つまり屋外側が目に入ってきます。

A 室内の照明が窓から漏れてきて、窓辺に置かれたラリックの作品を逆光の中で眺めることになります。この段階では作品については何の情報も与えられておらず、純粋に物としての作品を鑑賞します。それは同時に、窓辺にラリックが置かれた、どこかにあるかもしれない架空の家の生活を想像するような経験でもあります。

逆光の中に浮かび上がるラリックの作品

そして邸宅の中に入ると、そこは一転して立体的な図鑑の中に入ったような展示です。丁寧なキャプションや図版、オリジナルの図面が作品のすぐそばに配置され、作品の背景を知識として理解しながら鑑賞する構成です。

そんなふうに、同じものを表と裏から時間差で見る。そういう動線計画はふつう美術館ではやらないので、楽しんでいただけるポイントかと思います。

建築家は建物を設計する時、たとえば家の中のレイアウトを考えることと、その結果として生じた形が厳しい斜線制限をクリアすることを、同時に考えなければなりません。互いに無関係な多くの条件をいっぺんに叶えるひとつのかたちを考えるのが普段の仕事なので、ひとつのレイアウトで表と裏の二面性を同時に考えなければいけないという今回の展示の特徴は、建築家の職能がよく表れている仕事でもあると言えるかもしれません。

中山英之さん(撮影:Takashi Kato)

女神の像は天の配剤

Q 入口に置かれた三つの女神像がとりわけ印象的でした。何度も往復して表と裏から見てしまいました。

A アール・デコ博覧会のためにラリックが制作した噴水塔《フランスの源泉》を構成した女神像の一部です。つまり、もともとは動く水を背景にして見られるものでした。

「邸宅」の中からみた三人の女神の立像。奥にはショップやカフェに行きかう人の姿が見え、さらにその先は庭園の緑がまぶしい。
「邸宅」の外側から見るとこういう光景になる。床に落ちる影も含めてこちらも印象的だ。

展示室の入り口はこの部屋で唯一、屋外の緑まで見通せる場所です。なので、その場所に何を置くかはとても重要なのですが、作品を配置する順番はキュレーションで決まっていますから、あの場所に女神像が来たのは偶然なんですよ。ラッキーでしたね(笑)。

既存の備品で節約

Q コロナ禍での展覧会は以前にもまして準備や予算の制約が厳しいです。今展ではどんな苦労がありましたか。

A 準備期間が短かった事もあり、ほぼファーストアイデアで全力疾走した感じです。ただ、所内のチームは直前にポーラ美術館の「モネー光のなかに」展の会場構成を終えたばかりだったので、普段事務所ではあまりやらない美術館の仕事に対して、「体が温まった」状態だったのは幸いでした。

中山さんの当初のスケッチ。表側には「窓際にラリックが飾られたもうひとつの邸宅」、内側には「大きな図鑑のクロノロジーに入り込む」とあり、当初案から現行の形にかなり近い

 

A 作品などを収めるアクリルのカバーは、館が持っているものをリストアップして新規製作を極力行わないなど、徹底してコストダウンを図りました。窓の形も複雑にすると工期も予算もかかるので、矩形の単純なものにしました。その分、模型やモックアップをたくさん作って、見やすい展示の高さを慎重に検討しました。

少しずつ配置や構成を変えて作られた会場の模型など。入念に配置やサイズが検討された

Q 来場される方に「ここを見てほしい」というメッセージを。

A 繰り返しになりますが、同じものを、時間を置いて二回見る、という経験をぜひ楽しんでほしいと思います。情報なしに、光に包まれた形や色、テクスチャーやマチエールを純粋に眺めてみることと、図版などの情報と共に背景を学ぶということが、両立する展示になっていると思います。感じ方を自分の中で切り替えてみながら、何周もしてみると新しい発見があるかもしれません。

邸宅の中のデザインは、私たちから熱望して関わって頂くことになった岡崎由佳さんの素晴らしい仕事です。会場構成という仕事によって、アーティストや作品の新しい魅力が引き出されることがある、ということが広く知ってもらえると嬉しいですね。あくまで主役は作品ですが、そういう視点で展覧会を見るファンが増えてくれたらいいな、と密かに思っています。

<アートディレクター・岡崎由佳さん>

図らずも一致したラリックのイメージ

Q このプロジェクトに携わったきっかけは。

A まずラリック展のポスターやチラシ、カタログなどのデザインを担当しました。ポスターなどをみた中山英之さんが、「ぜひ、会場のグラフィックデザインも」と希望してくださり、全くの初顔合わせでしたが、一緒に担当することになりました。

岡崎由佳さん

Q ポスターのデザインはどういう狙いだったのでしょう。

A 担当の学芸員さんは現代的な目線でラリックをみていきたい、というリクエストでした。そこで幾何学的な造形の中に有機的なラリックの作品を落とし込んでみました。これはラリックの作品自体にモダンな幾何学のデザインや工業製品の中に、自然のモチーフを入れ込んでいくようなものがあるので、シンプルでモダンなものにラリックをぶつけても十分、魅力が発揮できるのではないかと考えたからです。

中山さんが考えた会場の構成案も、シンプルな窓の中に複雑なラリックの作品が見えるという構造で、私がイメージした展覧会のメインビジュアルと、中山さんの展示設計が図らずもリンクしたわけです。狙ったわけではないですが、うれしい着地点でした。

各セクションが色で区別されている

Q 具体的にはどこを担当しましたか。

A 中山さんのアイデアした邸宅の内部のデザインです。新館は「装飾の新しい視点をもとめて」という章で、キュレーションの方針で4つのセクションに分かれています。どうやってこのセクションを際立たせていくのがいいのか、と思案しました。本館では壁紙が部屋ごとにガラリとかわっていて、部屋に入るごとに新鮮な気持ちで楽しめます。そこで本館に近い方法で、最初は白い壁と白い色、次はシルバーに、とグラフィックで空間を分けていくことにしました。

作品からインスピレーション

Q とてもおしゃれで見とれてしまいました。各セクションの解説を記したパネルも不思議な形でしたが。

A パネルのたぐいは普通、作品より目立たないように四角い形になるものですが、ラリックならそれも装飾のひとつと考え、一から再考してみました。

Q それぞれずいぶん形が違いますね。

A 最初のパネルは、ラリックの作品がハンドメイドで作られている時代を扱っているので、角のない丸い形に。2つめのセクションはプロダクトデザイナーとして、制作に機械が導入されてきたこともあるので、幾何学的にして香水の瓶をイメージした形にするなどしました。

Q 展示内容とリンクしているのですね。

A はい、作品からインスピレーションをもらいました。前のセクションと変えることで、いいアクセントやポイントになったと思います。

展覧会はエキサイティング

Q これまでも展覧会の展示にかかわった経験はありましたか。

A デザインと同じぐらいのボリュームで、展覧会企画にも様々な形で関わってきました。2013年に、東京・乃木坂のTOTOギャラリー・間で開催された「Architecture  For  Dogs  犬のための建築展」など印象深いものでした。

Q 一般のデザインの仕事とは違いますか。

A クライアントがいてその商品のブランディングを行うような仕事と比べると、展覧会では目的はハッキリしているような、でも作品が空間に入り、実際に並べられるまで分からないという、考えながら歩いていくような点がすごく違うところですね。その時、その場でしか作ることができない、という緊張感があります。今回はとくに時間の制約がある中で、中山さんたちの設計が日々更新されていく中で、こちらも一緒に走って対応する、というエキサイティングな経験ができて楽しかったです。

Q 会場に名前のクレジットがあり、作品リストでも紹介されるなどしていますが、こうしたことは今まで経験ありますか。

A 初めてのことです。名前をきちんと出した方がいい、と言ってくださって。建築家やグラフィックデザイナーが参加すると、こんなにも展示が変わるんだ、ということが知られることで、展覧会のあり方も変わって新しいものが生まれてくるかもしれません。これからもこうした仕事に関わっていけたらいいな、と思っています。

Q 今展ではカタログのデザインも担当されていますね。

東京都庭園美術館ミュージアムショップでは7月31日より発売予定

 

A はい、この会場で展示された際の光線の状態などが素晴らしく、三部正博さん(http://3be.in)が展示室を含めて新たに撮影した写真が実に美しいです。近く発刊されるので、手に取ってみていただけたら嬉しいです。

中山英之さん:1972年福岡県生まれ。1998年東京藝術大学建築学科卒業。2000年同大学院修士課程修了。伊東豊雄建築設計事務所勤務を経て、2007年に中山英之建築設計事務所を設立。2014年より東京藝術大学准教授。ポーラ美術館(箱根)で開催中の「モネー光の中に」展で会場構成を担当。主な作品に「2004」、「O邸」、「Yビル」、「Y邸」、「家と道」、「石の島の石」、「弦と弧」、「mitosaya 薬草園蒸留所」、「Printmaking Studio/Frans Masereel Centrum」(LISTと協働)。主な受賞にSD Review 2004 鹿島賞(2004年)、第23回吉岡賞(2007年)、Red Dot Design Award(2014年)、JIA新人賞(2019年)、グッドデザイン賞金賞(2019年)、日本仕上学会賞(2019年)

岡崎由佳さん:アートディレクター/デザイナー。ブランディング、書籍、パッケージ、展覧会のデザインに携わる。2012年武蔵野美術大学大学院修了後、日本デザインセンター入社。原デザイン研究所にて展覧会、ブランディング業務を担当。2017年にはデンマーク・コントラプンクト社へ出向。

(読売新聞美術展ナビ編集班 岡部匡志)


内覧会の様子を伝えるこちらの記事もご覧ください。
【開幕】旧朝香宮邸の様式美と、斬新な展示で楽しむ 「ルネ・ラリック リミックス」展 東京都庭園美術館

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