図録開封の儀!特別展『よみがえる承久の乱―後鳥羽上皇VS鎌倉北条氏―』

美術展や展覧会の図録は、展示品の写真や解説だけでなく、そのテーマについての最新の研究成果なども分かりやすく紹介する。最近は会場での販売以外にも、インターネット通販などで購入できるケースも増えている。美術展ナビの記者たちが、展覧会を2倍、3倍に楽しもうと、図録を「開封」する。第1回は、『よみがえる承久の乱』展。

800年の節目

2021年は、承久の乱からちょうど800年。
承久3年(1221年)に起きた承久の乱は、後鳥羽上皇が鎌倉幕府打倒の兵をあげたが、敗れ、隠岐へ島流しにされた日本史の有名な事件だ。
京都文化博物館で、4月6日から5月23日までの日程で始まった特別展「よみがえる承久の乱―後鳥羽上皇VS鎌倉北条氏―」だが、緊急事態宣言発令を受けて、4月25日から臨時休館、そのまま閉幕となった。

後鳥羽上皇の目的は?

承久の乱といえば、幕府打倒が目的というのが定説だ。だが、近年は幕府打倒説に加えて、後鳥羽上皇が執権北条義時その人を討伐するのが目的で、武家政権そのものを否定していたわけではなかったとの説も有力になっているという。
幕府の中枢である執権を討伐するなら、イコール幕府そのものを倒そうとしたのではないか、と思っていた。だが、図録の総論「後鳥羽院と承久の乱」(長村祥知・京都文化博物館学芸員)を読むと、その説の成り立ちが説明されている。

娘に預けていた後鳥羽の荘園があったが、荘園の地頭が娘をないがしろにしたため、後鳥羽は地頭職の停止を鎌倉に要求。しかし鎌倉は拒否。その地頭とは、北条義時本人だったというのだ。「これだけが承久の乱の原因ではないだろうが、後鳥羽の感情と北条義時の利害が直接交わった出来事として注目される」(10ページ)という。

日本語や生活文化の源流も

西谷功・泉涌寺宝物館心照殿学芸員の「承久の乱前後における宋文化のひろがりと京洛東山」も、現在に通じる日本語や生活習慣が、この頃に入ってきた海外文化を受け入れてできた様子がわかって面白い。
例えば、椅子は、なぜ「いし」でなく、「いす」と発音するのか。
日本は清潔なトイレ文化を持っているが、この頃の日本で便所はまだ一般的ではなく、「入宋僧によるトイレ革命である。泉涌寺もこの未知なる習慣には困惑したようで、俊芿しゅんじょうは「東司内外」での「狼藉」を諫め、マナーやルールを寺法に追録している」(179ページ)という。
俊芿しゅんじょうは、泉涌寺を開山した僧侶。東司(トウス)は、便所のこと。

展示品の資料解説だけでなく、こうした論考が4本、コラムも14本と充実しており、鎌倉時代を知る読み物としても楽しめる。

図録は2800円(送料別)。インターネットのミュージアムグッズオンラインストアで購入できるほか、図録を図書館に寄贈できるなどのクラウドファンディング(下のリンク参照)も行われている。

「後鳥羽上皇vs鎌倉北条氏!コロナ禍で閉幕の「よみがえる承久の乱」展。最新知見が満載の図録を届けたい」

(読売新聞デジタルコンテンツ部 岡本公樹)

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