【プレビュー】「篠田桃紅展」 墨と100年 東洋の伝統と現代アート、融合の歩み そごう美術館(横浜)で4月3日から

《ニューヨークにて》1956年 撮影:HAMS NAMUTH

篠田紅桃展 とどめ得ぬもの 墨のいろ 心のかたち

Toko Shinoda Things Transient-Color of Sumi,Forms of the Mind

2021年4月3日(土)~5月9日(日)※会期中無休

そごう美術館(横浜市西区、横浜駅東口・そごう横浜店6階)

入館料:一般1200円、大学・高校生1000円、中学生以下無料

3月1日、老衰のため107歳で亡くなった美術家の篠田桃紅(しのだ・とうこう)さんの個展。墨彩による抽象表現を追求し、国際的にも高く評価された篠田さんの歩みを初期から近作までの約80点でたどる内容だ。

アトリエにて 2010年

篠田桃紅(しのだ・とうこう)

本名・満洲子(ますこ)。1913年中国・大連生まれ。満洲で生まれたので「満洲子」と名付けられた。日本に戻り、5歳のころから父に書の手ほどきを受け、以後は独学で書を学ぶ。戦後に書家として活動を始める一方、文字を解体し、墨で抽象を描き始める。1956年に渡米し、ニューヨークを拠点に活動し、ボストン、シガコ、パリなどで個展を開催。欧米のアートシーンで、東洋の伝統と抽象絵画を融合した作風が高く評価された。

58年に帰国すると一躍、時の人に。皇居・御所や京都迎賓館を飾る絵画を委嘱されたほか、作品は国内外の美術館に収蔵された。名文家としても知られ、79年に随筆集「墨いろ」で日本エッセイスト・クラブ賞。著書「一〇三歳になってわかったこと」は幅広い層に支持されベストセラーに。最晩年まで旺盛な制作活動を続けていた。映画監督の篠田正浩さんはいとこ。展示は時代を追って篠田さんの業績を紹介する。

 <第1章 文字を超えて(渡米以前) -1955>

《萩原朔太郎 詩》1950-54年 墨、和紙 鍋屋バイテック会社蔵
《星霜》1954年 墨、和紙 公益財団法人岐阜現代美術財団蔵
《伝》1954-55年 墨、和紙 公益財団法人岐阜現代美術財団蔵

父の手ほどきで書を学び、漢詩や和歌の教養を身に着ける。22歳で書を教えはじめて独立した。27歳(1940年)の初個展では「根無し草」と評されるものの、既存の書の枠組みにとらわれない新しい形こそ、自らが希求すべきものという自覚を固めていく。戦後になって墨による抽象に本格的に取り組みはじめ、日本の前衛書を紹介する海外展にも出品を重ねていく。

<第2章 渡米―新しいかたち 1956-60年代>

《時間》1958年 墨、和紙 鍋屋バイテック会社蔵
《行人》1965年 墨、銀泥、緑青、和紙 公益財団法人岐阜現代美術財団蔵

1956年、43歳となった桃紅さんは文字を解体した墨の線の作品などを携え、渡米した。作品を見る際、日本人はどうしても文字の形と意味を探してしまうが、その意味の分からない海外ではどのように評価されるのか、墨の美しさそのものをみてほしいという考えがあったためだ。当時、現地は抽象表現主義が一世を風靡していた時代、桃紅さんの作品は絵画作品として高い評価を受けることになる。58年までの2年間にボストン、ニューヨーク、シンシナティ、シカゴ、パリ、ワシントンと各地で作品を発表し、書から墨による自由な抽象造形へと方向転換することを決定づけた。

<第3章 昇華する抽象 1970-80年代>

《秘抄》1971年 墨、朱、銀泥、銀地、和紙 公益財団法人岐阜現代美術財団蔵
《月読み》1978年 墨、銀泥、銀地、和紙 公益財団法人岐阜現代美術財団蔵

充実したアメリカの活動が2年で終わったのは、気候が原因だった。乾燥したアメリカの風土では、紙の上の墨は滲まずにかすれてしまう。日本の湿潤な気候でこそ墨は生きると悟った桃紅さんは、再び日本で制作を始める。左右分割、明暗対照、朱の赤の効果などが表れる70年代、縦に走る力強い連続線など洗練された80年代と、それまでの情感的な抽象から、よりシンプルに昇華された抽象として、墨の持つ特性を生かした独自のスタイルを確立していく。リトグラフや装幀、題字なども手がけ、随筆で文筆での活動も盛んになり、その生き方も大いに注目を集めるようになる。

<第4章 永劫と響き合う一瞬のかたち 1990年代以降>

《風の影》1994年 墨、朱、金泥、銀泥、銀地、和紙 公益財団法人岐阜現代美術財団蔵
《永劫》2012年 墨、銀泥、金地、和紙 鍋屋バイテック会社蔵
《一瞬》2012年 墨、金泥、銀地、和紙 鍋屋バイテック会社蔵
《百》2012年 墨、銀泥、金地、和紙 鍋屋バイテック会社蔵

金や銀が多用され、金泥、銀泥、朱などが加わる。画面はやわらかくなり、墨の画面に光が入ることで、さらに奥行きが生まれた。余分なものがそぎ落とされ、凝縮した一筋の線が確かな存在感を示している。晩年までその追求は続いた。

生涯、自分らしい生き方を貫いた桃紅さん。凜として、かつ洒脱な語り口のその発言や文章を通じてファンになった人も多い。柔らかく、かつ決然とした自信に満ちた作品の造形は桃紅さんのキャラクターそのもの、という気もする。改めて同展で桃紅さんの生涯を振り返ってみたい。同展について詳しくはそごう美術館のホームページへ。

(読売新聞東京本社事業局美術展ナビ編集班 岡部匡志)

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