「モネが見た光」をそのままに 「モネ―光のなかに」展(ポーラ美術館) 会場構成の中山英之さんに聞く

天井、壁、照明、床と随所に工夫を凝らした展示会場(撮影:中山英之建築設計事務所)

ポーラ美術館(神奈川県箱根町)が、その充実したコレクションを披露する「モネ―光のなか」展(来年3月30日まで)は、ユニークな展示空間で新鮮なモネの鑑賞体験を味わえると評判だ。「会場全体を自然光に限りなく近い質の光で満たされた空間に置く」というコンセプトに基づき、会場構成を担当した気鋭の建築家、中山英之さんにリモートでお話を伺った。(聞き手・読売新聞東京本社美術展ナビ編集班 岡部匡志)

<モネ―光のなかに>展 印象派を代表するクロード・モネ(1840-1926年)の作品を、国内最多の19点収蔵するポーラ美術館。このうち本展では《ルーアン大聖堂》(1892年)、《睡蓮の池》(1899年)、《サルーテ運河》(1908年)など11点を紹介する。陽光と色彩を求めて戸外で作品を描いたモネに相応しい空間として、「曇りで日の出の2時間後、ないし日没の2時間前」の光を会場に再現した。概要はこちら

足元に影がない

Q 展示会場に入ると足元に影がなくて、足音もほとんどしない。どこからともなくふんわりとした光に包まれている不思議な空間に魅入られました。

A 天井全体を幕で覆い、間接照明で空間全体を柔らかい光で満たしました。足元の絨毯は毛足や色味を探し求めて見つけたドイツ製のもので、ほとんど足音がしません。屋外は音が拡散して「コツコツ」という音はあまり響きません。その環境に近づけるためです。

Q そもそも、どうしてこうした空間を作ろうと考えたのでしょう。

A 最初の直観で「時空を超えて、モネと一緒にヨーロッパを旅行しているような空間にしたい」と。絵画のことは詳しくありませんが、モネには絵画の歴史に新しい風を吹き込んだ人、というイメージを持っています。権力者やパトロンに命じられて絵を描くのではなく、キャンバスを持って自由に外へ出て制作に取り組むことで、芸術は誰かの特定の人のためのものではなく、すべての人に開かれているものなのだ、ということを示してくれました。複雑な寓意がなく、宗教的なメッセージも希薄なごく普通の風景に、私たちは価値を見出すことができるのか、という大切な問いかけをしています。そうした彼の作品を見るには、自然な光にできるだけ近づけた空間が相応しいだろう、と思いました。

中山英之さん(撮影:Takashi Kato)

技術革新に支えられて実現

Q 作品が制作された時の光と、できるだけ近い条件でみるほうがいい。考えてみれば当たり前のことでもありますね。

A そうした考え方は決して私のオリジナルのものではなく、これまでもモネの作品を自然光や間接光の下で鑑賞する試みはいろいろなところで行われています。今回のプロジェクトの特徴といえば、様々な分野のイノベーションを取り込み、組み合わせた点だと思います。モネが外界の光と色を作品に定着できたのも、芸術上の要請に加えて、絵具や画材の進歩を積極的に取り入れたことや、交通機関が発達して、あちこち移動して自由に屋外で制作に打ち込めた、という技術革新が支えた面が大きいです。私たちが様々な技術や知見を導入したことは、そうしたモネの姿勢とも合致しているはずです。

モネの名作をゆっくり味わえる展示会場。撮影:Gottingham(ポーラ美術館提供)

柔らかく光を反射

Q 現場ではどのような工夫や苦労があったのでしょう。

A 「天井を曇り空にする。絵に光を直接当てない」という基本的なセットアップの方向はすぐに決まりました。これを実現するにあたって様々な要素をチューニングしていくのに想像以上のエネルギーと時間がかかりました。優れたプロフェッショナルの方々の協力が得られたおかげで、素晴らしい成果を生み出せました。

天井を幕で覆うにあたっては、「(株)丸八テント商会」(名古屋市)という経験豊富な施工業者さんにお願いしました。PCR検査を行うような大きな仮設テントを屋内に作るイメージですが、裏が透けない遮光性が求められ、ピカピカ光らず、柔らかく光を反射することが重要。屋内なので防炎性も必須、と条件がいくつもありました。そうした条件に合うテキスタイルとして、フッ素が加えられたポリエステル生地で、遮光率100パーセントのものを選びました。

120台のLED照明が会場を「曇りで日の出の2時間後」の柔らかい光で満たした。(撮影:中山英之建築設計事務所)

照明はどこ

Q 照明はどうでしたか。会場にいると、「どこに照明が付いているのだろう」と不思議でした。

A 会場に据え付けた壁の上部に120台のLED照明をつけました。最新のもので、調光や調色を自在にできるタイプ。ここでも「(株)岡安泉照明設計事務所」(東京)という、その道では知らない人がいない「光の設計のプロ」に協力してもらいました。作品を保護するため、展覧会場の絵の直近では「明るさはこのルクス数まで」ということが学芸員によって厳格に決められています。この規定値に合わせつつ、光の3原色を様々に調整しながら混ぜ合わせて、適切な色温度にしました。壁に近いところは照明の光が集まるなどしますし、会場全体を均質な明るさにするには、ひとつひとつの照明について非常に細かい調整が必要でした。手元のタブレットで自在に調光や調色ができるLEDとその周辺機器が開発されていたからこそ、こうした展示が可能になりました。

作品を掲示する壁の裏側はむき出しで観客の目に入る。これにも理由がある。撮影:Gottingham(ポーラ美術館提供)

ガラスへの映り込みは

Q 壁の裏側がそのままむき出しになっていたのにもびっくりしました。

A まるでオフィスの書類棚のように殺風景ですが(笑)、これは作品を保護するガラスに天井からの光が反射しないようにするための工夫です。モネが見た光を再現する上で、どうしても気になるのがガラスへの映り込みです。ガラスの存在は唯一、モネが作品を作った時と違う部分です。今回は作品を照らすスポットライトを使わないので、場内で天井が一番明るいのですが、これがガラスに映るのが大問題になりました。きわめて低反射のミュージアムガラスを使っていても、映り込みは避けられないものです。そこで壁の裏側に濃い色を選んで、ガラスになるべく正対させることで、天井からの反射を打ち消すようにしました。

壁の配置は何十ものバリエーションを検討して決定した。(撮影:中山英之建築設計事務所)

カーブした壁にはもうひとつの狙いがあり、会場の時空の流れに句読点をつけないようにしたかったのです。壁がカクカクしていると、時間や空間の連続性が切れてしまいます。カーブした壁に沿って動くことで、モネと一緒にいて、気づいたら別に場所にいた、という空間にしたかったのです。

限られた空間で、なるべく作品と正対させるようにしながらいかにカーブさせた壁を配置するのか、という点は私たちが特に力を入れたところです。何十もパターンを考え、CGでどのように見えるかを確認しながら微調整を繰り返し、今の形になりました。

作品が掛かっているのは、屋外でごく普通に見かけるトタン板。これにももちろん理由がある。

トタン板は「相性がいい」

Q 作品が掛かっているのは、工事現場や農地などでよく見かけるトタン板ですね。これにもびっくりしました。

A 普通の展覧会では「経師貼り」といって、壁にクロスをはり、つなぎ目をテープで合わせて作品を掛けるのですが、今回のように曲線が連続する壁だと、どうしてもつなぎ目が目立ってしまう。そうなると、狙いとしていた「連続する空間」ではなくなってしまいます。また、今回の展示では天井や床を施工した後でないと壁を搬入できず、壁自体も上部に照明をつけるスペースが必要なのでかなり厚みが必要で、搬入作業は大掛かりになります。加えてタイトな工期の中でノリやテープを使った作業をするのは厳しいので、現場の作業がシステマチックに進められるよう、つなぎ目をネジで止めるだけで済む波打ったトタン板を使うことにしました。既製品のカタログにあったままの、おそらく日本の風景色からとられたグリーンのトタンにしました。

様々な理由があって選んだ、素朴で安普請な外装材なのですが、モネは「積みわら」なんていう、屋外でごくあり触れたものもモチーフにした人なので、きっと相性がいいはず、という思いもありました。

クロード・モネ《ジヴェルニーの積みわら》1884年

モネが考えていたバランス

Q 完成した展示室で、モネをみた印象はいかがでした。

A 実際の展覧会が始まると光を調整することはできませんが、セッティングの段階ではさまざまな色温度をテストしました。モネが屋外にキャンバスを置いて、そこに降り注いだものと考えられる光を再現すれば、彼に見えていた色のバランスや明度のコントロールに近いものが分かるはずです。当たり前のことをやったに過ぎないのですが、その絵の見えていなかった表情が見えてきた気がします。画家が考えていたバランスが分かることによる驚き、それは想像以上のものでした。

Q 言語化するのが難しいところですが、それまで持っていたモネの作品のイメージとどう変わりましたか。

A 絵は発光するのだな、と思いました。絵の具そのものが光ることはなく、私たちは反射した光の振る舞いをみているわけですが、絵そのものが光ってみえました。といってもライトのように光るということではありません。光は霞がかかったり、もやもやしていたり、ほとんどぼやけて輪郭しか見えなかったり、など様々な振る舞いをしますが、絵がそうした光を放っているというか。これは作品にスポットの光を当てては出せないものだと思いました。

通常より、かなり白く振った色温度に設定した展示室。新しいモネを発見できるかも。撮影:Gottingham(ポーラ美術館提供)

Q 素人目ですが、ふだんみるモネよりかなり落ち着いた印象を持ちました。

A これまでのモネの展示では、暖色系に振った色温度がスタンダードだったのですが、今回はかなり白く振っています。そこに新鮮さがあるかもしれません。

「気付かなかった」が最高

Q 展覧会が始まってからの反響はいかがでしょう。

A 建築好きな友人が「会場を何周もしたよ」と気に入ってくれたのですが、「天井?幕があったの?照明?気がつかなかった」と。それほどモネの世界に入り込んでくれたということなので、「やった~」という気分でした(笑)。作品を保護するガラスの存在に気付かなかった人もいました。会場の構成に関心が行かないことが最高、ということですね。

Q 今回のプロジェクトを振り返ってみていかがでしょう。

A 学芸員さんの仕事の尊さを改めて痛感しました。作品を守るには猛獣使いのように細心の注意が必要で、一緒に仕事ができて非常に興味深く、楽しかったです。今回はあくまで裏方の仕事なのですが、パンフレットや広報にも私だけでなく、協力してくださった会社についてもしっかり記載してくださり、美術館としての姿勢を感じました。会場の構成によって、鑑賞の環境は全然違うものになる、ということを示すことができたと思うので、今後、こうした取り組みに光が当たるきっかけになれば、と思います。

中山英之(なかやま・ひでゆき)さん 建築家 1972年福岡県生まれ。1998年東京藝術大学建築学科卒業。2000年同大学院修士課程修了。伊東豊雄建築設計事務所勤務を経て、2007年に中山英之建築設計事務所を設立。2014年より東京藝術大学准教授。主な作品に「2004」、「O邸」、「Yビル」、「Y邸」、「家と道」、「石の島の石」、「弦と弧」、「mitosaya 薬草園蒸留所」、「Printmaking Studio/Frans Masereel Centrum」(LISTと協働)。主な受賞にSD Review 2004 鹿島賞(2004年)、第23回吉岡賞(2007年)、Red Dot Design Award(2014)、JIA新人賞(2019年)

展覧会名:モネ-光のなかに 会場構成:中山英之

 会 場:ポーラ美術館 展示室3

会 期:2021年4月17日(土)~2022年3月30日(水)

協 力:協力:株式会社丸八テント商会、株式会社 遠藤照明、(株)アーテリア

後 援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本

企画協力:株式会社中山英之建築設計事務所、株式会社岡安泉照明設計事務所

(読売新聞東京本社事業局美術展ナビ編集班 岡部匡志)

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