おさなごに寄り添う リポート「あそぶひと―人形と子どもの暮らし」展 目黒区美術館

「あそぶひと―人形と子どもの暮らし」展
東京・目黒区美術館(目黒駅から徒歩10分)
2020年6月20日(土)~8月23日(日)
ドイツ・スイスを中心とした、主に1970年代以降の子ども向けの人形を集めた展覧会です。乳幼児期から就学期に至る発達段階に合わせて、3部構成の展示になっており、その変化が興味深いです。誰しも、それぞれの年齢や生育環境に応じて、お気に入りの人形と特別の「縁」を結んだ経験があるでしょう。また大人になると、人形と無心に遊ぶ子どもの姿に神秘的なもの、不可思議なものを感じます。子どもと人形の間にある深い絆を再確認する催しです。
<1>はじめて出会う人形―感覚を育む
子どもの誕生を祝って贈られる人形は、手触りのよいものや、音のするものなど、赤ちゃんを安心させてくれる要素が大切です。ほぼ一日中一緒に暮らすことになるので、洗えることも重要です。約100点の人形が展示されています。
こけしを思わせる造形が印象的な、イタリア・南チロルのグレドナー地方の木製人形。
ミュンヘン郊外のエレンド社による人形。子どもの自由な自己決定を重視したシュタイナー教育の影響を受けていて、子どもが折々の喜怒哀楽の感情を投影しやすいよう、目と口だけの素朴な顔立ちが特徴です。子どもの肌に触れる部分は天然素材が用いられています。
スイスのサーシャ・モルゲンターラー(1893~1975)が制作した「サーシャ人形」の普及版。サーシャは幼い頃から芸術家を志し、個性的な作品で20世紀の多くの画家に影響を与えたパウル・クレー(1879~1940)に認められるほどの才能の持ち主だったといいます。結婚後、3人の娘のために人形を作り始めました。欧米の美術館に収蔵されている作品も多いです。時代の推移を反映しているのか、多様な肌の色や服装が興味深いです。
<2>人形の家(ドールハウス)-暮らしを遊ぶ
おままごとは、幼児期の子どもたちの想像力や社会性を養ってくれる重要な遊びです。これに欠かせないのが、家庭の日常生活を模した人形の家(ドールハウス)で、10数点を紹介します。また「ノアの箱舟」や「キリストの誕生」など、キリスト教をテーマにした家型のミニチュアも興味深いです。
ドイツ・スピールフォーム社の組み立て式の人形の家(1980年代)。シンプルなフォルムで、階段やベランダ、家具などのレイアウト次第で、子どもが好きな部屋を作ることができます。
ノアの箱舟をテーマにした家型の作品が複数展示されており、いずれも動物たちの姿がかわいいです。担当学芸員の加藤絵美さんは「聖書の教えをミニチュアで再確認するとともに、物語にでてくる動物の姿もリアルに知ることができる。子どもの教育のためにも有用で、人気がありました」といいます。
イエスの誕生を祝い、東方の三博士が来訪する「聖誕」の場面も、欧州の家型玩具では人気のジャンルです。
<3>あやつり人形―お話から人形劇へ
あやつり人形は小さな子どもでも扱いやすく、また内気な子どもでも、キャラクターを介することで、いきいきと話せる効用もあるといいます。あやつり人形は想像力を育み、コミュニケーション力を養うツールです。
1990年代制作の飛び出し人形。かごから伸びた棒を上下させると、人形が出たり入ったりします。「いないいないばあっ!」の遊びです。見えていないものが現れる、その変化の繰り返しを喜ぶ、小さな子ども向けの玩具です。
手を入れて動かすハンドパペット。「カスパーとゼッペル」という、ヨーロッパの伝統的な人形劇のキャラクターたちです。
映画「サウンド・オブ・ミュージック」でも、子どもたちが操っていたマリオネット。魔女や庭師など多彩な登場人物が造形されています。
なお会場には実際に人形に触れられるハンズオンコーナーが設けられ、人形を作るワークショップなども予定されていましたが、新型コロナウイルスの対策で中止になりました。
学芸員の加藤絵美さんは「人形はただ可愛いだけでなく、子どもたちの成長のためを考えながら、素材や構造を慎重に吟味して作られてきたことが分かると思います。インターネット時代だからこそ、肌で知る感覚はますます大切。次の世代にどんな人形を手渡していくべきなのか、ということを考えるきっかけにしてほしいです」と話していました。
(読売新聞東京本社事業局専門委員 岡部匡志)