「灯りが象徴するささやかな幸せに重み」  Eテレ名作照明ドラマ「ハルカの光」 照明監修の萩原健太郎さんに聞く

第4話にはビートルズの名曲にちなんで命名された「ヒア・カムズ・ザ・サン」という名作照明が登場する

芸術性の高い名作照明と、東日本大震災をテーマとするユニークなEテレ・名作照明ドラマ「ハルカの光」。5回シリーズの最終話が3月8日(月)に放送され、ストーリーはいよいよ大詰めとなる。北欧のインテリアに詳しく、同番組の照明監修にあたったジャーナリストの萩原健太郎さんにリモートでお話を伺った。(聞き手・読売新聞東京本社事業局美術展ナビ編集班 岡部匡志)(写真はすべてNHK提供)

ハルカ(黒島結菜さん)と店長・西谷(古舘寛治さん)のコンビを見られるのも、もうわずか

萩原 健太郎(はぎはら・けんたろう)さん

ジャーナリスト。日本文藝家協会会員。1972年生まれ。大阪府出身。関西学院大学卒業。株式会社アクタス勤務、デンマーク留学などを経て2007年独立。デザイン、インテリア、北欧、手仕事などのジャンルの執筆および講演を中心に活動。著書に『ストーリーのある50の名作照明案内』『ストーリーのある50の名作椅子案内』『北欧の日用品』『北欧デザインの巨人たち あしあとをたどって。』『社会派化粧品』『にっぽんの美しい民藝』などがある。

「ハルカの光」に出演した時の萩原健太郎さん

――実はドラマにカメオ出演なさっていたとか。

「第1話の終盤、主役のハルカが勤める照明専門店のお客として出演しました。主演の黒島結菜さんや店主の古舘寛治さん、寿司屋の大将役のイッセー尾形さん、という錚々たる顔ぶれが目の前にいらして、とても緊張しました」

――照明監修とは具体的にどういう役割を担ったのでしょう。

「私の著作も参考にして企画が始まったので、早い段階から声を掛けてもらいました。スタッフの方や脚本の矢島弘一さんと一緒にショールームを回り、名作照明の成立過程やその特徴を説明して、ストーリーに相応しい照明の選定についてアドバイスするなどしました。撮影段階では製品の調達にも関わりました。各ブランドともとても協力的だったので助かりました」

第3話に登場した吉岡徳仁作の「トーフ」。落ち目のプロボクサーに新しい人生への道を開いた

「半面、名作照明について業界では『アアルトの作品はこういうもの』『インゴ・マウラーならこう』という固定観念みたいなものがあったのですが、ドラマの作り手の方々は作品の特徴や作者のキャラクターを自由につかんで、思いがけない表現に結び付けていくのはすごいと思いました。そしてなんといっても照明を美しく見せる撮影や美術の素晴らしさ。ドラマに関わって、自分も教えられることが多かったです」

作品の舞台となる照明専門店「エクラ」。繊細で情感豊かな名作照明の撮影に対し、専門家の評価は高い

――照明業界は盛り上がっているようですね。この番組をテーマにしたclubhouse(※)のルームが立ち上がり、照明に関係する仕事をしている人たちが次々に訪れて話題が尽きないのを聞いて、多くの人を虜にするとても深い世界なのだ、ということを知りました。

「ドラマや映画の装置として名作照明が使われることはあっても、このドラマのように真正面からそれがテーマになることは恐らく初めてで、業界の人たちはとても喜んでいます。個々の商品を宣伝するわけではありませんが、照明が持つ価値を知ってもらうきっかけになったのではないでしょうか」

第5話に登場する「PHテーブル」。父とハルカを照らす柔らかな光

――ヨーロッパ、とりわけ北欧では照明が暮らしの中で特別の意味を持つようですね。

「インテリア業界に就職して北欧の家具類に関心を持ち、会社を辞めてデンマークに留学したのですが、その際、特に照明について日本との違いを感じました。日本ではとかく強い光で部屋の隅々まで明るくするのがいい、という考え方ですが、北欧では間接照明が主で、キャンドルやペンダントランプなどを使い、部屋の一部分を明るくする、というのが主流です。陰影を重視します」

「夕方になると家族がそうした穏やかな灯りの元に集まり、1日の出来事をゆったりと話す、というのが大切な時間になっています。友人を家に呼んで一緒に食事を楽しむことも多いのですが、そうした際も取り立てて豪華なものを出すのではなく、普段と同じような食事を振る舞うのが一般的です」

「北欧は国民の幸福度が高いことがよく話題になりますが、その幸福感とは、ささやかな日常の暮らしに幸せを感じることが支えているのだ、と知りました。贅沢な食事や派手な暮らしではない。その象徴のひとつが灯りなのです」

――コロナ禍で家の中での暮らし方が注目される中、図らずも照明をテーマにしたドラマが放送されるのは奇遇といえば奇遇です。

「企画がスタートしたのはコロナ禍の前なので全くの偶然なのですが、ドラマが注目されているとすれば、やはりコロナ禍で、日常の暮らし方に関心が高まっているのかもしれませんね」

傷ついた人たちに「光」を届け続けたハルカ。彼女に光は訪れるのか

――これからドラマは佳境に入ります。照明に関する見どころは?

「映像をじっくり見てほしいです。出てくる名作照明については、インターネットで様々な情報を得ることができるでしょうが、ドラマスタッフが作った映像から伝わる雰囲気や表情は何ものにも代え難いです。作家たちのモノづくりに対するこだわりを感じられるはず。ドラマをきっかけに、多くの方に照明の世界の素晴らしさを知ってほしいです」

(ドラマのレビュー記事はこちら。ドラマ情報はホームページ公式ブログへ)

<名作照明、鑑賞のポイント>

「ハルカの光」で照明の世界にハマった、という方も多いのでは?登場する主な作品について、萩原さんに解説してもらった。

【ゴールデンベル(第1話)】

フィンランドの建築家のアルヴァ・アアルトと、彼の妻でやはり建築家のアイノ・アアルトによる作品。アルヴァはユーロ導入以前の50マルカ紙幣や切手に肖像が使われるほどの国民的な存在だった。特別な誰かのためではなく、すべての人々がつかえるようにとデザイン、機能、価格などが考え抜かれたペンダントランプ。

【ワン・フロム・ザ・ハート(第2話)】

「光の詩人」「光の魔術師」と呼ばれたドイツのインゴ・マウラーが、友人の結婚式の贈り物というプライベートな目的でデザインした。「心からの贈り物(=ワン・フロム・ザ・ハート)」。オブジェのような装飾性、スタンドの下に押しつぶされたワニのミニチュアを配置したアイロニーなど、実にマウラ―らしい。「ゴールデンベル」とは対照的な名作照明。

【アカリ(第3話)】

一般に買うことができない彫刻作品を、誰もが手に入れられる照明の彫刻として昇華させている点に、作者のイサム・ノグチの反骨精神や思想がよく反映されている。日系アメリカ人であるノグチが、日本の伝統工芸である和紙のあかりの温かさや、柔らかさを生かした。

(参考・今春、東京都美術館で開催される「イサム・ノグチ 発見の道」展のプレビュー記事はこちら)

【トーフ(第3話)】

「光そのものを形にする」という吉岡徳仁の思いが、この上なくミニマムに、クールに結実したアートのような作品。「ワン・フロム・ザ・ハート」と同じようにオブジェのようだが、「ワン・フロム・ザ・ハート」はデコラティブで温かさを、「トーフ」はミニマムで冷たさを感じさせる。それゆえ、灯すとより光に集中できるのかもしれない。

【ヒア・カムズ・ザ・サン(第4話)】

太陽、月、地球・・・。見る人によってイメージするものが異なる抽象的な形が特徴。他の名作照明に比べるとエピソードが少ないからこそ、さまざまな想像が広がる。作品の舞台となった専門店「エクラ」に、ハルカが引き寄せられる光として相応しかったと思う。

PHテーブル(第5話)】

照明文化の先進国である北欧において、もっとも偉大な照明器具ブランドとされているルイス・ポールセンと、デザイナーのポール・ヘニングセン(いずれもデンマーク)が生み出した傑作。照明器具をデザインしたというより、不快なグレア(まぶしさ)を避け、柔らかな陰影を追求した結果、「対数螺旋」のアイデアなどに行き着いた。製品としての諸問題を解決した上で、結果として生み出されたフォルムが美しい。これこそがデザイナーの正しい姿だと思う。「PHランプ」の最初のアイデアは1925年頃に生まれたが、今もなお、ルイス・ポールセンが新製品の開発を行う際に最も大切にされていることである。

(おわり)

(※)clubhouse(クラブハウス)・・・最近、急速に人気が高まっている音声SNSアプリケーション。「ハルカの光」の放送に合わせて、愛好者らの会話が盛り上がる光景がみられる。ツイッターでも「#ハルカの光」のハッシュタグで書き込みが目立っている。

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