特別展「生誕130年記念 髙島野十郎」巡回展 「空(くう)を描き、徹頭徹尾自身の画業を貫いた写実の画家」最多の出展数だった奈良展担当学芸員に魅力を訊く

4月17日に開幕した奈良県立美術館の巡回展は、新型コロナウイルス感染拡大により、5月1日から休館のまま閉幕。

<奈良県立美術館臨時休館中 3日間限定の髙島野十郎展公開情報>

奈良県立美術館は臨時休館中だが、5月27日(木)~5月29日(土)までの3日間限定で、観覧整理券の配布により人数制限し、髙島野十郎展が公開されることが決まった。

新型コロナウイルス感染拡大により、本来、昨年(2020年)に開催予定だった柏市民ギャラリー、高崎市美術館が延期。新たに瀬戸内市立美術館での開催が追加になった。

<2021年「生誕130年記念 髙島野十郎展」巡回スケジュール>

※展示内容が奈良県立美術館と多少異なる場合あり。詳細は各会場にお問い合わせを。

 

没後に光が当てられた画家

2020年に生誕130年を迎えた福岡県久留米市出身の洋画家・髙島野十郎(1890~1975)。画壇に属さず、独学で徹底した写実による独自の画境に達した画家として近年注目を集めている。他のどの写実派画家とも違う「主観を排除した清明さ」(『過激な隠遁 髙島野十郎評伝』 著:川崎浹 求龍堂より)に惹きつけられ、熱心なファンが多い。

野十郎は没後に光が当てられた画家で、世に認知されるようになってから、まだ40年ほど。野十郎が亡くなって5年後の昭和55年(1980)に福岡文化会館(現・福岡県立美術館)が福岡県出身の近代洋画家らの展覧会を開催した際、野十郎の「すいれんの池」が当時の学芸員である古川智次氏の目に留まった。その後本格的な調査がなされ、世に認知されるようになった経緯がある。

「すいれんの池」昭和24年(1949)福岡県立美術館蔵 髙島野十郎が世に認知されようになった起点の作品。新宿御苑を描いたものといわれ、現在判明している野十郎作品の中では最大の作品

 

髙島野十郎の巡回展開催は、今回が4回目。特別展「生誕130年記念 髙島野十郎展」は、昨年(2020年)スタートし、2021年4月17日に開幕した奈良県立美術館(以下、奈良展)が最後の巡回先だ。だが、奈良展は、新型コロナウイルス感染拡大により、開幕して10日ほどで、臨時休館。そのまま閉幕を余儀なくされてしまった。

当初、同巡回展のトリを飾る予定で※、最多115点の出展数を誇った奈良展担当の深谷聡学芸員に髙島野十郎作品の魅力を伺った。また、同巡回展では計11点の全国初公開作品があり、それらすべてが鑑賞できたのも奈良展のみだったので、一部ご紹介したい。

※新型コロナウイルス感染拡大の影響で日程が変更になるなどし、瀬戸内市立美術館(岡山県)、柏市民ギャラリー(千葉県)、高崎市美術館(群馬県)で、今後巡回が予定されている。

展覧会の構成は、どの会場も第1章~第4までは若い頃からの作品が時系列で展示され、第5章で野十郎作品の中でも特徴的な「光と闇」をテーマにした作品が展示されている。

東京帝国大学農学部水産学科を首席卒業から、ほぼ独学で画家の道へ

明治23年(1890)に福岡県久留米市の酒造業を営む裕福な家に生まれた髙島野十郎は、本名を髙嶋彌壽(やじゅ)という。美術学校への進学を反対されたといわれており、東京帝国大学農学部水産学科を首席で卒業。その後、独学で画家への道を進んだ。

若い頃の野十郎作品は、全体的に画面が暗く重い印象のものが多く、そのなかには自画像もある。現在4枚の自画像が残っており、帝国大学在学中に描いたとされる作品も。

「傷を負った自画像」福岡県立美術館蔵 「こちらを睨みつけるような目つき、半開きの口など表情に注目してしまう、当時の複雑な内面を思わせるような作品。自画像なので、目線は自分自身を見ています」と深谷さん

野十郎の作品には、リンゴなどの果物を描いたものが多い「静物画」と大学卒業後渡欧した頃からの何の変哲もない風景を描く「風景画」がある。それぞれに野十郎独特の特徴があり、「静物画は、斜め上から当てるライティングや光のたっぷり差し込んだ明るい画面が特徴で、画面の中に水平線がしかれ、安定感がある構図です」と深谷さん。そして、「風景画は、ありふれた風景を丹念に描いていくことで、実際の風景にある温度、湿度、風の動きやこの風景になるまでの時間の経過をも捉えて封じ込めるような画風を極めていきます」と説明する。

ちなみに、画壇と交わらなかった野十郎だが、渡欧中も他の画家と交流せず孤高を保ったという。

全国初公開作品「静物」昭和22年 柏市所蔵 姉の嫁ぎ先(福岡県八女市黒木町)に疎開していた頃の静物画の作品。戦後間もない頃、手に入りにくい貴重な画材を使い隅々まで丹念に描いている

 

「空の塔 奈良薬師寺」昭和30年 個人蔵

奈良展の最初を飾った「空の塔 奈良薬師寺」は、上空にそびえるように奈良の薬師寺東塔の姿が描かれている。画面の中で水平垂直を大事にした野十郎らしく、垂直にまっすぐ伸びる東塔が印象的だ。

深谷さんは、「野十郎らしいなと思うのは空。空の割合が多く、単なるブルーではなく、うっすらピンク(赤味)が入っており、上はブルーが濃く下は淡い。野十郎が描く空は、雲になるような水蒸気などもモノとして掴んでいるような描きぶりで、空気の触感を把握しています。空と塔、完成作品になった時にどちらかが主役という訳ではなく、お互いが補完し合って成立する作品」と魅力を語る。展示の隣には塔のスケッチもあり、塔の部材もぬかりなく描かれている。「感じたものを全部描こうとした。作品とそういう向き合い方をした画家」と話す。

野十郎のものの見方

また、野十郎作品には仏教的な世界観が通底してあるといわれ、画家の青木繁とも交流があり、仏教に傾倒した長兄の宇朗の影響があったという。

興味深いのは、仏教的な思想があったとしても、儚い生死観など一般的な仏教思想を持って自身の感情を表した画家ではないところ。深谷さんは「絵に対して持っていた感覚は、今ある状態をどういうものとして認識したか。野十郎は感情的にものを見ておらず、個人の感情を全面に押し出すタイプではなかった。そこが理系的だなと感じます」と語る。

「春の海」昭和27年 福岡県立美術館蔵 奈良展担当の深谷学芸員が一番好きな作品

深谷さんが個人的に一番好きな作品は、故郷の有明海の春の海を描いた「春の海」。野十郎が生涯自分の手元に置いていた作品だ。「湿気を含んだ春らしい空気を描ききったような作品で、なんとなく風が体感としてこちら側に伝わってくる。そこに(感情的にものを見ない)野十郎本人の情感が見え隠れし、ぐっと本人の姿を掴めそうな作品だと思います」(深谷さん)

仏教の空(くう)を描いた画家「光と闇」 

蝋燭や月、太陽をテーマにした連作は、野十郎の画業の中で最も特徴的なものだ。

「蝋燭」大正時代 福岡県立美術館蔵  作曲家の高木日向子さんは、野十郎の「蝋燭」から着想を得て「L‘instant(ランスタン)」を作曲。2019年ジュネーブ国際音楽コンクール作曲部門1位を受賞した

大正期から描いていた「蝋燭」は、特に有名な作品として知られている。親しくしている方やお世話になった方にお礼のために渡された作品であり、約40作品ほどあるが、すべて小ぶり。揺らめくように炎が真っすぐのびている様子はあたかも実物の蝋燭を見ているかのような感覚に襲われる。しかし、蝋燭の画題に何を込めたのはわかっていない。

「秋陽」(右)昭和40年頃 福岡県立美術館蔵、「無題」(中央)昭和42年頃 福岡県立美術館蔵

太陽の光を描いた作品は、太陽というよりも光そのもの、もしくはその光に照らされた空気を描いたとされる。また闇を捉えるために目を閉じた時の瞼の裏の残像を描いたような「無題」(画面中央)もインパクトがある。

「月」昭和37年 福岡県立美術館蔵 「月うかぶ空のまことのむなしくも 我が身のほどの思ひ知らるる」野十郎遺稿ノートより

晩年は、東京から千葉県の柏に移住。ポツンと一軒家の水道も電気も引かれていなかった柏のアトリエ(自宅)を野十郎は「パラダイス」と呼んでいた。柏に移住してからたくさん描いた月夜の作品。月が主題だが、決して主役ではなく、月の光やその光が草にあたってどういう風に見えるか克明に観察し描いている。

奈良展のトリを飾った作品「月」は、夜空に月だけが描かれる。「月の光を描くことで、むしろ逆に闇(闇夜の空間)を描こうとしました」と深谷さん。更に、野十郎は仏教の考え方に非常に関心を持っていたことから、「仏教の空(くう)というものの見方、捉え方だと思います。一見、無いように見えるけれど確かにあるものを画面の中に描こう、描き切るという姿勢がみられます」と力を込める。

生涯独身を通した孤高の画家として知られる野十郎だが、意外にも実生活では、人を寄せ付けないタイプではなく、親しい人達と交流して、決して孤独では無かった。 最後に深谷さんは、「あくまで絵に関して、独りを貫いて自身の画業をまっとうしました」と話す。捉えどころのない空(くう)を描き、徹頭徹尾己の画業を貫いた野十郎の生きざまをぜひ、作品から感じて欲しい。

 (フリーライター いずみ ゆか)

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