シルクロードに天使像?   東京国立博物館総合文化展 東洋館3室「西域の美術」

「有翼人物像」 3~4世紀 中国・ミーラン出土 漆喰彩色 出展:国立博物館所蔵品統合検索システム(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/TC-556?locale=ja)

大きな目に鼻、耳を持つはっきりした顔立ちで、顔の左右には翼の一部が見える。まるでヘレニズムの天使像のようだ。

 翼を付けた天使

中国西北部に広がるタクラマカン砂漠の東南、ミーランの寺院跡から出土した人物像だ。頭頂部と耳の上の髪をそり残すスタイルは東洋風だが、顔立ちは明らかに西洋風。中国西北部にある遺跡で、こんな天使像と見まがう絵を目にしたら…。

東京国立博物館(上野)で開かれている総合文化展、東洋館3室の「西域の美術」では、同館が所蔵する大谷探検隊の将来品を中心に大小約70点の品が展示されている

狭義の西域とは今の中国の西北部、新疆ウイグル自治区一帯を指す。シルクロードの地だ。1900年代初頭、ここにヨーロッパの探検隊が続々とやって来た。スウェーデンのスヴェン・ヘディン、イギリスのオーレル・スタイン、フランスのポール・ペリオ等々。当時、中央アジアは南下を企てるロシアと阻止しようとするイギリスとの、グレートゲームと呼ばれる勢力争いのただ中にあった。そこに日本からも西本願寺宗主・大谷光瑞の命で、1902(明治35)年から1914(大正3)年まで3回に渡り探検隊が派遣された。イギリス留学中の光瑞が西欧列国の探検隊派遣の話を聞き、仏教国の日本こそ「仏教伝来の道を明らかにしなければ」と決断したものだった。

冒頭の写真「有翼人物像」が出土したミーランはタクラマカン砂漠の東南、有名な楼蘭の南西にある。楼蘭を含む鄯善国の一部とされる。スタインもここで有翼人物像を発掘した。今はインド・ニューデリーの博物館に展示されている。大谷探検隊の将来品より左右の翼がはっきりと分かり、まさに西洋絵画の天使の翼に見える。かつては「有翼天使像」と呼ばれていたが、最近は「天使像」とは言わず「人物像」と呼ぶようだ。

大谷探検隊ルート地図 「西域の美術」展示パネルより

ヘレニズム文化

中国の遺跡でこんな西欧風の顔立ちの天使像(人物像)が出土したということに、少々違和感を抱くかもしれない。これはガンダーラ(今のインド西北部、パキスタンの北部地方)のヘレニズム文化の影響だ。ヘレニズムとはアレキサンダーによる東方遠征で古代ギリシアとオリエントの文明が融合してできた文化だ。西域ではカロシュティー文字という、ガンダーラ地方の人々が使った文字で書かれた文書が多数出土している。この地方の人々がヒンズークシュ山脈の3000メートルを越える峠を通って、集団で移住して来たのだ。彼らが有翼人物像の絵柄を持ってきたのかも知れない。彼らの中に絵師がいたとも考えられる。

「舎利容器」 中国・伝スバシ大谷探検隊将来品 6~7世紀

    鳥の翼を持った天人と虫の翅を付けた天人が、それぞれ楽器を演奏する図が描かれている。

彼らはどこから来たのか

ところで今、この地方に住むのはウイグル人というトルコ系、つまりアジア系の人たちだ。しかし、ウイグル人が住むようになったのは中国の唐時代(618907)中ごろ以降。元々の住民はコーカソイド(ヨーロッパ系)の人々だとされる。タクラマカン砂漠の北部の人々が使った言葉はトカラ語といって、印欧語族に属し、インド語やペルシャ語よりギリシア語やラテン語に近い。さらに2000年代に入り、楼蘭の近くで発見された集団墓地を発掘調査したところ、初期に埋葬された人たちは4000年近く前のコーカソイドだったというのだ。それもコーカソイドの祖先である原ヨーロッパタイプに近い。一部の研究者は7000年前、黒海沿岸に住んでいた彼らの一部はアルタイ地方(南シベリアからモンゴルにかけて)に移動、さらにタクラマカンへ移って来たという構図を主張している。

衆人奏楽図」 高昌ウイグル期・10~11世紀 中国・ベゼクリク石窟第33窟 土壁彩色
出展:国立博物館所蔵品統合検索システム(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/TC-554?locale=ja)

顔立ちや衣装から様々な民族が描かれているのが分かる

 

中国西北部でヘレニズム文化の影響を受けた有翼人物像。今の時代から見ると異質な感じを受けるかも知れない。でも描かれた当時は、そこでは一般的な顔つきだったのかも。そう考えると、シルクロード自体のイメージもまた変わってくる。では彼らはどこへ行ってしまったのか。実はウイグル人など後から来た人たちと混血して紛れてしまったのだと言われる。現在のウイグル人の中には青い目をした人や、ガンダーラの菩薩像を思わせる顔立ちの人もいる。アジア系の民族という概念自体が意味をなさなくなっている。

今から100年以上も前、仏教伝来の道を確かめようと派遣された大谷探検隊。それ自体が壮大な企てだが、その将来品から見えてくる人類交流の歴史はもっと壮大な夢を与えてくれそうだ。(読売新聞事業局シニア専門嘱託・秋山公哉)

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 総合文化展「西域の美術

2020年818日(火)~9月27日(日) 東京国立博物館・東洋館3室 (東京・上野)

開館時間 9:3017:00、金・土曜日は~21:00(入館は閉館の30分前まで)

入館には日時指定券の予約が必要。

詳しくは同館ウェブサイトまで

掲載した画像の作品の展示期間はいずれも927日まで