【レビュー】特別展「ウィリアム・モリス 原風景でたどるデザインの軌跡」 (奈良県立美術館※巡回展) ヴィジュアルで体感するモリスの人生と近代デザインの原点

《いちご泥棒》デザイン: ウィリアム・モリスPhoto ⓒBrain Trust Inc. 1883 年木版、色刷り、インディゴ抜染、木綿(内装用ファブリック)92.5 x 98 cm モリス商会

展覧会名:特別展「ウィリアム・モリス 原風景でたどるデザインの軌跡」(巡回展)

会期:2021年6月26日() ~ 2021年8月29日()

9時~17時まで(入館は16時30分まで)

 休館日:月曜休館 (※8月9日は開館し、8月10日に休館)

 会場:奈良県立美術館(奈良市登大路町10-6)

近鉄奈良駅から徒歩約5分

 観覧料:一般1200円、大・高生1000円、中・小生800円

 公式サイト http://www.pref.nara.jp/11842.htm

 

インテリアデザインファンが熱い視線をそそぐ、「モダン・デザインの父」ウィリアム・モリス

William Morris 1834~1896

インテリア好きなら、インディゴ(藍)地に鮮やかなイチゴの赤と小鳥の黄色が印象的な「いちご泥棒」のテキスタイルを一度は目にしたことがあるでは?デザインしたのは、「モダン・デザインの父」と称され、19世紀の美術工芸運動「アーツ・アンド・クラフツ運動」をけん引したウィリアム・モリス(William Morris 1834~1896)。イギリスの偉人として知られるモリスは、デザイナーとしてだけでなく、芸術家であり、詩人、作家、思想家、社会運動家として、多彩な功績を残している。

 

豊富な映像と写真作品、ヴィジュアルで感じるモリスの人物像

第3展示室の映像(奈良県立美術館)。イギリスのゆかりの地を巡りながら、モリスの幼少期から青年期までを視覚で知ることができる

「そんなモリスの生涯を映像や写真とともにヴィジュアルで感じていただけたら」と説明するのは奈良県立美術館の安田篤生(やすだあつお)学芸課長。視覚的に人生をたどりながら、彼と彼の仲間たちの作品約80点(写真作品をあわせて約130点)を楽しめるのが、全国巡回展中の特別展「ウィリアム・モリス 原風景でたどるデザインの軌跡」だ。現在は、奈良県立美術館(以下、奈良展)に巡回している。

写真家・織作峰子氏が渡英して撮影したゆかりの地などの豊富な写真作品とこれまであまり顧みられることのなかったモリスの幼少~青年期をクローズアップした映像。身近にある草花などの植物や小動物といった自然をモチーフにしたものが多いモリスのデザインが、いかにして生み出されたのか原点にフォーカスして体感できる。

彼の人生をたどった5部構成の展示とあわせて、奈良展では、イギリスへ私費留学するほどモリスの芸術思想に傾倒し、モリスを日本へ紹介した先達の一人でもある奈良県出身の陶芸家・富本憲吉作品の独自展示も。

柘榴あるいは果実 1866年頃 モリスの初期作品の壁紙デザイン(向かって左は織作氏の柘榴の写真作品)

1834年にイギリス・ウォルサムストウの裕福な中産階級の家庭に生まれたモリス。当初は、聖職者を目指していたが、オックスフォード大学に進学してダンテ・ゲイブリエル・ロセッティに師事し、画家の道を歩み出す。しかし、思うようにいかず、1859年初頭に詩や装飾芸術に身をささげる決心したという。画家を目指していただけあって、初期のデザインは絵画的だ。

 

デザイナーとしての出発点、新婚当初の「レッド・ハウス」

織作峰子(撮影) Photo ⓒMineko Orisaku, ⓒBrain Trust Inc.Thanks to the National Trust Red House,Bexley, Londonタイプ C プリント55.5×84.1cm

師・ロセッティのもとで壁画制作をおこなうなか、ロセッティがモデルとして採用したジェインと出会い、のちに結婚。夫婦の新居となったのが「レッド・ハウス」だ。モリスは、仲間らと協力してこの家の内装デザインを手掛け、その時の中心メンバーと「モリス・マーシャル・フォークナー商会」を設立した。

奥がレッド・ハウスの映像展示の様子。まるでレッド・ハウス内を探検するかのように各室内を隅々まで眺めることができる。手前が初期のモリス・マーシャル・フォークナー商会が取り扱ったサセックス・シリーズの肘掛け椅子。

 

モリスがもっとも愛した家「ケルムスコット・マナー」

ケルムスコット・マナーの外観と内装、織作氏が撮影したもの。インテリアも当時のまま保管されている。織作氏は自身が「モリス作品に影響を受けている」と話す

1871年、モリスがロセッティと共同で借りた別荘が「ケルムスコット・マナー」だ。彼がもっとも愛した家として知られ、友人に手紙で「地上の楽園のようだ」と書いている。安田さんは、「大変お気に入りだったようで、ケルムスコットという名は、事務所名に使うなど、その後も何度も出てきます」と話す。

柳(緑)、柳(金色)1874年 ケルムスコット・マナーでの生活は、モリスのデザインにインスピレーションを与え、「柳」「柳の枝」などのデザインを後押しした。

 

単独経営のモリス商会へ、染めと織りの世界

ロセッティら共同経営者が名前だけになっていたことから、反対を受けつつも1875年にモリス・マーシャル・フォークナー商会を解散し、単独経営のモリス商会を設立。

「モリスはデザイナーとしての名声もビジネスも順調になっていきます。それと同時に歴史的建造物の保存をすすめるため、古建築保護協会の設立や社会主義運動への参加など社会活動をおこなっていきます」(安田さん)

モリス商会は、マートン・アビー工房を開設し、染めと織りも加えたテキスタイル部門を中心に活動を拡大していった。なかでも知られているのは、モリスが心血を注いだインディゴ抜染だ。一度全体を染めてから、抜染剤で部分的に脱色し、模様を染め出す技法で、抜いた部分を他の色に染めることができる。大変手間暇がかかるため、インディゴ抜染を用いたテキスタイル「兄弟うさぎ」は、娘のジェニーに悪戦苦闘の末に成功したと手紙を残しているほど。

兄弟うさぎ(白)1882年 インディゴ抜染によるテキスタイル
モリスが赤と黄色をインディゴ抜染による藍に組み合わせた最初のテキスタイル「いちご泥棒」を説明する同展担当の安田篤生学芸課長

さらに試行錯誤の結果、各色を個別に染めて、刷り、抜くという非常に高度なプリント技法で生み出されたテキスタイル「いちご泥棒」は、モリス商会のプリント木綿のなかでもっとも高価で人気を得た作品になった。

他にも、テムズ川に魅せられたモリスは、レッド・ハウスの周辺を流れるクレイ川、生まれ故郷を流れるリー川など、テムズ川支流の名前が付けられたパターンのテキスタイルを制作している。

テムズ川支流の名前がついたテキスタイル。手前から、クレイ(橙)、ロウデン、リー、メドウェイ。 「川は物流として商売にも必要ですし、公共機関として、モリスにとって身近にある存在だったのでしょうね」と安田さん。

 

書物芸術の復興へ、モリスの理想は中世の手仕事

晩年は、私家版工房「ケルムスコット・プレス」を創設。衰退しつつあった書物芸術の復興に乗り出す。中世主義であったため、中世の彩色写本などを蒐集し、装丁などすべてにこだわりぬいて「書物の芸術」を追究していった。

「私の願いは美しい活字で美しい用紙に印刷し、美しい装丁で製本することができるのを証明することであり、書物というものはすべて(美しいもの)であるべきだ」(ウィリアム・モリス)

実際、趣味に留まることなく、書誌学協会で「理想の本」について講演もしている。

ウィリアム・モリス著『世界のかなたの森』ウィリアム・モリス Photo ⓒBrain Trust Inc.1894 年21 x 14.8 cmケルムスコット・プレス

こだわりは尽きることなく、書体(フォント)も3種類デザインしているというのだから驚きだ。安田さんも一番印象深い作品は、「本」だという。「中世の書物を参考にしているのに、紙にこだわり、レイアウトにもこだわる現代のエディトリアルデザイン、グラフィックデザインに通じる魅力と美しさを備えていると思います」と語る。

 

生活のなかに「中世の職人的な手仕事の美しさ」を求めて、アーツ・アンド・クラフツ運動へ

「アーツ・アンド・クラフツ運動」は、19世紀の産業革命による大量生産で多くの粗悪品が市場に出まわったことに起因する。生活の中に優れた美と実践的な要素を取り入れることを主張し、この運動を先導したモリスについて、安田さんは「モリスの理想としたのは、中世の職人的な手仕事の美しさ。ある意味、産業革命以降の時代に逆行した矛盾する部分があります。しかし、結果的にモダンデザインという現代に通じる生活の中に美的なプラスアルファをもたらしました。そういったモリスの影響を受けて、モリスの仲間達や下の世代に「アーツ・アンド・クラフツ運動」として繋がっていきます」と語ってくれた。

 

モリスや富本憲吉が追及した暮らしを彩るデザインと現代の私達

生家(奈良県安堵町)に自生していた「テイカカズラ」をモチーフにした富本憲吉の代表的な「四弁花模様」本来五弁花なのだが、四弁花に図案化している
陶磁器を日用品として量産し、民衆の生活に安価かつ美しい陶器を提供したいと試みた富本

 

「アーツ・アンド・クラフツ運動」の動きは日本へも。重要無形文化財「色絵磁器」の保持者として人間国宝第1号に選出された近代陶芸の巨匠・富本憲吉は、学生時代に(1908~1910年まで)「実物のモリス作品を観たい」とロンドンへ留学した経験を持つ。富本作品には、植物や故郷の安堵町(あんどちょう)を流れる大和川など、身近な自然がデザインとして登場する共通点がある。富本も日用品をプロデュースし、暮らしを彩るデザインを追及した。

「今の我々の生活には、良いもの、悪いもの含めて多くのデザインに溢れています。我々が暮らす現代の基礎となったのがモリスを含めた19~20世紀のモダンデザインの運動の成果なので、その原点をモリスから感じていただけたら。ただ彼自身は中世の手仕事へ回帰しようとしたのでその矛盾がおもしろいですね」(安田さん) 

私達の暮らしにもう1つデザインという付加価値をつけて、彩る楽しさを・・・と改めて思わせてくれる巡回展だ。

(フリーライター いずみゆか)