「能をめぐる美の世界」静嘉堂文庫美術館(東京・世田谷)で開催中

67点の能面コレクション
現代に継承される世界最古の仮面劇と言われる能楽は、もともとは物まねなどの娯楽性の強い芸能だったが、14世紀末ころから室町将軍家の庇護を受けて急速に洗練された。江戸時代には武家にとって、儀式などに用いられる式楽として必須の教養になっていた。能楽の要素の一つである謡(うたい)も戦前には日常の生活の身近にあったが、現代では残念ながら縁遠いものになってしまったようだ。
静嘉堂文庫美術館(東京・世田谷)では、10月13日から「能をめぐる美の世界」展を開催、越後国新発田藩主溝口家に伝わった67点の能面コレクションを展示している。このコレクションが公開されるのは初めてのこと。会期は12月6日まで。
溝口家は慶長3年(1598)に豊臣秀吉の命により新発田藩6万石の藩主となり、国替えも無く明治維新(1868年)を迎える。江戸時代を通して国替えが無いというのは珍しく、越後という米どころで維新時には10万石となっていた。この中堅クラスの藩でも、国元の城下や下屋敷で盛んに能が上演されたという。
このコレクションは静嘉堂創始者で三菱第2代社長の岩崎彌之助(1851-1908)が明治37年(1904)に購入したと推測されるもので、5年前の日本美術史家・田邊三郎助氏による調査を経て今回の展示に至った。
面袋に入れ面箪笥に
今回展示されている溝口家旧蔵の能面67面は、一面ずつ面袋に入れて4棹の専用の黒漆塗面箪笥に納められている。天明8年(1788)に記された「御面帳」(能面のリスト)があり、そこに載っているすべての面がそろっている。大名家が所有した能面のセットは散逸したケースが多く、御面帳も含めてこれだけ完璧に残っているのは極めて珍しいと言う。また、翁、尉(じょう)、女、男、鬼のすべての種類の面がそろっている。一会場ですべての種類がみられるというのも貴重な機会だ。面が実際に使われている写真や説明のパネルも丁寧に配置されており、能に詳しくない人が見ても理解しやすい展示になっている。
一面ずつ異なる表情
能面は二百種類以上あると言われる。写実性と象徴性をあわせ持ち、固定化されていないからこそ舞台上での僅かな動きであらゆる微妙な感情を表現できる。主任司書の成澤麻子さんは「面そのものも、一面一面が似ているように見えてそれぞれ異なる。しわ、髭、目つきなど作者の個性が出る。その微妙な違いを見て欲しい。一度見ると難しくないのが分かると思う」と話す。
翁
翁面はそれ自体がご神体として祀られることもある。天下泰平、国土安穏、五穀豊穣を祈願する祈りの舞にのみ使われる。

万媚
「万媚」は若い女性を表す面の一種。通常使われる「小面」に比べ、妖艶な雰囲気を持つ。面の裏には「万媚/化生」と刻まれている。
通常見ることの無い能面を後ろから見ると彫跡が分かる。刀目で作者が分かるという。また、目、鼻、口の穴が小さいのもよく分かる。外界が見えにくく、息苦しいのだという。このような面をかけて長時間演じる能楽師の苦労がしのばれる。


面箪笥
能面67面を収納している専用の箪笥は4棹あり、全面を黒漆で塗られている。抽斗(ひきだし)には面の名称と作者の名前が書かれている。箪笥の背後に蝶番(ちょうつがい)があり180度開くようになっている。

(閉じた状態)縦25.0㎝×横60.0㎝×高49.0㎝ 附属:更紗製覆い
面の修理
面の保存状態は良いが、それでも33面には修理を施している。素材の木(檜が多い)と表面の彩色の膨張率、収縮率が異なるため、ひびが入ってしまう。会場には修理の方法も詳細に説明されていて、興味深く読める。
日本の仮面のルーツ
7世紀に中国から伝わった伎楽に使用された伎楽面が、日本の仮面のルーツと言われる。伎楽は天平時代(700年代前半)に最盛期を迎えるが、鎌倉時代初期には消えてしまう。明治の彫刻家・加納鉄哉(1845-1925)の模刻による伎楽面が展示されている。能面とは異なる表情を見るのも面白い。
「能をめぐる美の世界」
会期2020年10月13日(火)~12月6日(日)
前期10月13日(火)~11月8日(日)
後期11月10日(火)~12月6日(日)
前後期で展示入れ替えあり
静嘉堂文庫美術館(東京・世田谷)
詳しくは同美術館ホームページへ
(読売新聞事業局シニア専門嘱託・秋山公哉)