【レビュー】「イワゴーワールド」全開、大人から子どもまで楽しめる写真展 「岩合光昭の世界ネコ歩き」 東京富士美術館

ガゼット♀3歳 パリ 

展覧会名:写真展「岩合光昭の世界ネコ歩き」

会期:2021年6月1日(土)~8月29日(日)。月曜休館、ただし8月9日は開館し、10日が休館。 

会場:東京富士美術館(東京都八王子市谷野町、JR中央線八王子駅からバス(創価大正門東京富士美術館行きか創価大学循環)に乗り、創価大正門東京富士美術館のバス停で下車、京王八王子駅からも同様のバスで行ける

観覧料:一般1000円、高校生・大学生600円、中学生300円ほか

※詳しい料金などは公式サイトへ。

劇作家で演出家の唐十郎氏が率いる劇団唐組の公演情報を見るたびに、ニヤリとさせられる一文がある。

  独立した幼児以外の幼児は入場をご遠慮下さい。

 独立した幼児。それは一体何なのだろう。自分でおむつを替え、着替えや食事もてきぱきとし、自立した生活を送る幼児なのか。悲しい時も楽しい時も感情のコントロールをして、他人に迷惑をかけないように振る舞う幼児なのか--。

暗いテントの中で、大勢の大人たちに混じってシュールで私的な唐さんの舞台に釘付けになっている幼児。そういう姿を想像すると、何となく頬がほころんでくるのである。

ガゼット♀3歳 パリ

岩合光昭氏の写真を見るたびに思うのは、画面に現れているネコたちが「独立しているネコ」だということだ。どの子も自分のやりたいことを自分のやりたいように行い、自分の行動は自分ですべて責任を取る、と主張しているようである。それは岩合氏の撮るネコが、飼いネコであろうが地域ネコであろうが、屋外を自由に闊歩している「外ネコ」中心であることと関係があるような気がする。

キアーラ♀3歳 ノルウェー

ちまたにあふれている動画に登場するネコたちは、室内飼いの「家ネコ」がほとんどである。人間の保護の下で生きている彼らの特徴は、「かわいらしさ」に特化していること。「外ネコ」が保護されて「家ネコ」に変わっていく過程を映している動画を見ていると、みるみるうちに表情が柔和になっていく。……いや、別にそれがダメだと言っている訳じゃありませんよ。そういうネコのかわいらしさは、それはそれで素晴らしい。ただ、岩合さんが撮影しているネコさんたちの魅力は、それとはまったく異質だ、ということなのですよ。

ドメニコ♂10歳 シチリア

さてさて。

「岩合光昭の世界ネコ歩き」はNHKBSプレミアムの人気番組である。2012年8月に3夜連続の特別番組としてスタートし、翌年レギュラー化され、月1回のペースで新作が放送されているようだ。動物写真家として有名な岩合氏が世界中で出会ったネコたちを撮影する、という番組だ。2017年には「劇場版 岩合光昭のネコ歩き コトラ家族と世界のいいコたち」という映画も公開された。

オルガの子どもたち(生まれてすぐ、♂♀ともにいます) ベルギー

  登場するネコたちは、いずれも表情豊か。屋外を駆け巡り、ブタやヒツジ、イヌたちとも楽しく交流し、人間に甘え、時には哲学的な遠い目をする。「独立したネコ」たちの生活は、ナチュラルで奔放だ。この写真展は、その番組から生まれた写真集『岩合光昭の世界ネコ歩き』(クレヴィス)がベースになっているが、様々なしがらみに縛られ、日々の生活に追われる現代人たちにとって、ネコたちの自由さは大きな魅力だ。だからこそ、この番組は単なるネコ好きだけでなく、多くの視聴者から広く支持を受けているのである。

グァランゲティ♂(生後5か月)とブタのローリー♀(生後6か月) ウルグアイ
ラバ♀(2歳半)とイヌのスヌーピー♀ ハワイ

それにしてもこれだけ表情豊かな写真がどうやったら撮れるのか。岩合氏は著書『ネコを撮る』でこう書いている。

《ネコを撮るとき、視線をネコと同じ高さにします。ネコの目線になってみるとヒトの足元や地面のかたさ、土の色や匂い、もっと小さな者たちの営みを、つぶさに感じます》

『野生動物カメラマン』(集英社新書ビジュアル版)で説明する動物写真のコツはこうだ。

《まず「見る」ことを重視します。頭で考えた理屈でなはなく、自分の目で見たこと、さらに五感がキャッチしたことをもとに自然と体を動かすのです。その一環として、動物と同じ行動をとってみることもあります》

なるほど、自分の「撮りたいもの」にこだわりすぎず、被写体の動きにこちらを合わせる。いわば「動物ファースト」の精神が必要なのですね。

重要なのは、《ネコが主人公なのだから、ネコの立場になって考えること》(『ネコを撮る』)なのだ。

ガヤ♀4歳 パリ

だとすれば、岩合さんの写真が他のネコ写真となぜ違うかが分かってくる。人間社会の隙間を付いて、自分の意思で動き回る「独立したネコ」たち。彼らは、われわれの身近に存在する「小さな野生」なのだろう。人間とともに生きていながら、時折見せる「野生」の強さ、切なさ、りりしさ、輝き。それが見えるからこそ、岩合さんの「ネコ」は色っぽく、魅力的なのだ。

ソシソン♂7歳 パリ

ただかわいいだけではない、しっかり自分の脚で立った「独立したネコ」たちが集まった写真展。夏休みを利用して、親子で楽しんでみてはいかが。

(事業局専門委員 田中聡)