【リポート】 「あしたのために あしたのジョー!展 -情熱的にあすを生き抜くために-」世田谷文学館(東京・世田谷)で開催中

スポーツ漫画の金字塔と言われ、1968年の連載開始から50年経った今も世代を超えた熱烈なファンのいる「あしたのジョー」。漫画の原画や直筆原稿、パネルなどを通して「情熱的」に生きた主人公の矢吹丈と、その作者たちの思いを紹介する「あしたのために あしたのジョー!展 -情熱的にあすを生き抜くために-」が世田谷文学館(東京・世田谷)で開かれている。会期は3月31日まで。
世田谷文学館(京王線芦花公園駅南口より徒歩5分)
1月16日(土)-3月31日(水)
開館時間 10:00~18:00(入館は17:30まで)
休館日 毎週月曜日(臨時休館の場合あり。事前にお問い合わせください)
観覧料 一般800円ほか
電話 03-5374-9111
詳しくは同文学館ホームページへ
「あしたのジョー」は原作・高森朝雄(梶原一騎)、漫画・ちばてつやのコンビで少年漫画雑誌に連載されたボクシング漫画で、約5年続いた。展示は矢吹丈がトレーナーの丹下段平に叩き込まれた、プロのボクサーになるための極意〈あしたのために1~7〉を基にした7部構成。ちばてつやの100点を超える漫画の原画、高森朝雄の直筆原稿14枚、図書80点、雑誌5点などファンとってはたまらない約200点の資料が並ぶ。来場者が一か所に集中しないように、それぞれの部を何か所かに分ける工夫もされている。
その1 ジョーの成長に見る ストーリーダイジェスト
漫画の名場面を基にしたパネルで、成長する主人公の姿を追いながらストーリーの概観を見る。


その2 あしたのために イメージコーナー
永遠のライバル力石徹の死は大きな反響を呼び、詩人の寺山修司らの呼びかけで実際に葬儀が行われた。連載された漫画雑誌の出版社の講堂に特設リングが設けられ、僧侶が経をあげる。漫画の登場人物の葬儀が行われるという“事件”は社会の関心を呼び、新聞にも取り上げられた。各紙の取り上げ方や、力石を殺す設定にするかどうか迷う原作者の高森朝雄の回想、漫画の持つ影響力の大きさに複雑な感慨を抱くちばてつやの感想など興味深い。ジョーがトレーニングを積んだ丹下段平拳闘クラブの特設イメージコーナーも。

その3 高森城×ちばてつや 両氏が選ぶ名場面
高森城氏(高森朝雄=梶原一騎の著作権後継者)、ちばてつやがそれぞれ選んだ名場面を原画と、寄せられたメッセージとともに展示する。
連載の最初は上の写真のように、上空から見た下町の風景で始まる。この場面は原作には無かったものだ。原作の一言一句も書き換えることを認めなかった高森朝雄=梶原一騎が、ちばてつやの漫画に対する思いを述べる言葉に「許す」と応えたという。高森城氏は「セリフの一つ一つに至るまで、ちば先生と父梶原一騎の妥協のない戦いによってうまれています。その象徴がこの場面だと思います」と書く。


その4 「あしたのために」のために
原作と違うことを描いて、「原作を打ち切るとまで怒らせた…空中分解寸前まで」いった連載は5年以上続いた。ちばてつやの「原作者とぼく」というエッセイの一部だ。連載にかける苦闘を二人のエッセイで紹介するコーナー。これに対し高森は「ちばの執念にはたじたじになった…冒頭のシーンを描くために(日雇い労働者に)変装して山谷に」と、細部にこだわるちばの執念に舌を巻く。妥協を許さない二人の漫画にかける姿勢がひしひしと伝わってくる。ジョーのライバルで死闘を繰り広げる力石徹について、ちばは原作を読んで大きな男という印象を持ってしまい、ジョーより一回りも二回りも大きく描いてしまった。リング上で二人を戦わせることを想定していた高森は困り果て、力石に過酷な減量をさせることになったのだという。こうした裏話は“50年前の読者”にはたまらない。
その5 ジョーの仲間たち
東京五輪(1964年)前後の時代、ジョーと同様に「あした」に活路を見出そうとする個性豊かな仲間たち。師匠の丹下段平と相棒の西、対照的な二人の女性・紀子と葉子など、ジョーを取り巻く仲間たちを原画で紹介する。

その6 舞台裏の格闘 高森朝雄VSちばてつや
連載49号用の原作原稿が展示されている。勢いがあり読みやすい字で書かれ、直し跡がほとんど無いのには驚く。ジョーと力石の対決前夜について書かれているのだが、完成した漫画を見ると原作に無い“間合い”やセリフが追加されて、もともと一話の原作が2号にわたる漫画になった。原作と漫画の比較から何を感じ取るか、ファンとしてはワクワクのしどころだ。

その7 きのうのちばてつや 今こそ伝えたい、次世代へのメッセージ!
「あしたのジョー」の殴り合いの場面でも、戦争漫画でも、ちばの描く漫画のコマにはやさしさと繊細さが潜んでいる。それは中国東北部(旧満州)からの引き揚げの体験から生まれた。その一端を示す展示。
ラストシーン(その2イメージコーナー③)
「燃えつきた心が、『まっ白に…。まっ白な灰に…』という言葉をいわせた。燃えつきて残ったものは、まさに白い灰だけだったのだ」(高森朝雄)
「50年以上前に書かれた作品なのに、今読んでも新鮮。社会の分断が問われる今の時代に、殴り合った相手とすら気持ちを通わせていくこの漫画から、単なるスポ魂漫画とは違う深さを感じてほしい」と同文学館学芸部の佐野晃一郎さんは語る。


次回企画展は「イラストレーター 安西水丸」展 4月24日(土)ー8月31日(水)を予定。
(読売新聞事業局美術展ナビ編集班・秋山公哉)