【レビュー】空模様と人々の暮らし 繊細に描いた絵師たち「江戸の天気」展 太田記念美術館

歌川広重《名所江戸百景 亀戸梅屋舗》

展覧会名:「江戸の天気」

会期:2021年6月26日(土)~8月29日(金) 

前期 6月26日(土)~7月25日(金)

後期 7月30日(金)~8月29日(日)

会場:太田記念美術館(東京都渋谷区神宮前、JR山手線原宿駅から徒歩5分、東京メトロ千代田線・副都心線明治神宮前駅から徒歩3分)

観覧料:一般800円、高校生・大学生600円、中学生無料ほか

 

21世紀の現在と比べて、江戸時代は2度ばかり平均気温が低かったという。今より少しばかり過ごしやすいだろうけど、それでもやっぱり暑い夏、心地よい気候の春と秋、しんしんと日常的に雪が降る冬――。ともすれば「暑い」と「寒い」の二季しかないように感じる令和の東京と比べると、かの時代の江戸は鮮やかな四季に囲まれていたのである。

葛飾北斎《富嶽三十六景 礫川雪ノ旦》

だからだろうか、日本人は空模様に敏感である。雲の形、空の色、降った晴れたの空気の違い。浮世絵という小宇宙の中にも、そういう日本人の感覚がふんだんにちりばめられている。そこにスポットライトを当てたのが、この展覧会だ。

歌川広重《名所江戸百景 大はしあたけの夕立》

「雲」や「雪」、「空」。様々な気象現象がテーマになっているが、中でも目を引くのが「雨」の作品の多彩さだ。豊富なアイデア、構図の多彩さなど、様々な工夫が凝らされて、強い印象を残す作品が並ぶ。温暖で湿潤な日本の気候。時雨、驟雨、細雨、地雨、天気雨……、雨にまつわる言葉の多さが、日本人と雨の緊密な関係を物語っていいるのだが、浮世絵表現もそうなのである。

小林清親《梅若神社》

夕木立の激しさを黒い線で表した広重の《名所江戸百景 大はしあたけの夕立》。対照的に白抜きの線で降りしきる雨をあらわした小林清親の《梅若神社》。一昔前のJポップの歌詞が頭に浮かんだ。

〽いつの間にか降り出した雨 窓の外は銀の雨が降る (松山千春『銀の雨』)

歌川国貞《夕立景》

「雨」そのものだけでなく、それにまつわる生活も描かれる。国貞の《夕立景》は雷をともなうゲリラ豪雨に遭遇した庶民生活の一コマ。蚊帳の中で耳をふさぎ、慌てて雨戸を閉めようとしている所である。雨の中遊郭に来た客の着物をかわかす遊女たち、急な雨に駆け出す女性……、絵師たちの筆は様々な人生模様を描き出すのだ。

歌川広重《名所江戸百景 高輪うしまち》

そして雨が降り終わった後。空には美しい虹がかかる。「NO RAIN、NO RAINBOW」。岡村孝子、水樹奈々、BABYMETAL……。現代でも様々なミュージシャンが歌う希望のイメージ。「江戸の天気」は令和のわれわれにも身近なのである。

(事業局専門委員 田中聡)