奈良だけではない大阪の天平を感じて 大阪市立美術館 特別展『天平礼賛 ~高遠なる理想の美~』

特別展 「天平礼賛 ~高遠なる理想の美~」
2020年10月27日(火)~12月13日(日)
大阪市立美術館
近くに聖徳太子が建立した「四天王寺」や、飛鳥・奈良時代の都、「難波宮」(難波宮跡公園)がある大阪市立美術館(大阪市)。


現在開催中の特別展『天平礼賛』では、「大阪の天平」がクローズアップされている。唐の影響を受け、奈良時代・聖武天皇の御代に花開いた仏教文化「天平文化」は、一般的に奈良をイメージしがちなので、おもしろい試みだ。

本展は、前期・後期で約120件の作品(国宝5件・重要文化財23件を含む)を4つのテーマにわけて展示。岡倉天心が「高遠なる理想の美」と称えた天平美術は、日本美術の古典として後世に多大な影響を与えてきた。奈良時代だけでなく、その美意識や信仰を受け継いだ各時代の美術工芸品から、様々な天平を味わい尽くすことができる。
「大阪の天平」を感じて

『続日本紀』には、聖武天皇の天平改元のいきさつについて「河内国(現在の大阪府南部)の人物が献上した亀の甲羅に『天王貴 平知百年』の文字が浮かんでおり、これを瑞祥として、そこから二文字をとったから」とある。また大仏を発願するきっかけは「河内国の知識寺で盧舎那仏を詣でたから」というエピソードも記されている。
こうした文献を踏まえて展示も工夫されている。都を転々とした聖武天皇がひとつの拠点とした「難波宮」跡からの出土瓦や、現在の大阪市天王寺区にあった摂津国分寺に並んで安置されていた可能性がある脱活乾漆造『阿弥陀如来坐像』『菩薩坐像』の展示が並んでおり、当時の様子を偲ばせる。

注目は、難波宮跡や摂津国分寺跡(推定地)から出土した『重圏文軒丸瓦』。シンプルな三重の同心円を描いた瓦で、後期難波宮(奈良時代)を中心に使用され、大阪にはゆかりが深い。「重圏文は、大阪の天平を代表する瓦の文様と言えます」と担当学芸員の児島大輔さん。
「正倉院宝物が無い、正倉院展」

実は本展、ある意味で「もうひとつの正倉院展」という特徴も持ち合わせている。約1300年もの間、天皇の勅封により守り伝えられてきた正倉院宝物は、天平文化を代表する貴重な存在だ。
だが、明治期の殖産興業の旗印のもと、内務卿・大久保利通により正倉院裂(ぎれ)が切られて各府県博物館に配布されようとした。
それら断片化した古裂が好事家らに収集され、『上代裂帖』として、様々なコレクターや美術館の元に残っている。いわば、元・正倉院宝物を本展で観ることができるのだ。

「正倉院宝物を切って配ってしまう、今の感覚から言えばとんでも無いことですが、当時の人々は割と大真面目に古いものを復興し、先人たちの技術を学ぼうとしていたので、そう簡単に否定できない。現代の私達が文化財を観光などに活用するのと同じ感覚かもしれません」(児島学芸員)

また明治期には、同じく殖産興業の一環で正倉院宝物の模造も数多く制作された。奈良一刀彫の名人・森川杜園(もりかわとえん)は、なんと「蘭奢待(らんじゃたい)」と呼ばれる名香木『黄熟香(おうじゅくこう)』を模刻している。蘭奢待といえば、時の権力者がこぞってその一部を欲しがった伝説の香木。代々蘭奢待として伝えられ受け継がれてきた香木片(徳川美術館所蔵)の展示もある。
復元された正倉院宝物『箜篌(くご)』が原点、日本における歴史画『天平の面影』
正倉院には、アッシリア起源の古代竪形ハープで現存しない『箜篌(くご)』の残欠が伝世する。残欠だけでは、実際の形は分からない。そのため、明治期の復元の際には、大阪の絵師・桜井香雲が平安時代に描かれた『東大寺戒壇堂厨子扉絵図像』中の奏楽菩薩のみを写した作品(八幅の軸装)の箜篌を参考になったという。
東大寺戒壇堂にあったとされる厨子は平重衡による南都焼き討ちで焼失したが、箜篌復元の原典になった平安時代の『東大寺戒壇堂厨子扉絵図像』を明治期の模写ともに観ることができる。

この復元された箜篌がきっかけで生まれたのが藤島武二の代表作『天平の面影』だ。古代の意匠をまとった女性が、箜篌を手に樹下美人図の構図で描かれている。明治期の画家達は、復元の箜篌をはじめ、数々の正倉院宝物のスケッチを残している。この時代考証を踏まえた日本における歴史画への試みのさきがけとなったのが同作だった。

「この作品が持つ歴史的意義はとてつもなく大きく、若い画家に刺激を与え、天平ブームが到来して、みな自分たちの歴史画を描こうとチャンレンジしました。若き天才の青木繁もその一人です」(児島学芸員)

明治期の天平回帰だけでなく、昭和3年(天平改元1200年)の天平ブーム、鎌倉時代に南都復興事業を行った慶派仏師らによる仏像模造など、天平とは何か?あらゆる角度から見つめ直す内容だ。会期は12月13日まで。
同展について詳しくは公式ホームページへ。
(フリーライター いずみゆか)