【レビュー】《曜変天目》の向こうに《源氏物語屏風》、隣には《包永》… 名品ばかり 「旅立ちの美術」展  静嘉堂文庫美術館で始まる

手前=国宝《曜変天目》建窯 南宋時代(12~13世紀)  奥=国宝 俵屋宗達筆《源氏物語関屋澪標図屏風》江戸時代・寛永8(1631)年

2022年に展示ギャラリーが移転するのを前に、7点の国宝を始めとした所蔵する名品の数々を展示。静嘉堂文庫美術館で現展示ギャラリー最後の展覧会「旅立ちの美術」展が410日始まった。

「旅立ちの美術」展

静嘉堂文庫美術館(東京・世田谷区岡本)

会期 410()66()

前期 410()―59()

後期 511()6月6日(日)→6月13日(日)に会期延長

前後期で一部展示替えあり

開館時間 午前10時~午後430分(入館は午後4時まで)

休館日 月曜日(53日=月・祝日=、6月7日は開館)56()

入館料 一般1000円ほか   中学生以下無料

障がい者手帳提示の方および同伴者1700

二子玉川駅からバス810分、「静嘉堂文庫」下車徒歩約5

二子玉川駅から徒歩2025

 

詳しくは同美術館ホームページ

 

静嘉堂は三菱の創業者である岩崎彌太郎の弟、彌之助(三菱第2代社長)とその息子の小彌太(同第4代社長)によって設立された。国宝7点、需要文化財84点を含む20万冊の古典籍と約6500点の東洋古美術品を所蔵する。2022年に美術館展示ギャラリーが東京・千代田区丸の内の明治生命館内に移転する。今回は旅立ちに伴う「出会い」「別れ」をテーマに、4章立てで所蔵する名品の数々と静嘉堂の歩みを紹介する。前期には下の7点の国宝がすべて展示されている。

《曜変天目》建窯 南宋時代(1213世紀)
俵屋宗達筆《源氏物語関屋澪標みおつくし図屏風》江戸時代・寛永8(1631)
伝馬遠筆《風雨山水図》南宋時代(13世紀)
倭漢朗詠抄 太田切 平安時代(11世紀)
趙孟頫ちょうもうふ筆《与中峰明本尺牘ちゅうほうみょうほんにあたうるのせきとく元時代(14世紀)
手搔包永てがいかねなが《太刀 銘 包永》鎌倉時代(13世紀)
因陀羅いんだら楚石梵琦そせきぼんき題《禅機図断簡 智常禅師図》元時代(14世紀)

第1章 旅立ち - 出会いと別れの物語

左=重要文化財 九淵龍賝題 《万里橋図》 室町時代・応仁元(1467)年
右=重要美術品 陳賢筆 《老子過関図》明~清時代(17世紀)

「万里の道はここより始まる」――古来、東洋では親しい人との別れの時に詩を詠み、その詩意を描いた絵画とともに贈った。展示はこの旅立ちのはなむけの絵から始まる。《万里橋図》の下部に描かれた石橋は、蜀の丞相・諸葛孔明が呉へ旅立つ使者に「万里の道はここより始まる」といって送り出した「万里橋」だという。

 

《木彫彩色御所人形のうち「宝船曳」・「輿行列」》昭和14(1939)年

人々に福や長寿をもたらす七福神を運んでくれる宝船。七福神がセットになったのは室町時代とされる。布袋が座る宝船は七福神や唐子など58点の人形からなる木彫彩色御所人形の行列の主要部分。三菱第4代社長・岩﨑小彌太の還暦を祝って孝子夫人が作らせたもの。卯年生まれに因んで兎の冠を戴く布袋には小彌太のイメージが重ねられ、輿に担がれる弁天には孝子夫人の面影があるという。重厚な作品群の中で思わず微笑んでしまう作品。

 

国宝 趙孟頫筆《与中峰明本尺牘 》元時代(14世紀)

趙孟頫は中国元代を代表する文人で、フビライに重用された。書聖・王羲之の書風に習熟し、鋭さと伸びやかさを持ち合わせた独自の筆蹟という。《与中峰明本尺牘》第2冊は58歳で長男を失った悲しみを書いたもの。

 

重要美術品 《地蔵菩薩十王図》高麗時代(14世紀)

頭巾をかぶり手に宝珠を持って半跏して座る地蔵菩薩。中国唐時代の僧・道明和尚が誤って地獄に堕とされ冥界を旅している時、頭巾をかぶった地蔵に助けられ、生還後に地獄で見た地蔵を描かせたと言う。地蔵の周囲に描かれた十王についての説明図があり、分かりやすい。

第2章 理想郷へ - 神仙世界と桃源郷

不老不死の仙人になることを夢見た古代の中国人は、死後に魂が旅立つ神仙の世界を墓室の壁画や副葬品の中に造形化した。また、理想郷の入口は日常を過ごす市井の中にも隠れていることが物語に記されている。

谷文晁筆《八仙人図》江戸時代・享和3(1803)年

八仙人のセンターは?――3本足の蛙が吐き出す煙を8人の仙人が取り囲んでいる。左下が常に蛙を携える蝦蟇仙人だが、通常の八仙人には蝦蟇仙人は入らない。谷文晁は異なったメンバーの八仙人を描いている。「センターは(誰だ)?」という説明文のコピーが気が利いている。

 

川端玉章筆《桃李園・独楽園図屏風》のうち右隻《桃李園》明治28(1895)年

文人たちのユートピア――説明文のコピーに思わず頷いてしまう。作者は円山四条派の流れをくむ画家・川端玉章。中国唐時代の詩人・李白「春夜宴桃李園序」に着想したもので、春の宵、桃や李(スモモ)の花が美しく咲く中、月の光の下で酒と詩を楽しむ李白とその従兄弟たちを描く。

第3章 名品の旅路 - 伝来の物語

今日文化財と呼ばれる品々は人の手から手へと渡り、今に至っている。その意味では美術品の伝来の道筋も「旅立ち」と「出会い」を繰り返す「旅路」と言える。

国宝 俵屋宗達筆《源氏物語関屋澪標図屏風》江戸時代・寛永8(1631)年

「源氏物語」第14帖「澪標」()16帖「関屋」()を描いたもの。「澪標図」は住吉詣の源氏一行に遭遇した明石君が参詣せずに浜を去る場面。白砂の曲線で海と浜を分け、船中の明石君も牛車に乗る光源氏の姿も描かずに表現している。「関屋図」は逢坂の関で源氏が空蝉一行に会う場面。共に出会いと別れ、すれ違う恋を描いた斬新な源氏絵。

 

国宝 建窯《曜変天目》南宋時代(13世紀)

天下の名器、私に用うべからず――曜変天目は中国福建省の建窯で焼かれた喫茶専用の黒釉碗のうち、内面に浮かぶ斑文の周囲に青や虹色に輝く光彩が現れたものをいう。完全な形のものは日本に現存する3点のみ。この碗は3代将軍・徳川家光の乳母である春日局の手を経て淀藩主稲葉家に伝わったため「稲葉天目」と呼ばれる。昭和9(1934)年に小彌太の所有となったが、「名器を私に用うべからず」として、生前に使用することは一度も無かったという。

 

国宝 手掻包永《太刀 銘 包永》(附 菊桐紋蒔絵鞘糸巻太刀拵)鎌倉時代(13世紀)

初代包永(かねなが)は大和の刀工一派・手搔派の祖。手搔派は大和五派のうち最大の一派で江戸時代以降も文殊派として繁栄した。

第4章 旅する静嘉堂 - 静嘉堂のあゆんだ130年

恩師の歴史編纂事業を助けるため書籍の蒐集を始めた彌之助は明治25(1892)年に、神田駿河台の自邸に静嘉堂文庫を創設。その後、文庫は1911年に岩﨑家の高輪邸に、1924年に世田谷区岡本に移り、現在に至る。第4章では古写真や図面といった資料を元にパネルで歴史が紹介される。

岩﨑家深川別邸洋館 明治22(1889)年竣工

 

(読売新聞事業局美術展ナビ編集班・秋山公哉)

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